見えない星(1)
黒くぼんやりとした立体感のない円盤。それがソニタ・リリ星系第一惑星の印象である。
重力場レーダーやレーザー観測は探知圏外。アクティブ電波レーダーのマイクロ波も恒星放射のノイズに紛れて不確か。赤外線放射とわずかに電波放射が認められる。そこにあると感じられるのに、目視で確認できないだけでなく計器でも探知が曖昧という状態。
「電磁波の放射もすごく低いね。データでも見えにくいんだ」
フロドが確認している。
『相対距離が計測不能です。注意してください』
「システムに履歴はあるんな。インビジブルの観測そのものは行われたことがあるのな」
「データの蓄積はあるのよ。ただし、データ全般に固有誤差が大きくて確定情報を出せるほどじゃないわ。推定が限界」
そこにあるのではないかという程度の反応にフロドは戸惑っている。
「これ、固有誤差の範囲? ガス惑星ならかなり強い電波を発してるはずなんだけど。ホットジャイアントの特徴?」
「あり得るわね。この周回軌道だと大気温度は1000℃まではいかないけどって感じ。様々な金属類も気化してるから吸収されていそう。ナトリウムやカリウムの大気っていうのも納得できるほどだもの」
「まともに観測できるのが赤外線だけって接近するのは怖いかな」
目でも計器でも距離がつかみにくいのは操舵士としては困るだろう。重力場レーダー圏内に入るまでは、あまり無茶な機動はできない。
「オイロニカの調査船はまだ来てないみたいだね。もうちょっと近づいてみる?」
少年は冒険心を疼かせている様子。
「遠慮してあげてくれる? まだ管理者である惑星管理課のサキダル主任がいらっしゃってないんだから」
「しょうがないなあ」
「時間はあるな。吾は慣らしに出てもよいか?」
ノルデが「いいのなー」と答えている。
「ん、慣らし?」
「『ラムズガルド』がまだ身体に馴染んでいるとはいえぬ」
「は、ガルドシリーズ? 新型にしたの?」
ブリガルドは岩石ヴァラージに大破させられている。修理したのかと思ったが、ラフロは乗機を新型にしたという。
「そなたから誘いがあったときは慣らしの訓練中だったのだ」
大方済んでいたところを切りあげてきたらしい。
「ラゴラナの搬入がオートだったから気づかなかったわ」
「腕も足りぬが、機体性能での底上げも必要だとノルデも言う」
「そ、そう?」
(ラフロで剣闘テクニックが足りないっていったら、誰が合格ラインだってのよ)
青年の目指すものは高すぎる。
どの程度観測できるか知りたかったので彼女も一緒する。実はラゴラナもセンサー系をメインにグレードアップしてあった。装甲の縁取りに蛍光イエローも入ったので少し格好良くもなっている。
「ほんとだ。強そうになってるじゃない」
「見た目で戦闘力が上がるなら苦労せぬ」
発進前に背後から見ている範囲で強化されているのは機動力。背中の重力波フィン発生槽が左右に二基ずつ。内側の可動ナセルには大振りなブレードグリップが装着されていた。
「『ラムズガルド』、発進する」
「デラもエンゲージ」
二機つづけて発進スロットから宇宙へ。ラゴラナの背からも今まで斜め下に伸びるアンダーフィン一枚だけだった翅が、短いながら垂直に一枚トップフィンが追加されていた。
ラムズガルドも両サイドの可動ナセルにはトップとアンダーのフィン。両センターナセルはリアフィンの六枚翅なのは変わっていない。機動力を得たラフロ機がくるりと振りかえる。
(っと、気合い入れて強化したみたい)
外観も勇壮さが増している。
額から頭に沿うように湾曲して伸びるアンテナはラフロ本人の角に似ている。付け根から前に突きでた突起も攻撃的に見える。
カメラアイからは放射状にセンサースリットが走り、視界も広く取られている。より人間っぽい頭部が威圧感を演出していた。
ユニットごと大きくなった肩の張り出しが目立つ。端子突起が二本飛びだしている他にもなにか仕組みがありそう。
腕も複雑化した機構がうかがえる。剣闘に特化したアームドスキンだけあって重く作られてはいないが、シンプルながら大きな関節部が駆動力を示す。
胴体前面の装甲は明らかに増設されている。ヴァラージとの近接戦闘も考慮されているのだろう。
腰回りから下は頑強かつ質実剛健という感じ。ターミナルエッジの配置が増やされたと思われる以外はシリーズを継承するシルエットを残している。
青年のパーソナルカラーである赤銅色に染めあげられたラムズガルド。所々に目の覚めるような金や白が配されていていささか目立ちそうではあるが、軍用に倣って視認性を高めてあるのだと思われた。
(見間違えそうにないっていうのはいいのよね)
深緑メインのラゴラナも見られるカラーリングになってきた。
(万が一もすぐ見つけてもらえるのは大事だもの。特に探査用となると遭難の可能性もあるし)
勝手気ままなフィールドワークを好んできたデラだが、厳環境に挑むようになってからはバディ機の重要性も再認識してきている。観測能力が高ければ遭難しにくいわけではない。それを証明する特殊環境が目の前にある。
「見える、ラフロ?」
等距離を保って飛びながら訊いてみる。
「駄目だ。目しか当てにならぬ」
「ラゴラナのセンサーでもまともに検出できているのは赤外線くらい。これじゃ距離計算もできないわ」
「うむ。不用意に近づかないのが身のためだ」
イグレドからあまり離れないようにする。重力場レーダーのないアームドスキンでは母船のサポート無しで探査できるような惑星ではなさそうである。
「なんとも言えないところよね。反応からするとホットジャイアントで合ってる気もするし、粒子の嵐で荒れ狂う炭素惑星って言われればそうかもしれない」
ぼやけた輪郭だけでは判断できない。
「主星が近いもんだから恒星風も強くてセンサー精度も落ちちゃうし」
「ビームコートも若干溶けてきている」
「ターナラジエータの配合を増やして塗布するよう設定しておかなくちゃいけないわね」
ろくに近づいていないのにこの有様である。
「そろそろ戻るんな。装甲温度上がってるのな」
「次はターナシールド持って出なきゃ」
「必須のようだ」
第一惑星の影に入っているイグレドに戻る。機体格納庫でハッチを開けると少し涼しい空気が流れ込んできた。エアコンの効いている操縦核内でも温度上昇する状態だったらしい。
「ちょっぴりだけど昼の面も映っているはずだから、イグレドのデータと突き合わせて解析してみましょ」
データを開放しながら言う。
「ノルデも手伝ってくれよう」
「どうかしら。なにか知ってそうよ」
「かもしれぬが、そなたは自分で解き明かしたかろう?」
低重力をゆっくりと降りる彼女にラフロは手を貸してくれる。
「私のことわかってきたじゃない」
「好みくらいはな」
「じゃあ、まずは腹ごしらえって思ってるのもわかってるわよね?」
ラゴラナの整備コンソールでターナラジエータの配合量も設定していた青年は彼女をフロアエレベータへと押しだす。先にカーゴに着くと、跳ねてきたラフロを引き入れた。
「頭を使う前から糖分を摂るのは効率が良いともいえるが」
カーゴが止まる間際に身体を支えてくれる。
「安心なさい。そこはノルデと張り合ったりしないから」
「体型が変わるようでは吾が弟子に恨まれよう」
「ゼミの生徒たちのこと? 気にしないわよ、そんなこと」
「憧れだと感じたが勘違いか?」
(少しは他人の感情も理解できるようになってきたのかしら)
デラは首をかしげる青年を見てくすりと笑った。
次回『見えない星(2)』 「なんか押し強そうだよね?」




