パーティーから宇宙(2)
通常のガスジャイアントであれば、分厚い大気の層の下もほぼ金属化した水素やヘリウムといった気体が占めている。彼女が専門とする常温で安定化する固体の仲間、ミネラル類を含んだ岩石質とは一線を画する。
(惑星核なら重金属類が沈んでるけど、そこまで手を出すとなると普通の手段じゃ無理だし)
大掛かりな作業を必要とするのはデラにとって常識。
「異論というのは?」
「見えないのは大気の所為ではないと言いはじめた国がありまして。隣接惑星系の国家オイロニカの天文学教授のスワード・ゼーニンという人物です」
惑星管理部のサキダル主任が説明する。
「彼はソニタ・リリ星系第一惑星がホットジャイアントではなく炭素惑星ではないかと提言しています」
「あー、そういうこと」
「十分に開発の価値があると」
炭素惑星というのは、その名のとおり炭素およびその化合物でできた固体惑星のこと。岩石惑星に分類されるが少し特殊な星である。
炭素は多様な化合物を生みだすが、そのものも様々な形態を取る。その一つがダイヤモンド。高圧高熱下で格子結晶化した炭素が宝石となるのだ。
「皮肉屋の専門家みたいにダイヤモンドも角砂糖も大して変わらないなんて言う気はないわ。でも、宝石にもそんなに興味ないの」
彼女はもっと不思議を求めている。
「万人がそうともいかず、オイロニカは炭素惑星に多く見られるダイヤモンド地層の発掘を目しているようです」
「でも、隣接星系ではその国の管轄下ではないわ。今の管理はそちらなんでしょう?」
「はい、当方です」
サキダル主任は認める。
「じゃあ、撥ねつければいいんじゃないですか? 関与できないって」
「ところがオイロニカはソニタ・リリ星系の可住惑星領域にある岩石惑星への移民申請も行っておりまして、その事前調査として第一惑星の調査も申請してきているのです」
「また、欲の皮をつっぱらかして」
ため息が出る。
ダイヤモンドは宝石としての価値とは別に、レンズなどの硬質素材を始めとして様々な利用価値がある。つまりは第一惑星開発を行うために移民計画を起こした。それを逆手にして、移民するから調査をさせてくれと方便を重ねてきたのである。
「第一惑星の探査は?」
現在の管轄は主任のところ。
「行っていませんでした。なにしろ場所が場所なので探査するにも多大な予算が想定されます。意味を見出せませんでしたので」
「かなり高温である可能性が高いですものね。それがラゴラナの導入で難しくなくなった。オイロニカははそこを利用する気だと」
「おそらくは。なので、ご無理を言うのもなんですので先にお伺いを」
だんだんと言いにくそうになっていく。
「それにプリヴェーラ教授は惑星探査に適したチームを抱えていらっしゃるそうですし」
「……イグレドのことね。そのチームなら今うちでパーティーの真っ最中ですよ」
「では、話が早いのでは?」
気楽に言ってくれるものだ。傍目にはそういう関係性に見えはじめているということだろう。
「そちらから正式な要請があって、星間管理局本部が予算を下ろせばの話です」
「そうですね。失礼しました。では、資料は添付してありますのでご検討をお願いいたします」
「いや、もう本決まりのつもりなの!?」
思わずツッコむ。
(噂が流れてるってことね、管理局は私とイグレドを使いたがっているって)
デラは察した。
資料をホームコンソールに保存して席に戻る。経緯を聞いていた客は、青年を除いてニヤニヤとしていた。
「お仕事入りましたー!」
「うっさい」
茶化すメギソンを小突く。
「出掛けちゃうんですね、先輩。また暇になっちゃいます」
「私は暇つぶしの相手?」
「いいじゃないか、頼られるってのは」
ジャナンドは心底うらやましそうだ。
「いいんだか悪いんだか」
「どこなんな?」
「ここ」
宙図を開いてポイントを示す。星間銀河でも外縁に当たるほうで、わりと長旅になりそうだ。だからこそ探査もされない惑星が多数残っているともいえるが。
「ぷふっ!」
美少女が吹きだす。
「なによ!」
「なんでもないのな。調べてみるんなー」
「意味ありげなこと!」
極めて思わせぶりな反応をする。
「もう! 要請があったら行ってやるわよ!」
「きっと面白いのな」
「はいはい、楽しみですこと!」
そうまで言われると意地が顔を覗かせる。皆が集まるテーブルの上に資料パネルを開いた。
「メギソン、さっき言ってた変な高温ガス惑星ってのは?」
専門家の彼なら詳しいはず。
「仲間内じゃ見えない星なんて呼ばれてるやつさ。さっきちょっと言ってたけど、ナトリウムとかカリウムを多く含んだ大気があると、吸光現象の所為で観測できない」
「宇宙で反射光さえ発さないと紛れちゃうもんね?」
「そうさ、フロドくん。大概は惑星が主星の影に入る間際にはそれ相応の反射をしてるからよく見える。その色から大気の成分や大地の成分まで分析できたりもするんだけど、こいつはそうもいかない」
遠方からは主星の前を通過するときにしか確認不可能。
「環境もすごく厳しそうだね」
「そのとおり。結構発見されてるけど、資源的価値も薄いから単なる面白惑星の扱いで終わってるのさ」
「開発する価値もないと。それが炭素惑星となるとぜんぜん違う?」
俗な話になる。炭素やその化合物は資源的価値が低いが、ダイヤモンドだけは大きく異なる。ある程度以上のサイズのものを生成しようとすれば予算を食いつぶす。それが天然で得られるのならコストを押し下げられるのだ。
「ダイヤモンドの層なんて掘り当てようなら収益は堅いね。移民なんて大事業に投資しても見返りはある。その実は作業者家族の居住地みたいなもんだろうし」
「管理局はそんなことの片棒担がされるの?」
フロドは不思議そうに言う。
「移民申請があれば対応するしかないね。危険環境調査の名目であれば惑星管理部も簡単に却下できない。サービスの一環だからねぇ」
「あざといね。勘違いならいいのに」
「それもなくはないと思ってるよ、僕ちゃんは。いくら大きくて公転が速かろうと、この軌道を炭素惑星が回ってるのはあまりに変。なんか秘密がありそうだ」
フォークでパネルを示す。
主星であるソニタ・リリは平均的な白色恒星。ハビタブルゾーンに惑星を三つも抱えている。その内側にホットジャイアントと思われるほどの惑星まであって公転揺らぎが観測されるほどであれば、第一惑星の質量は怖ろしく高い計算になる。
「そんな重い炭素惑星ってあるもんかねぇ? ほんとなら、たしかに結構な厚さのダイヤモンド層があってもおかしくはないけどさ」
メギソンも先の反応を思い出してか、ちらりとノルデを見る。
「炭素惑星ってそんなに暗い惑星なの?」
「そうだね、フロドくん。この軌道になるならば、表土が微細な炭素粒子になっていてかなり反射率が低くなっても変ではない。ただし、大気の組成によってはの話になる」
「ジャンさんも否定的なんだ」
いかなる可能性も否定はしないが、頭の中で確率は弾きだされる。
「生命が発生する可能性はないからわたしの出番はないですけど」
「あなたが関わるとしたら移民段階になるわね、フェフ。ハビタブルゾーンの岩石惑星は本物?」
「調べてみましたけど、大気に幾分偏りがあります。たぶん、珪藻類の散布から始めなきゃ駄目そう」
まったくの方便ではないらしい。若干の手を加えれば入植可能だという。しかし、そこにも予算投入が必要ともなればかなり大きめの国家事業。事前に確認は欠かせない。
(真実味は帯びてきたわね。胡散臭くはあるけど)
沈黙するノルデが気になって仕方ないデラであった。
次回『パーティーから宇宙(3)』 「わ、私、なんかした?」




