パーティーから宇宙(1)
「誕生日おめでとう!」
唱和されると少し照れる。
中央公務官大学地質学教授デラ・プリヴェーラの自宅には珍しく複数の客がいる。皆、彼女の誕生日を祝いに集まってくれていた。
一人は腐れ縁になりつつある惑星考古学教授のメギソン・ポイハッサ。もう一人は後輩で生物学博士のフェブリエーナ・エーサン。中年男はメギソンと共通の友人である恒星進化学教授ジャナンド・ベスラ。
そして、ソファーに座っている2m超えの長躯はラフロ・カレサレート。頭には角が生えている。コスプレでもなんでもなく正真正銘のカレサ人。
その横に立って拍手しているのはフロド・カレサレート。ラフロの弟で十二歳の少年である。ちょこんと座ってニヤニヤしている美少女はノルデ。彼女にいたっては人間ですらない。ゼムナの遺志と呼ばれる人工知性の義体。
「めでたいねぇ」
「そんなにめでたくもないわよ。私、もう二十九。両親があきらめてるから周りはうるさくないけど、独り身だと気が引ける歳になっちゃったの」
「気にすることないですよ、先輩。キャリアのある女性が社会を羽ばたくのは常識なんですから」
フェブリエーナは肯定的。
「それで家庭も切り盛りしてるんなら褒められるんでしょうけど、未だに現地をフラフラして泥まみれになってる女は誰も褒めてくれないわ」
「君の成果はもう大学の記録に並びつつあるんだ。それ以上を誰が求めるというんだい?」
「あなたに言われたくはないわ、ジャン。立派な父親の顔になっちゃって」
目を細める。
「そう言わないでくれ。俺が捨てたものをまだ追える君を羨んでいるだけだから」
「あなたが追っている幸せのほうが何倍も輝いて見えるのは立場の違いからくるもの?」
「そうさ。価値観の問題だ」
(真っ当な価値観を目指していたのよ、少なくとも子供の頃は)
花嫁を夢見ていた。
それが今では泥遊びの女王である。探査用アームドスキン『ラゴラナ』が導入されてからは少なくなったものの、それまではフィットスキンを何着用意してもクリーニングが間に合わないほどだったのだ。
「ひがむのはやめるんな。ノルデよりマシなのな」
「黙れ、八千歳!」
鋭くツッコむ。
「どこで道を踏み外しちゃったのかしら」
「学究に目覚めたところ?」
「適確な指摘をありがとう、フロド」
首をひねる少年に言う。
「まだ僕のお嫁さんにはノミネートされたままだよ? きっと母上はあきらめてないから」
「君が好ましいと思うし、とっても素敵になるはず。ただ、その母上が私はとびきり苦手なのよ」
「残念だなあ」
少年は朗らかに笑っている。八割方は冗談であろう。ただし、彼の母親のイクシラ王妃は生半可な冗談が通じる相手ではない。
「連れて帰れと言わ……」
「御免だわ!」
青年は口を閉じる。
「あなたもとても大切な友人。でも、それ以上を望むつもりはないから」
「吾もそなたを幸せにすることは叶わぬ。が、守ることはできる」
「ええ、ありがとう」
(情緒的な問題がなければ引く手数多なんでしょうにね)
今日のラフロを見ればそう思える。
本来はゆとりのあるパンツなのだろうが、青年が履くと太腿が詰まって見えてしまう。シャツも合わせのスライダーレールのところに若干の皺が寄ってしまっている。内から盛りあがる胸筋がそうさせていた。
ジャケットも肩幅に合わせたせいかバランスが崩れたように映ってしまう。要するにラフロは筋肉の塊みたいな、一部女子が垂涎の的としている身体の持ち主。
そこへ背中まである薄茶色の蓬髪がワイルドさに輪をかける。額の上から伸びる太い角まで合わせれば完璧だろう。
さらに、首の上に乗っているのは端正な顔立ち。かなり骨太なのを除けば十分に美男子と呼べるもの。彼を目で追う女性は少なくあるまい。
(まあ、大剣背負ってるところで一気に引くでしょうけど)
欠点も少なくない。
「しっかりと食べて飲んでね。大食漢と育ち盛り用にデリバリーマシン行列作るほどの量を頼んであるんだから」
「うん、美味しいよ」
「うむ」
最初は後輩がパーティーをしてくれると言うので知り合いに声を掛けてみた。先に祝ってくれたゼミの生徒を除いて。
ものの試しくらいでイグレドに連絡を入れてみると、来るという返事がきてちょっと驚かされる。大学の依頼がないとやはり暇をしているのだそうだ。
(そうそうヴァラージも現れないでしょうしね)
そっちは情報収集しているはず。
中央公務官大学のある惑星メルケーシンに来るとなると、なかなか許可が下りないもの。星間管理局の本拠地である。中央と称されることもあるほど。
一生に一度くらいは詣でてみようという市民も少なくないが、観光目的となるとどうしても順番待ちになってしまう。機能維持のために混雑を避ける傾向が強い。ところが彼らには一も二もなく許可が出た。
(ゼムナの遺志の免罪符は強いわね)
つくづく実感する。
(だからって管理局幹部の訪問は遠慮したいけど)
食べて飲んで騒いで楽しんで時間が過ぎていく。そろそろジャナンドは家に帰さないといけないかと思っていた頃にコール音。ホームコンソールが投影パネルに着信を表示してくる。
(まさか、マジで幹部訪問とかないでしょうね?)
嫌な汗がじわりと出る。
「今よろしいでしょうか、プリヴェーラ教授」
知らない名前の表示に戦々恐々と接続すると中年男が現れる。
「休暇中のところ申し訳ございません。大学の許可をいただきましたので、正式にお願いしたく連絡を。私、ドーニッキ宙区支部惑星管理部主任ゲーリー・サキダルと申します」
「長いのな!」
「こら、ノルデ! 気にしないで。ご用件はなんでしょう?」
目をしばたかせた管理局員だったが、思い直して用件に入る。
「実は申請が有りまして惑星探査を行わねばならないのですが、そこで教授の力をお借りしたく存じます」
「わかりました。どういった惑星なのでしょうか?」
「それが行ってみないことにはなんとも」
ずいぶんと不確かな話だ。管理局が持ってきたにしては珍しいケースである。だからこそ大学にまで働きかけて彼女を引っ張りだそうとしているのかもしれないが。
「どの程度の情報をお持ちです?」
最低限の確認はしたい。
「それが見えない惑星なので、ほぼ観測データはありません」
「見えない?」
「いわゆるホットジャイアントだと思われていた惑星なのです」
惑星系において、主星の近傍を周回するガスジャイアントがある。それが『ホットジャイアント』。ラフロたちと初めて探査に赴いたオロニトル星系第一惑星がその成れの果てだと考えられていた。長い時を経て惑星核だけが取り残されると非常に重い星になる。
「ホットジャイアントなら見えないということはないと思うのですが?」
常識的な返答を送る。
「はい。稀ではありますが、特殊なガスジャイアントとして分類していたのです。用語でいうところの低反射ガス惑星です」
「はい?」
「高熱で、大気にナトリウムやカリウムガスを持ったガスジャイアントさ。吸光ガスの所為で極めて反射率が低くなってる」
専門家のメギソンが解説してくれる。
「知りませんでした」
「どなたかご同席で?」
「惑星考古学のポイハッサ教授がいます。彼なら専門ですので」
ゲーリーは露骨に安心した様子を見せる。彼自身、どう説明すればいいか悩ましいところだったのだろう。
「ですが、おかしな話だと思いますよ? ガス惑星では地質学が専門の私の出番はないものと」
「ええ、本来であれば。ところが、このソニタ・リリ星系第一惑星がホットジャイアントではないという異論が出てまいりまして」
デラは珍妙な話になってきたと思いはじめていた。
次回『パーティーから宇宙(2)』 「また、欲の皮をつっぱらかして」




