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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
暗き雲のオーバチュア
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ラフロの敵(4)

(なんてこと! なんてことなの!)

 デラは激しい後悔に襲われていた。

(ヴァラージの存在を匂わされたとき腰が引けたから。さっきも悲鳴をあげたりしたから。彼は私を怖がらせないよう無理をしたのね。守ろうとしたから結果こんなことに!)


 ブリガルドの推力は半減している。バランス調整がかかることを考えると半分以下かもしれない。

 そんな状態で岩石型ヴァラージと戦わねばならなくなった。青年の危機を招いたのは他ならぬ彼女である。


「っく! 僕がアスガルドで兄ちゃんをフォローする!」

 少年が腰を浮かせる。

「駄目なんな。フロドが行くと余計にラフロは苦しくなるのな」

「僕じゃ力足らずなのはわかってるよ。でも、兄ちゃんが!」

「フロドはフロドができることをするのな」


 ブリガルドはそれほど推力を持たない分体を振り返りざまに斬っている。レーザーで焼いた組織は復活する気配はないが本体はまだ健在。右の重力波(グラビティ)フィン発生機だけでどうにか機体を動かして対処していた。


(でも、機動力は失われてる)


 躱していた生体ビームもすべてブレードガードで防ぎはじめた。鞭を防いでいると螺旋で打たれてショルダーガードが半壊する。

 完全に防戦一方だ。ヴァラージはブリガルドを近い間合いで攻撃しつづけ、周囲を固めるGPF機に狙撃させない。


「ずる賢い奴なんな。触手を出したのも罠なのな」

「本能だけのくせに!」


 フロドは悔しそうに戦況を見つめている。砲塔を使おうにも、意図的にかブリガルドを間に入れられてとても撃てるものではない。


「このままじゃなぶり殺しにされちゃうよ!」

「待つんな。ラフロはあきらめてないのな」


 手数が足りていないはずなのに、彼はブレード一本のみで対処しようとしている。それが最も慣れた防御法で、最大の攻撃力を発揮できる手段。青年はヴァラージを倒すことしか考えていない。


「パーツの換装時間を稼がなきゃね。GPF機に突っ込ませるよ?」

 メギソンがオープン回線に呼びかけようとする。

「やめとくんな。犠牲者を出すだけなのな」

「今のままでブリガルドの機能を取り戻す方法……。やられたのは重力波(グラビティ)フィン。重力子(グラビトン)を発生させる……。そうか、端子突起(ターミナルエッジ)は生きてるんだからグラビトンだけあれば!」

「どうするの?」

 フロドが操船グリップに手をかける。

「ごめん、危ないけど許して!」

「まさか? それはほんとに危なくないかーい!」


 メギソンの悲鳴は慣性でその場に残されたかのよう。イグレドは弾かれたように加速した。ヴァラージがブリガルドを間に入れているのをいいことに小型艇を機体の真後ろに付ける。


「そなたら?」

 ラフロは驚いている。

「兄ちゃん、今のうちに!」

「推力は復活してるんな。やるんな」

「できるだけお早めでよろしく!」

 声援が重ねられる。


 宇宙空間での体捌きにも苦労していたブリガルドは、イグレドのハンマーヘッドに搭載されている重力波(グラビティ)フィンの影響圏内。端子突起(ターミナルエッジ)が本来の機能を取り戻し、普通に動けるようになっていた。


「ラフロ、私のことは気にしないで!」

「デラ?」

「そいつをやっつけて!」

「承知!」


 引かれたブレードが勢いよく跳ねあげられる。そんな動作でも反動でブレていた機体が揺らぐこともなくなった。迎撃は正確になり、防御から攻撃への流れも生みだす。

 両者の闘争本能のぶつかり合いを具現化したかのごとく紫電が舞う。宇宙における「大きな力」、核力をも分断する力場が存分に踊り狂い、互いを破壊しようと襲いかかる。


(お願い! あの怪物を倒す力をラフロに!)


 信じてもいない神より、科学の力に祈る。青年の(ブレード)ならば人類の脅威を討ち滅ぼす力があると。


「こいつぅ!」

「マズいのな。気づいたんな」


 ヴァラージが螺旋まで振るい、ブリガルドをイグレドから引き離そうとしている。叩かれた機体が反動で影響圏から押しだされようとしていた。

 小型艇にアームドスキンほどの機動性はない。フロドは必死についていこうとするが限度があった。


「うぐっ」


 リフレクタでガードするものの、横腹を打たれて赤銅色のボディが大きく弾きだされる。また身動きもままならなくなったところへ、光の鞭が縦横無尽に襲いかかった。

 頭の上半分が断ち切られる。左足も膝の上から先が回転しながら飛んでいった。右脇腹が削られて内部機構が露出しつつある。ヒップガードもずたずただ。


「ラフロ!」

「駄目なのかよぉ!」


 右の手首が刎ねられた。信号の途切れたブレードグリップが力場の刃を消失させる。とうとうブリガルドは攻撃する術も失ってしまった。


(そんな!)

 物静かな青年の顔がデラの頭をよぎる。

(彼はなにも得られないまま逝ってしまうの? なにも知らないままで? そんなの……、むごい)


 ヴァラージの首元から伸びた触手が機体を絡めとる。尖った爪がトップハッチにかかる。軋む音がコクピット内にも響いて伝わってきていた。破砕音がしてハッチがもぎ取られる。


(食べられてしまう!)

 恐怖感が背筋を凍らせた。


「こんなとこでやられるんじゃないのなぁー!」

 ノルデが吠えた。

「ノルデが欲しいなら生き延びるんな!」

「おおあぁー!」

 ラフロも吠える。


 残った左手で襟首を掴む。引き寄せて頭突きをした。半分しかなかった頭部は粉々に砕け散る。右膝を腹に叩き込む。そこでようやくヴァラージが怯んだ。

 足を畳んで胸にかける。渾身の力で押しだそうとする。触手がぶちぶちと千切れて縛りを解かれた。岩石ヴァラージは突き放される。


「そこだぁー!」

「今よー!」


 GPF機が一斉攻撃をかける。三十機の放ったビームが怪物へと集中。振りまわされるスラストスパイラルもすべてを防ぎきれない。

 手足が砕け、胴体に穴が穿たれる。内部組織がビームに焼かれる。ヴァラージは痙攣しているが攻撃はやまない。焼かれ溶かされ、炭と雫になって宇宙に溶けていった。


「目標撃破!」

「どうだ、このクソ野郎! 潰してやったぜ!」

「借りは利子付けて返したわよ!」


 オープン回線が湧く。皆が歓喜の声を高らかに謳った。


「まだ……、(われ)一人では届かぬのか……」


 ささやくようなラフロの独り言がデラの耳に届いた。


   ◇      ◇      ◇


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 触手に絡まれて加熱処理を免れないブリガルドから青年が降りてくるのには時間が掛かった。待ちわびていたデラは、彼の姿が見えるなりすがりつく。


「私に覚悟が足りなかったから、あんな窮地に陥れてしまったわ。どれだけ謝ればいいの……?」

 無理に聞きだしたというのに怯んだ彼女が悪い。

「かまわぬ。吾にもできるという驕りがあった」

「でも、つまらない学者の意地であなたを殺してしまうところだった。許して」

「友を救いたかっただけだ」

「ラフロ」


 真摯な瞳に感動する。そこに情はなくとも絆は感じられた。青年との関係性は少なからず影響を与えられていると思える。


「なにか役に立ちたい」

 下唇を噛んで訴える。

「私にヴァラージの研究をさせて」


 本体は分子レベルまで分解されてしまったが、分体のほうはイグレドが回収して隔離してある。今から組織の生死を確認するところ。


「危険すぎて難しいとはわかってる。でも、なにかしないと気が収まらないわ」

「はぁ」

 美少女がため息を一つ。

「甲殻の死んだ組織だけなら渡してやるのな。そこなら因子感染する可能性はゼロに近いんな」

「ありがとう!」

「ただし、遺伝子抽出して培養しようとか、とんでもないことを考えたら駄目なんなー」

 戒められる。

「ええ、岩石質なら私の専門。弱点がないか探してみるから」

「前も言ったけど、個体差あるから参考にならないのな」


(無駄でもいい。とことん研究し尽くしてみせるわ。ラフロの序曲(オーヴァチュア)にようやく触れられたんだもの)


 デラは彼らにもっと深く関わる決意をした。

次は「光なき星のトロイメライ」『パーティーから宇宙(1)』 (真っ当な価値観を目指していたのよ、少なくとも子供の頃は)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……まぁ、意地……と言うか我が儘、かな? それで知り合いに命の危険が有れば、ね?
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