届かない剣(1)
星間平和維持軍艦アスタメリアには次々と中破から大破したアームドスキンが帰投してくる。その混乱の最中から抜けだしたデラはラゴラナでメギソンとともにイグレドへと戻る。
「今度こそ聞かせてもらうわ」
基台に収まるのももどかしく操縦室へとつなげる。
「どうしてあの怪物を知ってるの? なんで、あんなとんでもない存在のことを黙ってるの?」
σ・ルーンから投影された小さな通信パネルの中の美少女は「まくし立てなくても教えるんな。上がってくるのな」と言う。彼女は足音高く操縦室に入ると本人に詰め寄った。
「あれが生体ビーム? たしかに生物っぽかったわよね!」
語調も厳しくなる。
「危うくGPFのアームドスキン隊が全滅しそうだったじゃない」
「デラ、それはノルデの所為ではない」
「そうだよ。落ち着こう?」
ようやく八つ当たりだと気づく。
「わかった。でも、聞かせてくれるのよね?」
「はいはい。僕ちゃんたちだっていきなり放りだされたんだから、ちゃんと説明くらいしてくれるって。喧嘩腰はやめようねぇ」
「あなたも収まらないでしょ、メギソン?」
同じ境遇だった同僚に睨みをきかせる。
突然、戦闘宙域へ向かうから降りるように言われた。二人はラゴラナで放りだされ、アスタメリアに収容してもらうしかなかったのだ。飛び去っていくイグレドの姿をデラは唇を噛んで見送ったのみ。
「あれと出会ったのは二年近く前、デラたちと会う前の話なんな」
ノルデが肩をすくめて話しはじめる。
「存在するのは知ってたけど遭遇したのは初めてだったのな。そこでラフロは負けたんな」
「え?」
「大人になってアームドスキンでブレードを持って戦闘するようになって初めての敗北だったんな」
(ラフロが……、負けた?)
青年の実力を知るデラには信じられない事実だった。
◇ ◇ ◇
当時は星間管理局とも程よい距離を取っていて、閑古鳥が鳴いていたイグレド。特に資金に困っているのでもなく、風の吹くまま気の向くまま星間銀河圏をさまよっていた。
それでも、たまには仕事が舞い込んでくることもある。文化財輸送の小さな貨物船護衛の仕事。予算はそれなりにあって民間軍事会社よりはと傭兵協会に依頼があった案件が彼らへと回されてきたのだ。
「フロドももうちょっとで操船補助経験が一年ってことになるから、管理局公式の操舵士資格に挑戦できるんな?」
「大丈夫。しっかり勉強してるから一発で合格してみせるよ」
建前としては公式資格を持っていることになっているノルデがイグレドの操舵士登録をされている。十歳になったばかりのフロドは記録上、その補助をしているとしてある。すでに実務を一身に担っていたが。
「やっと格好がつくね」
「ツッコまれると困るとこがなくなるんな」
ノルデが準備した小型艇イグレド。ラフロと旅立つつもりがフロドまで同行するとなると、それっぽい体裁を整えなくてはならない。三分の二が子供というだけで信用を得るのは難しくなるのに、資格もなしでは厳しい。
かと言って、本国の人間を連れていったり、誰かを雇うのは可能なかぎり遠慮したかった。青年を特別扱いするのは意味ないし、内部は秘密の塊。絶対に口外しないクルーに当てもない。
「本格的に仕事するっていっても条件厳しくない? やっぱ、従軍しないっていうのはいい噂がないよ」
真剣に打ち込んでいるだけ少年は現実的。
「兄ちゃんも別に誰かを傷つけるのを嫌ったりはしてないんだし」
「駄目なんな。守るために斬るのはラフロも本望なのな。そういう剣なんな。でも、殺すための剣になったらいけないのな。感情が伴わなければ簡単に狂気の刃になってしまうんな」
「んー、解ってるつもりなんだけどね」
フロドには償いの意識がある。
「兄ちゃんの剣になにかが宿ることがあるのかな? それって一つのきっかけになりそうな気がしなくもないんだけど」
「悪いきっかけなんか要らないのな。そんなのが宿るくらいなら透明なままのほうがよほどマシなんな」
「ノルデの言うとおりにしておけ」
咎める兄に、少年も「はーい」と返事する。
(宇宙で曲がったら無意味なんな。真っ直ぐな剣のままミゲルに返すのな。それがノルデにできる唯一の償いなんな)
生まれてこの方、最大の過ちだという自覚がある。一時は人工知性失格だと思いつめるほどのショックだったのだ。
「少なくても、殺伐としてない仕事が一番なんな。セド・サナム号の船長を見るのな。善人の代名詞みたいな人物なんな」
「でもねー」
フロドは不満なのだそうだ。補給に寄港して顔を合わせるたびに彼にお菓子を渡してくる。背伸びをしたい年頃の少年にとって、それは面白くないらしい。
「ぬるいお仕事ばかりしてたら、兄ちゃんがキャプテンシートに根を生やしちゃうよ」
「否めないのな」
(刺激に乏しいのは認めるんな。でも、無理に求めるものでもないのなー。善意に触れて柔らかく育てるのがいいと思うんな)
子育てに自信はない。正解もないだろう。それでも、彼女が傍にいるのが時代の子で戦士であらねばならない必然性などないはずだと思っている。
「ここで老いるのは悪いことか?」
青年は不思議そうに言う。
「ノルデがいてくれるのなら吾は他になにもいらぬ」
「それじゃ父上と母上はどうするのさ?」
「そなたに任せる」
当然のごとく。
「そういう問題じゃなくて気持ちのこと」
「うむ。気に病んでも仕方ないと思うのだが」
「はぁ……。それでも気になっちゃうものなの。このままじゃ二人とも死んでも死にきれないよ」
少年はため息混じり。
(焦れったいんな。初めから持っているからこそ持たざる者の気持ちがわからないのな。兄のことはどうにかしたいけど、両親の気持ちも慮ってしまうんな)
板挟みである。大人ぶっていても、子供のメンタルしか持ち得ない年齢のフロドは、おかしな結論にいたるラフロを苛立たしく感じてしまうのだろう。
「父上も母上も吾に向き合ってばかりはいられぬ。求めるものがあるなら捨てるものもあるのではないか?」
「だから余計に苦しくなるもんなの」
弟は兄の扱いに困るくらいには子供だし、兄は弟を納得させるほどの言葉を持たない。噛み合わせの悪い状態は日常的に起こっている。
(やっぱり、なにかエッセンスが必要なのかもなのな。中間に入って兄弟ともを刺激するような誰かがなー)
ノルデは近すぎてそれができない。母代わりというのは便利そうで案外難しい立場なのだと思い知らされる。
「心配ばかりはしておられぬぞ?」
ラフロが戒める。
「そなたは自らを磨くのを忘れてはならぬ。それが旅立ちの条件だったではないか」
「うん、剣の修練だって一生懸命やるよ。最高の師匠が一番近くにいるんだから大丈夫。問題はそれ以外のなにかも身に付けなきゃなんないんだけど、のんびりすぎてどこから手を付ければいいんだか」
「すまぬが、それは助言できぬ。吾のほうが身に付けねばならぬものが多いのだからな」
行き違いは多くとも決定的な仲違いはしない。どうあろうと兄が弟を、弟が兄を大事に思っていることに変わりはないのだから。
「まずはセド・サナム号を無事に送り届けるんな。行った先になにかがあるかもしれないのな」
今のところは彼女も偶然に頼るしかない。
「えー、ノルデは送り先で甘味を見つけられれば満足なんでしょ?」
「人聞きが悪いのな。美味しい甘味じゃないと駄目なんな。べつに独り占めもしないのなー」
「勘弁してよ。育ち盛りが甘いものだけでお腹いっぱいになるのはつらいんだからさー」
(ラフロが心から欲しがるようになるきっかけが必要なんな)
自発性も不可欠だとノルデは考えていた。
次回『届かない剣(2)』 「逃げるんな、ラフロ!」




