ひそむ脅威(3)
さらなる衝撃がウィルの身体を襲う。操縦核のプロテクタも剥がされたかと思ったが、コムファンⅡは岩の怪物から引き離されていた。
「意識はあるか? あるなら逃げよ」
「お前……」
流れる自機から見えるのは赤銅色のアームドスキンの背中。右腕に剣身が15mはあると思われる長大な力場刃を携えた機体が岩の怪物と対峙している。
「お前も逃げろ……。そいつの武器はリフレクタを抜けてくるぞ」
「知っている」
(なんだと? どうして今来たばかりの奴があの怪物の攻撃を知っている)
ウィルは混乱する。ただでさえ朦朧としているのに。
「無事ですか、隊長?」
「来てくれたのか」
残っていた所属機が増援にやってきている。学者が雇った傭兵と一緒に来たのだろう。
「戦闘不能機を収容します」
そのために来たという。
「そうするとあいつが」
「危険だから下がれと言われました。あれは自分の敵だと」
「無茶を」
そうとしか思えない。
「待ってくれ。援護しないとやられる」
「ですが、足手まといだと言われて。学者先生方に説得されて艦長が命じたんです」
「せめて見させてくれ。こんなんで逃げたら俺は立つ瀬がない」
傭兵のアームドスキンは岩の怪物とにらみ合いをしている。怪物は収容される隊機に意識を奪われている素振り。傭兵はそれを牽制して張りつけにしていた。
(あいつめ、食いそこねて腹を立てているな)
白光はGPFのアームドスキンを爆散させず戦闘不能にしていた。確実に意図してのこと。それはパイロットを食うための措置だったのだ。つまり手加減をされていたということ。
(嘗めやがって。それでも歯が立たなかった)
苦渋が彼の意識を覆う。
(一対一じゃ無理だ。あの『ブリガルド』って機体がどれだけ高性能でも)
異質な攻撃が目立つ。ビーム状の白光といい、背中から発せられている螺旋の光といい、手首から伸びる黄色い光の筋といい。未知の攻撃ばかりを単機でどこまで防いで倒すというのか。
「やっぱり無理だ。無事な隊機は戻って援護してやれと言ってくれ。それまであいつがもってくれれば」
「向かってきてます。でも、小型艇のほうで」
あり得ない話だ。
「なんだって? 馬鹿な!」
「学者さん二人はアスタメリアに移乗したんですが、小型艇はサポートしないといけないとか言って」
「なにを考えてる。下がらせろ。あいつもだ」
正気の沙汰ではない。艦長もどうしてそれを許したのか理解できない。指揮系統も含めて、なにもかもが異様な動きをしている。
(なんなんだ? 最初は妙なところでこそこそしている輩の追跡任務だと思ってたのに。学者を呼んだあたりからおかしな話になってきて、挙げ句に未確認の怪物騒ぎか? 艦長へのサプライズじゃあるまいに)
そんな可愛らしいものではないとわかっている。彼は死にかけたのだから。
「危ない!」
ブリガルドのブレードが空間をも斬り裂かんばかりの美しい横一文字を描く。螺旋の光がひるがえり、怪物が大きく身を引いた。そして白光が傭兵の機体に迫る。
(躱すしかないのに)
赤銅色のアームドスキンはリフレクタも展開せずに泰然とかまえている。
白い輝線は装甲に達する前に光の雫を弾けさせながら拡散していた。ブリガルドがかかげた長大なブレードの腹の部分で。
「そうか、力場刃の力場のほうが力場盾よりはるかに強い」
「リフレクタで防げなくてもブレードなら防げるんですね?」
ただし、形成にはそれだけパワーが必要。展開できる領域も剣身くらいの細さが限界である。リフレクタのように円形もしくは楕円形で広い範囲を覆えない。
「あいつ……」
「見事ですね」
ようやく動きだした傭兵は直撃コースの白光すべてを剣の腹で弾き返す。さらには距離を詰めていく気配。
「なんでビームランチャーを使わない? たしかに螺旋の光に当たると消されてしまうが牽制にはなる」
「わかりません。あのパイロットの流儀なのでしょうか」
大剣サイズのブレードを頭上にかかげる。独特な構えだ。順手に持ったグリップから切っ先を右に水平に。左手は平手のままグリップエンドに添えられただけである。
「上手い」
その位置から刃の力場が自在に移動する。足元を狙撃されても先端が届いて白光をさえぎる。
ただし、怖ろしく正確なコントロールを不可欠とする技。とてもウィルには真似できない。
「曲芸の域ですね」
部下の声音にも驚きしかない。
距離が詰まるほど発射から着弾までの時間は短くなっていく。それなのに傭兵はものともせずに突き進んでいった。
間合いに忍び込めば、今度は狙う側も難しくなる。謎のビームは固定照準になっている様子。怪物は身体を振らねば狙うことができない。
「よし、決めろ!」
「倒せ!」
声援を送る。
するりと横に入ったブリガルドが剣閃を走らせる。脇から胸まで裂く軌道。ところが、黄色い光の筋がブレードに絡んで止めてしまう。
「あれがあったか!」
「なんです?」
「わからんが、あれに当たるとビームも弾かれてしまうんだ」
怪物は両手首から光の筋をひるがえして応戦する。まるで鞭のように叩き、絡み、巻き付いて斬撃を防いでいた。
対して傭兵も変幻自在の剣を繰りだして攻め立てるが届かない。五分の打ち合いになっているところで怪物の口がパカリと開いた。
「マズい!」
「え?」
噛みつくわけではない。次の瞬間には赤銅色の機体が弾かれている。ロールしかけたところで持ち直して加速し間合いを外した。
「いったいどうしたんでしょうか?」
「口からなにか吐きやがる。それが見えない。俺もあれで気絶しかけたんだ」
白光や光の鞭だけではない。岩の怪物は不可視の攻撃まで持っている。手に負えない。傭兵剣士も不用意に距離を詰められなくなる。そうすると、また謎のビームを弾きつづけるしかなくなる。
「くそ! なんて怪物だ」
「あれではたしかに足手まといにしかならない」
部下の声も悔しそうだ。彼と同じGPFパイロットとしてのプライドがある。今の自分が一対一では戦うまでもなく敗れてしまうとわかるだけにその思いは強い。
「ぐうぅ、どうにかならないのか?」
彼のコムファンは右腕も失われているし、体の痺れがまだ抜けず軽い目眩に襲われている。負傷者という重荷を背負った部下も同じこと。援護も敵わない。
「避けるんな、ラフロ!」
「当たれぇー!」
そこへ小型艇が割り込んでくる。ハンマーヘッドに備えた対空砲塔を怪物に向けながら。
集束端子剥き出しの連装砲が光を吐きだしはじめる。傭兵が機体を逃したところへ集中して叩き込まれた。火力ではビームランチャーの比ではない。
「これなら!」
ところが怪物は螺旋の光をしならせてビームを打ち消していく。小型艇はさらに艇体の各所から砲塔を展開して火線を集中させるが、移動しながらビームを防ぐ怪物に直撃を与えられない。
「駄目なのか?」
集中砲撃を躱されたと思った瞬間、正面には回り込んだ赤銅色のアームドスキン。頭上からの必殺の斬り落としが肩口へ。
しかし、両腕から伸びた鞭が剣身を止めている。渾身の力で降ろされるブレードがじりじりと食い込んでいく。拮抗したかに見えたが、ブリガルドはまた不可視の力で上体を揺らしていた。
「逃げる?」
情勢不利と見たか、岩の怪物はウィルの視界から身をひるがえして去っていった。
◇ ◇ ◇
「『翼』用の罠に『剣』が掛かったか」
声音には愉快そうな色が混じっている。
「仕留められるならいい。どっちにせよ小うるさい連中だ。人形に操られる人形風情が邪魔をするな」
タンタルは静観するつもりで放置を決めた。
次回『届かない剣(1)』 (真っ直ぐな剣のままミゲルに返すのな)
 




