ひそむ脅威(2)
(どんな奴か知らないが、星間管理局が関わらなけりゃいけないほど派手にやった時点で終わりなんだよ)
相手の尻尾だけでも掴んだら解決したようなものだと思っている。組織力が比較にならない。
(もっとも、今回はこの場で終わらせてやるがね)
「ウィル隊、中継子機を潰されて状況がわからない。注意せよ」
通信士から警告。
「油断なんかしてないって」
「戦闘光確認。先行かせてもらう」
「おいおい、揃いも揃って俺の出番を奪おうとしやがる」
近い側にいた編隊が先行するようだ。
(ってか、まだ手こずってるとか。ライラめ、そんなに奢りたいって?)
苦笑いする。
(そういえば、もう少しで誕生日か。あいつ、案外可愛いとこある)
妙な気遣いを感じる。しかし、そんなウィルの思いは即座に吹き飛ばされることになった。
「なんだこの有様は……」
部下の声が緊張に満ちる。
「七機戦闘不能? 作戦継続困難レベルじゃないか」
「はぁ? おい!」
「なんにやられた? どこに……? くっ!」
ウィルからもかすかに戦闘光が見えるくらい接近した。
「刎ねられた! なんでっ!」
「あの白い光が!」
「躱せ躱せ!」
彼の部下も巻き込まれて現場が混乱している。楽観的な想像なんて意識から消え去った。
「全機、警戒厳に」
冷静な隊長の顔に戻る。
「狙撃来るぞ。リンクで狙点分析かけろ」
交信からなにが起こっているか分析する。狙撃者の存在から瞬時に対策を打って徹底させた。
「応射控えて被害確認」
「それじゃやられっぱなしに」
「退くと見せかけて寄せさせる。包囲して確保」
応射をすれば相手を動かすだけになる。見えてない状態をさらに助長するのは避けなければならない。逆に追わせて罠にかけるつもりだった。
(結構やられてる)
戦闘宙域に到達した。
(コムファンまで。ライラ?)
予想どおりの狙撃。しかし、正体不明の白い輝線も距離があって十分に警戒していれば回避不能ではない。
「ライラ。おい、ライラ、しっかりしろ」
「ウィ……ル?」
応答がある。
「やられたもんじゃないか」
「そいつは……、ヤバい。逃げな……。抜けてくる」
「なにがどうなってる?」
ライラのコムファンは両腕に頭部が半分、左足も根本から失っている。胸元には引っ掻いたような痕まであった。
「あれは……なに? 岩の怪物?」
「なんだ? 怪物だって?」
聞き捨てならないことを言う。こんなときに冗談もない。続きを聞きだそうとするが、背後からの光を感じてライラ機を抱きかかえたまま回避をする。
「このやろ! やりたい放題を。憶えてやがれ」
重くなった機体を振りまわす。
「ライラ……? 失神したか。戦闘不能機を回収して退避」
「生存確認、急げ!」
「隊長、狙点上がってきてます」
「光学解析、無理か。どうやって狙ってきてる」
ライラ隊の中継子機はターナ霧放出の役割は終えてから撃破されている。宙域には戦闘に十分な濃度の電波撹乱分子が満ちていた。
(電波でも光学でもないロックオン。艦長じゃないが、こんなのはフィクションの世界の代物じゃないのか)
散発的ではあるが正確な狙撃に襲われている。回避に専念しているから被害の拡大は抑えられているが、目算もなく反撃に移ればリスクを負わねばならない。
「動くな動くなー」
広げたレーザー通信網で部下に徹底する。
「こういう嘗めたことをしてくれるやつは、最適なタイミングで効果的な反撃をすればすぐに折れる。自分の優位が揺らいだ瞬間にな」
ウィルの指揮下で実績を重ねてきた部下は信頼して自制してくれる。それに応えるのが役目である。
「自力で移動できるなら逃がせ。動けない者は助け合って逃げろ。こんなだいそれたことしてくれた奴は俺と動ける僚機が仕留めてやる」
ライラ機も隊機に任せてじりじりと後退する。全体が撤退を試みていると見せかけるために。
(食いついてこい。そのときが貴様の最後だぜ)
気づかれないように扇状の戦列を作りあげる。罠にかかった犯人を絶対に逃さないように。絶対に報いを受けさせるために。
「スタンバイ」
解析した狙点が徐々に扇の中に入ってくる。
「今だ! ゴー!」
一気に半包囲に持っていく。側面の列をなすアームドスキンは包囲を狭めつつ逃げ道を塞ぐように弾幕を張る。中心にいたウィル機は僚機と即座に距離を詰めていった。
(さあ、距離という貴様のリードはなくなったぜ。狙撃だけで切り抜けられると思うなよ?)
星明りしかない宙域で確認しづらかった敵の正体が徐々に明らかになってくる。少ない光源に照らされた相手が自動的にボリュームアップされた色彩でモニターに浮びあがってきた。
(岩の、怪物?)
ライラがそう例えたのが適確であったと実感できる。若干黄色みがかった表面はごつごつとした岩の質感。ただし、形状は歪ではない。完全に人の形を保っている。
(なんだ?)
その怪物は背中から螺旋の光の尾をたなびかせた。人形のシルエットを不気味に映えさせる。そして加速した。逃げるのではない。彼のほうに向かって。
「やる気だってのか? いい度胸じゃないかよ!」
狙撃だけで圧倒してきた敵が接近してくる。捨て鉢になって突進してきたようにも見えるがなにか違和感がする。
(待てよ? こいつの外観を知っていたってことはライラも見たのか。なら、接近戦もやれるってこと!)
「やってみせろよ、アームドスキン相手に接近戦を!」
ウィルは左手にブレードグリップを握らせた。
「本物の白兵戦ってのを思い知らせてやる!}
総合力となると五分だが、ブレードアクションなら彼女より上。簡単だと思っているなら勘違いもはなはだしい。
「来いよー!」
ビームランチャーで照準。牽制を挟んで距離を詰めに入る。するりと滑った敵の横をビームが抜けていく。
腕の付け根あたりから白光がほとばしる。十分に予想範囲だったウィルはリフレクタを突きだして間合いに入ろうとした。
「なにをー!」
気づいたときには右の前腕が半ばから刎ねられている。咄嗟に正対する面積を少なくすべく半身になった。しかし、そのときにはショルダーユニットにも焦げ跡の線が刻まれている。
(馬鹿な! 力場盾を透過した!)
彼の目にはそのさまが焼きついていた。
(ライラが抜けると言ったのはこれのことか!)
やられてばかりではいられない。突きだしたブレードの切っ先を下げて逆袈裟に跳ねあげる。ところが、力場の刃は黄色い筋のようなものに叩かれて弾かれた。
「なんでだー!」
そのときには岩の怪物は目前。肩にあるレンズ状の射出口らしき物が光を発しようとしている。
「隊長ぉー!」
擦過したビームが怪物を揺らし、かろうじて回避に成功。ウィルは間合いを外した。右腕は肘からパージする。
「見たな? こいつの攻撃はあれだけだ!」
注意を促す。右腕はそれだけの価値があったはず。なにが来るかわかっていれば、そうそう後れをとる部下ではないはず。
しかし、包囲しようとする隊機に対し、怪物は身体を振りまわす。ひるがえる螺旋の光がビームをすべて弾き返した。
「なんと!」
至近距離まで迫っていた隊機が白光を浴びせられる。リフレクタも利かず手足を分断されて部品へと戻されてしまう。
「させるかよー!」
スピンしつつ必殺の横薙ぎを繰りだす。しかし、黄色い光の筋によって左腕も根本から斬りとばされてしまった。
怪物の頭が口を開ける。ガンガンと機体が揺れ、衝撃が彼の意識を刈り取ろうとする。
(こいつ、なんで胴体を狙わない)
爆散した隊機は一機もいない。
(そうか。俺を食うつもりなんだな?)
怪物の爪がハッチを削り取り、首元からの伸びた触手が迫ってくるのをウィルは見ていた。
次は『ひそむ脅威(3)』 「こんなんで逃げたら俺は立つ瀬がない」




