ひそむ脅威(1)
もう一方の捜索船もほぼ同様の状態で発見される。生存者は一人もおらず、なにが起こったのかはわからない状態。
(完全に油断してた調査船と違って、捜索船は十分に警戒していたはず。当然、人災の可能性も考慮していただろうから)
それは専門外のデラでもわかること。それなのに憐れな姿で発見された。抵抗する間もなく蹂躙されたということ。
(人災はほぼ確定。それも未知の新兵器が使用されている可能性まで)
彼女のような学者が同席する範囲を逸脱している。どこかで身を引くべきだろう。星間平和維持軍側も増援の要請を示唆する意見を出していた。
(メインゲストのメギソンと相談しないと)
飲み物でも用意して彼の部屋で話そうかとカフェテリアを目指す。途中で通りがかったトレーニングルームの奥にはラフロとノルデの姿。
「かもなー」
少女は青年を見上げて頷いている。
「ならば軍では歯が立たぬ。二人を連れて退いてもらわねば」
「それがいいのな。でも、確認したらの話なんな。GPFが言ってるみたいな加害者の存在も否定できないのな」
「ノルデが予想できないような兵器を人類が開発できるとは思えぬ」
ラフロは珍しく否定的だ。
「偶然の産物の可能性はどこにでも転がってるのな。その証拠に、ノルデたちは星間文明に力場盾の技術を渡してないんなー」
「否めぬ。しかし、見られてからでは遅くはないか?」
「そこはどうとでも誤魔化しが利くのな。幸い、全員が星間管理局関係者なんな」
不穏な会話が耳に入ってくる。デラはつい息をひそめて聞き入ってしまっていた。
「どうせ、入り口の陰にいる地質学者には口止めしないといけないのな」
言い当てられて背筋が跳ねる。
「デラか」
「ごめん、聞こえちゃったわ。艇内はノルデに見えないとこなんてないものね」
「素直でいいのなー」
室内に入っていく。
「忘れろって言っても無理よ。あなたたちは犯人を知っているの?」
「確定じゃないんな」
「あれができる存在を知っているだけだ」
ファネリゼたちはなにが起こったかも推定さえできない状態。それなのにラフロはあの白光の正体を知っているかのよう。
(幸せそうな空間を惨劇に変えたもの)
それが何者か。
「教えてもらえる?」
彼女の中にも義憤はある。
「確定するまでは知るべきではないんな」
「ラフロは知ってるんでしょう? たぶんフロドも」
「ノルデと行動するのなら関係してくるからだ。そなたは……」
歩み寄って青年の胸に指を突きたてる。
「その程度の関係だって言うつもり? こんなにどっぷりと絡んでしまっているのに?」
「う……む」
「やめるんな。ラフロはデラを案じて言ってるのな」
眉根を寄せながら自制して指を引っ込める。それでも下唇を噛んで悔しい気持ちを表現するのはやめられなかった。
「生体ビームという兵器かもしれないんな。あのとおり、防御フィールドでは防げないのな」
恐るべき事実が告げられる。
「生体ビーム?」
「プラズマビームより破壊力は低いのな。でも、貫通力はそっちのほうが上なんな」
「防御フィールドを貫くほど?」
振り向くと青年も静かに頷いている。
「ちょっと待った。生体ビーム?」
「なんなー」
「うむ」
違和感しかない組み合わせに戦慄が彼女の意識を駆けのぼる。導きだされる回答を自身で否定したくて拒絶反応が思考を鈍らせた。
「生体組織を媒介としたビーム兵器? それとも……」
生体そのものが発するビームなのか。
「怖ろしくなってきたんな? これくらいにしとくのな。戻れなくなる前に引き返すのが利口な生き方なんな」
「う……」
「吾に任せよ」
ラフロの瞳に感情の色はない。しかし、その眼差しは彼女を背中に守るときにするもの。未知の脅威から守ってくれようとしているのだ。
(そう、私はただの一般人。『ゼムナの遺志』なんて特別な存在と関わったのは偶然でしかない。生活の場は普通の社会にある。深入りしたら戻れなくなるなら……)
デラはこのときの尻込みを、のちにひどく悔いることになるのだった。
◇ ◇ ◇
ウィル・べロッソはトジャラ管区星間平和維持軍で数個の編隊を率いる隊長を任じられている。階級は操機長。二十七歳でなら悪くないところにいる。
なにより隊長機であるアームドスキン『コムファンⅡ』を預かっている。普通の操機士が重力波フィン改修型『ゼクトロン』を使っているのだから多少は自慢できる。
(中央じゃ後継機も実戦配備まであと一歩ってニュースもあるけどさ)
そんな機体が地方にまで配備されるのはいつのことになるのやら。新型とまでいわなくても高性能機とされるアームドスキンに乗せてもらえるのだから我儘など言わない。
(でもなー、最初から重力波フィン搭載機として開発されたコムファンⅡでも二枚羽。今や探査専用機としてお目見えした『ラゴラナ』とたいして変わらないとくればちょっとね)
不格好に見えても機動性は互角。研究用だからセンサー性能はあっちのほうが上。ソフトを載せれば電子戦能力でも負けるかもしれない。
(若干はひがみたくなるよな。それも、あんなものまで見せつけられりゃ)
学者組がチャーターしている小型艇の搭載機は六枚羽ときている。赤銅色のアームドスキンはかなり高性能だと感じられた。
(訳ありだって言い含められてるから詮索はしないけどな)
見劣りしそうで横並びになりたくない。護衛だというなら出しゃばらないでほしい。探査の必要性はほぼなくなったのだから学者を連れて帰ってくれないだろうか。そのためには速やかに犯人を見つけるのが手っ取り早い。
「こんなところでいつまでもくすぶっていられないぜ、ライラ。さっさと犯人を引きずりだしてやらないと」
「まーね、いつまで隠れんぼしてくれちゃってんだか。民間船には意気がってるけど軍艦相手だと腰が引けるのかね」
僚機のコムファンⅡはライラ・バンダーナ操機長が操っている。同い年で階級も、複数編隊を面倒見ているのも同じ。気のおけない同僚である。
「ま、どんな機体を使ったにせよ、どこかに母船がひそんでる。そのうちターナ霧が引っかかるって」
「よし、じゃあ早い者勝ちだぜ。今回、手柄を挙げたほうが奢るってのはどうだ?」
「悪くないね。ボーナスいただいたうえに、ただ酒まで飲めるんなら最高」
ライラが口笛を鳴らす。
「勝ったつもりになってんじゃない。絶対に奢らせてやる」
「幸運の女神様に祈っておけば? それでもヘマしたら手柄はかっさらわせてもらうけど」
「言ってくれるな? 後悔させてやる」
そこまでしゃべって左右に別れる。それぞれの担当宙域の偵察に向かうのだ。場所は艦長以下の幹部が決めているので選べない。どちらが当たるかは幸運を引いたほうになる。
(どっちが勝ったって飲むのに変わりないんだけどな。多少散財したところで、あいつとする馬鹿話の時間を買ったと思えば安いもんさ)
気楽な賭けでしかない。
指揮下の三つの編隊に範囲を指示して偵察させる。彼も三機を率いてなにもない宙域を飛びまわった。
(まいったな。こう電波の通りが悪いと動いて探すしかないのか。光学監視も遠くはかすんでしまうから当てにならないしな。こりゃ、ほんとにターナ霧が掛からないと手間食うぞ)
隠密航行をする相手の探索となるとそれしかなくなる。実視では視界が悪い印象は抱かないが、やはり星間物質密度は光学監視に影響を与えていた。
「聞こえるか、ウィル?」
中継子機経由でハイパワー無線が飛んできた。
「なんだ?」
「ライラ隊が接敵した。至急向かえ」
「マジか。了解」
ウィルは賭けに負けたとばかり思い込んでいた。
次回『ひそむ脅威(2)』 「揃いも揃って俺の出番を奪おうとしやがる」




