暗黒星雲の謎(3)
破壊されていたのは調査船のほうだった。原型を留めないどころではない。多数の破片になって漂っている。
「対消滅炉は無傷とは」
「はい、誘爆していれば破片も散乱してどこに行ったかわからなくなっていたでしょう」
破片が集まっている段階で予想できる。誘爆していれば、発見できるのはもっと小さい破片だけになる。
「意図してやったものか?」
「調べさせます。ウィル、何人か連れて船内捜索」
「ちょっと待って」
捜索を指示した副長を制止する。デラは奇妙な点に気づいていた。
「断面から調査機器の一部が見える。なのに人影が一つも見えない」
「ほんとほんと」
「どういうこと?」
賊が収奪を行ったあとに破壊していったのではない。最初から破壊したのだ。それなのに脱出者や遺体の姿が確認できない。ラゴラナの情報処理能力で全体を一気にスキャンしたのに、だ。
「はい、たしかに」
ファネリゼも得心する。
「注意して捜索を。生存者がいればなにが起こったのか判明します」
「それがいい。ネリーちゃんご希望の不穏な展開だねぇ」
「ええ、不審な点がいくつも」
収奪目的ではないとしたら証人潰しである。事実ならこの暗黒星雲で不穏ななにかが行われていたことになる。
「斬られている」
ブリガルドが破片の一つを動かし断面を見せてくる。
「ほんと、ラフロ? じゃあ、これをやったのはアームドスキン?」
「力場刃にしては破断面が荒れている」
「溶解痕がないからビームってわけでもなさそうだねぇ」
メギソンも触れながら確認。
「それに……、いや、解析してみないとはっきりとしたことは言えぬ」
「なに?」
「ノルデが答えを出してくれるだろう」
青年には気づきがあるようだが確信にはいたらないらしい。珍しく言葉を濁している。
「艦長、生存者確認できません」
「そうか……」
苦渋をにじませる。
「それどころか遺体の一つも見つからないってのはどうなんです?」
「本当なのか? どこにも?」
「隅々まで見ましたよ。見事にバラしてありますから簡単でした」
そのアームドスキンパイロットは自信ありげに言う。おそらく間違いないと思われた。
「こいつは変だ。目撃者を消すにしても遺体まで持っていく必要はない」
ウィルと呼ばれたパイロットは苦々しげだ。
「なにも盗んでなさそう。無くなっているのは人体だけ」
「おい、おかしなことを言うな、ライラ」
「だってそうじゃない! こんな無惨な!」
彼女が指さしているのは壁面に張りついて凍結した血痕。
「殺したうえに持っていくとかどうしたいの!」
「こら、現場保存しろ」
女性パイロットのアームドスキンが破片の一つを殴りつける。ゆっくりとロールしはじめた破片を男の機体が止めた。
(あ!)
そのとき流れてきた遺留品にデラはラゴラナの手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
「ごめん。ちょっと手間取っちゃって」
デラが操縦室まで戻ると、すでに全員が揃って解析をはじめている。調査船の状態に空気は重かった。
「これとこれだ」
「原型復元するとおそらく合ってるんな」
「それってどういうことさ?」
経過を聞こうとしたら通知音が鳴る。GPF戦闘艦アスタメリアからの回線が繋がってファネリゼとダジ・マクドゥーガルという名の副長の姿。
「回収したシステムメモリーの解析が終了しました。なにも残っていません」
完全に消去されているという。
「サルベージも不可能。真っ更な状態だそうです」
「それじゃノルデちゃんに任せても同じことだねぇ。周到なことで」
「無くなってるのは乗員とメモリーだけってこと?」
フロドも首をひねる。
「そうなります。副長、他には?」
「出発時の積載物リストと照合しました。細かなものを除けば紛失している物はありません」
「捜索時の映像解析の結果はそうなっています。そちらでは?」
事故船体内の捜索などは彼らがプロである。手落ちなどないと思っていい。
「破断痕を調べてたんな。これ見るのな」
ノルデが3Dモデルを共有する。
「破片を合致させていくと原型に近くはなるのな。それは変なんな」
「それはどういうことですか?」
「斬られてるのな」
美少女は断定する。
「艦長、ビームが直撃した場合、射入口はビーム径となりますが射出口は破砕されて大きくなります。含有ラジカルが拡散するためです」
「ああ、それで破壊力を増すのでしたね?」
「ええ、なのでビームをどれだけ絞ってもレーザーのように切断するのは不可能です」
ビームで分断されても破断面は合致しない。むしろ荒れた破断面になってしまう。
「ではブレードで斬ったということですね。ならば犯人はアームドスキンを使用していたと」
デラもそう考えた。
「よく見るんな。破断径は短いところでも80mはあるのな。そんなブレードがどこにあるんな?」
「はっ!」
「むぅ……」
GPFの二人は息を飲む。
「それに力場裁断された断面じゃないのな。もっと荒いんな」
「高出力レーザーのようなものですか?」
「見た目は近いけど、レーザー程度で航宙船の装甲を焼き切れるのなー?」
答えは否だ。少しでも齧っていれば常識。ファネリゼたちが間違うはずもない。
「では、この暗黒星雲で画期的な新兵器開発が行われていたのでしょうか?」
ビームでもブレードでもないとすればそうなる。
「目撃されたので証人を殺害し記録を消去したと」
「ですが遺体まで回収する理由がありません」
「死体に口無しですね」
皆が考え込む。推論を立てられるものはいない。
「じゃ、これ」
デラはパッキングしたものを提示する。
「これの処置をするのに遅れてたの。それこそ表面になにか付着してたらマズいから」
「携帯端末?」
「乗ってた誰かのものじゃない?」
透明なサンプルパックの中に収めている。完璧に隔離状態にしてあった。
「ノルデならリモートで中を覗ける?」
「貸すのな。最新の記録を再生するんな」
少女は端末を情報コンソールの上に置く。パック越しに投影パネルが表示された。
『誕生日おめでとう、ブリンク!』
『おめでとう!』
バースデーソングが続く。どうやら学生の一人の誕生日だったらしい。パーティーの様子が撮影されていた。
飲み食いしながら騒ぐ若者たち。穏やかに監督している数名の大人は教授陣だろうか。そこで異変が起こる。
『警報! なに!?』
衝撃のあとに、けたたましくアラート音が響く。
『減圧警報だ! 皆、ヘルメットを!』
『なにかと衝突した? 嘘!』
『いったいなにが! きゃあっ!』
視界を白光がよぎる。ヘルメットを手にする暇もなく室内の空気が宇宙へと逃げていく。人体が舞って破断面へと吸い寄せられていった。
『ブリンク! そんな!』
すでに空気が残り少なくなって声が籠もっている。
『みんな! 誰か助けて!』
『ヴェー! 君だけでも!』
『マックス!』
声の主にヘルメットを託して飛ばされていく身体。荒れ狂う空気に巻かれてなにもかもが宇宙へと吸いだされていく。救助を呼ぼうとしたのか端末だけは必死に保持しているのか画面は小刻みに揺れる。
『マックス……。そんなぁ……』
空気の失われた室内でフィットスキンの手が宇宙へと伸ばされる。
『わたし……。わたしだけ……』
すでに生存者はいない。驚愕のあまりに浅くなった呼吸音がくり返される。そこに嗚咽が混じりはじめた。
『だれかぁ……』
次の瞬間、端末が弾かれてくるくると回りはじめる。一瞬だけ映ったのは、なにか紐のようなもので宇宙へと引きだされる声の主の姿だった。
「……マジでパニックムービーじみてきたんだけど」
「僕ちゃん、そんなつもりじゃあ」
「自分もリアルに体験はしたくありません」
デラは震えながら遺された端末を見つめていた。
次回『ひそむ脅威(1)』 「こんなにどっぷりと絡んでしまっているのに?」
 




