暗黒星雲の謎(2)
暗黒星雲での遭難者捜索に当たる星間平和維持軍艦に招聘された有識者はメギソン。そこからイグレドに話が行き、ぐるっと回ってデラも行くことになっていた。
「なんで私が!?」
「だって、専用の船室作ってもらってるじゃん。そこの機器、勝手にいじっちゃ嫌かなって思ってさ」
アポイントが来たときに交わした会話。
暗黒星雲は天体の原始状態。メギソンの専門ではあるし、彼なら細分化した分野にもそれぞれに伝手がある。友人の恒星進化学教授のジャナンド・ベスラなど筆頭格といえよう。しかし、地質学などはまず出る幕はないと思われる。
(解析装置なんて勝手に使えばいいって言ったのに聞かないし)
ただ、巻き込まれた感じしかしない。
「プリヴェーラ教授も暗黒星雲内で航宙事故というのは起きづらいとのお考えでしょうか?」
「ええ、基準を満たす一般的な航宙船をチャーターしていれば、装甲板を貫くほどの物体が暗黒星雲に含まれているとは思えない。相当無茶な速度を出さないかぎりはね」
(ほら、気を遣わせちゃってるじゃない。どう扱ったものかわからないって顔してる)
困惑するファネリゼに視線を向けて答える。
「例えば、回収した塵芥などのサンプルに未知のウイルスが付着していて、乗員が次々と感染して全滅するとか」
真剣な面持ちでGPF艦長は語る。
「そして、救助に向かった船の乗員もまた感染し最後には……」
「ネリーちゃん、パニックムービー好き?」
「え、どうしてそれを?」
メギソンの質問に戸惑っている。
「フィクションとしては面白いけどねぇ、現実にはありえないから」
「そうなのですか?」
「暗黒星雲を含めた分子雲で生命の源が生まれてるかもしれないなんて話から膨らませているんだろうけどさ、ここに生命とまで呼べるものは存在しない。有るのは材料になりそうな原初的なアミノ酸ともいえない有機物だからねぇ」
生命の材料になる分子なのはたしか。それらがなんらかの方法で惑星に降り注ぎ、生命が形作られたなんて説もある。しかし、そこからウイルスなどの原始的な活動をする微細生命に至るには高く分厚い壁があると説明する。
「いくつもの有機物は発見されてるけど、生命と呼べるようなものにはどこをどうひっくり返しても届かない」
ファネリゼの豊かな想像力を否定するのは忍びないが事実は事実。
「やっぱりフィクションは楽しむために誇張されているんですね」
「残念ながらね。暗黒星雲なんて、おどろおどろしい名前を付けられちゃったからモチーフに使いやすいんだろうけどさぁ」
「わかりました」
少し残念そうだ。
「ウイルスだとすれば誰かが仕込んでないかぎり可能性はゼロ」
「あっ、陰謀論は有りなんですね!」
「あきらめないねぇ」
どうにかパニックムービーじみた展開に持っていきたい彼女。メギソンは面白がって助長するようなことを言っている。
「からかうのはやめてあげなさい」
デラは憐れに思えてきて止める。
「自分、からかわれてたんですか?」
「そうよ。このいいかげんな男の口車に乗っては駄目」
「ひどいなぁ。会話を膨らませて楽しんでいると言ってくれないか?」
メギソンは悪びれない。
「そんな穴だらけの設定、今どきは流行らないでしょう? もう少し凝らないと現実味がないわ」
「穴だらけ……」
「そこ、ショックなところ?」
デラは呆れる。軍の指揮官という職にあろうものが、こんな夢見がちでいいのだろうかと不安になる。
「いい?」
通信パネルに指を突きつける。
「こんな得体の知れない場所で採取したサンプルを素手で扱うわけないでしょう?」
「あ!」
「どこの田舎の大学教授でも、仮に生徒だったとしても絶対に隔離状態でチェックするから。それもフィットスキンにヘルメット装備で、絶対に肌に触れないようにするわ。ウイルスどころか、ただの有害物質でもそれで死亡するとは考えられないの」
陰謀論も無しだと告げる。
「うう、たしかに」
「遭難するとすれば別の原因。なにかって聞かれたら困るけど」
「そうなんだよね。分子雲コアの圧潰に巻き込まれることもないだろうしさ」
観測機器に如実に表れるような派手な現象だ。そんなところに突っ込んでいくのは自殺行為だと誰でもわかる。
「深く入りすぎて星の配置から自己位置判定ができなくなるなんてこともあるだろうけど」
星雲の奥深くなら考えられる。
「それでしたら、システムが経路トレースをしていますから遭難にはなりませんし。逆行するだけで脱出できますから」
「暗黒星雲内で時空界面突入するほど馬鹿でもないだろうしねぇ」
「それでも経路記録はしっかりしてるから逆行は可能」
航宙システムは迷わない。迷うとしたら人間のほう。遭難するときは人間の判断ミスが関わっている。
「二隻つづけてそんなヘマはしないわ」
「だよねぇ」
逆にいえば、だからこそ大学や国は星間管理局に泣きついたのである。原因が予想できない状態でさらに救助隊を出せば二次被害を出すこと請け合いと考えた。
「残るは人災さ」
「結局、それしかないんですね?」
「そのために君たちが呼ばれることになったんじゃないか」
つまりは加害者の存在。ただの賊から、暗黒星雲で見られたくないなにかをしている組織まで、人間の仕業と考えるのが順当。それを取り締まるのが星間平和維持軍である。
のんきに想像の翼を羽ばたかせていたのはその所為もある。彼らにとっては通常任務の域を出ないのであった。
「報告せよ」
ファネリゼが軍人口調に戻って命じる。
「間もなく初回の救難信号が発せられたポイント近傍です」
「反応は?」
「電波レーダー、重力場レーダー、感なし。ターナ霧も検出されておりません」
システムを介さず副長が報告をする。
「戦闘痕無しか。すると賊のほうが濃厚ね」
「おそらくは」
「引きつづき捜索」
隠したいものがあればターナ霧を使用するだろう。そこまで手も資材もまわらないとすれば、単に強奪の対象になったとしか考えられない。
(研究機材だって安くはないけど、捌くにはルートが必要でしょうに)
用途が特殊すぎて普通には売れない。
彼らはただ仮定をだらだらと連ねていたのではない。最初の調査船が発した救難信号の場所に向かう途中であったのだ。
暗黒星雲という場所柄、電波レーダーの通りは通常空間ほどではない。ある程度接近するまで探索もままならず言葉遊びをしていたようなものだった。
『電波レーダーがなにかを検出しました。表示します』
システムが相対位置を算出する。
「よろしい。向かえ」
「検出位置に向かいます」
「メギソンさん、これはちょっと……」
ファネリゼの表情がゆがむ。
「船体が残ってるとしたら中身だけ持っていかれちゃったかなぁ。そうなると救出は望み薄になっちゃうね」
「はい、全員は難しいかと」
「僕ちゃんたちは特殊状況の対処に呼ばれたんだけどさ、できるだけは協力するよ」
人災だった場合はデラもメギソンも役に立たない。それでもラゴラナの解析能力は捜査にも役立つと考えていた。
「映像出します」
距離と夾雑物の所為で画像は荒い。映っているものは一つではなく、いくつものパーツに分解しているように見えた。
「破壊していったとは。なんと残酷なことを」
艦長も義憤に燃える口調。
「調べましょう。なにか証拠が残ってるかも。あ、艦長の許可があればだけど」
「ええ、ご協力をお願いします」
「ごめんなさいね。自分たちで解決する癖がついちゃってて」
(犯罪だったら、完璧に向こうの管轄なのを忘れてたわ)
デラは失敗だったと舌を出した。
次回『暗黒星雲の謎(3)』 「ネリーちゃんご希望の不穏な展開だねぇ」




