高重力探査行(3)
(反応薄かったけど理解していたのかしら)
デラは不安になる。
(説明にかこつけて、どれだけ厳しい環境なのかも説いたつもりだったんだけど)
アームドスキンならば大気圏降下も離脱も可能なのは計算上のこと。しかし、それなりの性能を有するハイグレードな機種であればの話。そんじょそこらの市販機では難儀するだろうと彼女は思っている。
そのうえで無人探査機が巻きこまれたような事故の可能性も示唆したのだ。警戒してもいいはずなのに、そんな素振りを見せないので無理解を疑いたくなる。
(若くともアームドスキンパイロットとしては彼のほうが長いのかもしれない)
ラフロの自信はそこから来るのだと予想する。
(でも、特殊な惑星探査ってそんな甘いものじゃないって解ってもらわないと。下手したら私とメギソンのラゴラナで彼のアームドスキンを救助するような羽目になるかも)
想定だけはしておく。どうせ一回の降下では十分な調査はできない。最初の一回は様子見でもかまわないだろう。
「じゃあ、準備に入るけどいい?」
「ああ」
表情一つ変えず頷くラフロ。
星間管理局で採用しているオープンフェイス型に似たヘルメットに大振りな角が収まる。顎まわりと後頭部を覆うところが本体で、他は軽量透明金属シールドバイザーになっている、視界が広くて使い勝手が良いタイプ。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
相互接続している無線からシステムアナウンスが聞こえてくる。
「『ブリガルド』、状態は?」
『オールグリーンです、ラフロ。存分にお使いください』
「頼む」
青年は無愛想ではあるが無礼ではない。デラたちに接するにも礼節をわきまえた行動言動をしている。無口なのでコミュニケーションは足りないと感じるが。
「発進スロット使ったことあるんなー?」
通信士も兼務しているノルデが尋ねてくる。
「初めて。下に落ちるだけなんでしょ?」
「機体ホールドがリニアレールを走って宇宙に放りだすんな。下はもう重力圏だから一回停止するのな」
「了解」
足下の発進スロットがスライドして開放される。俗に「空気カーテン」と呼ばれる流体遮断電磁場シールド膜の向こうに宇宙空間が見えた。ラゴラナを支えていたフットラッチも下に倒れる。
「ブリガルド、出る」
「いってらー」
先にラフロが落ちていった。そのまま第一惑星まで落ちてしまうんじゃないかと不安になって発進を急ぐ。
「ラゴラナ、デラも出ます」
「僕ちゃんも」
「タイミングずらして落とすんな」
視界が機体格納庫から装甲断面を過ぎて宇宙へと変わった。青年のアームドスキン、ブリガルドは彼らの発進を見守るようにふり返って見ている。
ラゴラナと違って戦闘用アームドスキンなので独立型頭部を持っている。カメラアイも備えて一見勇壮そうに見えるが性能的には劣るのではないかと疑っていた。
(心配してるのはこっちのほう)
苦笑いする。
(ともあれ落っこちてないんならいいわ)
「降下するがいいか?」
「ええ、気をつけて」
意図的にラフロが見えるように重力波フィンを展張する。彼からはラゴラナが透過性の金色の虫の翅みたいな機関を背負ったように見えているはず。
重力子を発生させて慣性制御、つまり推進制御を行う重力波フィンは画期的な技術。従来のようにプラズマブラストの噴射を行わずとも機動できる。
「念のため先行する」
「任せるわ」
(後ろから見てたほうが、もしものときの対処が早くできるし)
そんな目算を働かせている。
旋回したブリガルドの背中の推進機ユニットが水平位置まで立ちあがる。噴射をするのかと思ったら、刻まれたスリットから金色の翅が展開された。
「はあぁー!?」
「どうした?」
つい驚嘆する。
左右二つのユニットに配置されたスリットは三ヶ所。斜め上に向けてトップフィン、斜め下にアンダーフィン、そして真後ろに向けてリアフィンの三対が形成された。
「それ、どういうこと?」
「なにがだ?」
腑に落ちない。
「重力波フィン搭載機だなんて聞いてない」
「依頼を請ける前に調べた。ブリガルドの性能で不可能なら請けない」
「ラゴラナより上だから大丈夫だっての?」
「そういうオチだったみたいねぇ」
メギソンは愉快そうだ。
(あり得ない……、とまでは言わないけど)
予想しづらい事態である。
(傭兵とはいえ民間登録のメンバーでしょ? 重力波フィン搭載機を持ってるなんて信じられない。星間管理局以外だと最先端を行く専門メーカーくらいしか製造できないはず。あとは本場のゴート宙区だけ……)
その可能性が出てきた。
「君って意外とお金持ち?」
「貧乏とは言わないが」
「ゴート宙区のオリジナルを取り寄せられるほど?」
「ブリガルドは吾の専用機だ」
予想だにできない答えが返ってくる。もう訳がわからない。
(詮索は後回しにしよ。考えてもキリがない)
デラはあきらめた。
憂慮すべき危険は主に探査のほう。余分な心配をしなくてよくなっただけ一度目の降下ミッションの成功に近づいたと思うしかない。
「予定ポイントでよいか?」
事前に選定しておいた降着位置に向かうか訊かれる。
「計画どおりで行くわ。今回は安全重視でね」
「賛成する」
「とりあえず一発目決めちゃうよぉ」
メギソンの下品な軽口は無視。
夜の面の深夜帯に入った地点に降下する。十分に冷えてきているので探査もしやすい。危険も少ないはずである。
ただし、活動時間は少なくなる。探査ポイントが夜の面であるうちに離脱を行わなければならない。昼の面に入ってしまってもラゴラナは耐えてくれようがダメージは負う。
「安全性高めの第一ポイントだな」
「そ。耐熱ステーション使って、探査機が三日活動できたとこ」
最悪初日に金属砂漠に飲まれたポイントもある中、比較的安全だと考えられる場所だ。原因が解らない以上、単なる偶然ともいえなくないが験担ぎのようなものである。
「運良ければ耐熱ステーションくらい残ってるかも」
「いや、ないでしょ。二十年以上前の話じゃん」
相方は悲観的だ。
「冗談よ。さすがに劣化して分解してるわよね」
「先人の悔しさは脇に置いておいて目の前のことをやっちゃおうよ」
「もしかするかもしれん。若干密度の低い影がある」
先行する青年がとんでもないことを言ってくる。地表まで千mと迫っているが、通常観測でなにかがわかる距離ではない。
「金属砂なんだからレーダーの通りが悪いはずなんだけど?」
「指向性超音波で走査してエコーを取った。リンクで送る」
(どうして戦闘用アームドスキンがそんな観測機器積んでんのよ)
ブリガルドという機体がどんなものか不審に思えてきた。
リンクされたデータにはたしかに密度が低いところがある。サイズ的にも過去の耐熱ステーションでもおかしくない。
「ほんと。システム、超音波ビーム照射」
『ターゲットの計測完了しました』
詳細データを見る。
「深さ7……、8m近くね」
「掘り返そうよ。当たりだったら発見だ」
「妙に乗り気じゃない、メギソン」
ラフロが周囲の監視をしてくれている。状況に合わせた機転も申し分ない。彼のことを見直す気になってきた。
「ガチだった」
「びっくりね。一気に埋もれた所為で砂状金属が断熱層を作って劣化から逃れたみたい」
掘ってみたら円形ドーム状の人工物が現れる。耐熱タイルは新品のようにピカピカのままだった。
「解除コード転送」
補助以外のバッテリーは失われているようだが手動で開きそうだ。メギソンがラゴラナの指先で引っ掛けて開き中を覗く。
「当たり! すごい。ここに残っているのは二十年前のサンプルなんだぜ」
「なるほど。現在のこのへんのサンプルと比較すれば変化を確認できるわけね」
第一惑星の成り立ちを紐解く一助になる。
興奮する相方を余所に、デラはステーションがこんな深さに埋もれていた原因のほうが気になっていた。
次回『高重力探査行(4)』 「僕ちゃんのことかぁー」