異邦の学者(1)
アレサ総督グラガもあれ以来大人しい。彼もミゲル王に引退をほのめかされ否定している。消沈しているのは忠誠心の表れとして、ノルデの助言でラフロが保留を言い渡していた。
「もう変な騒ぎにはならないんな」
「私の好感度はガタ落ちのままですけどね!」
さわさわと噂する声が耳に入ってくる。王子二人に粉をかけておいて袖にした淫婦とまで言われている。
「そのうち良いこともあるのなー」
「信じられるか!」
エントランスで待っていると星間管理局のリフトカーが坂を登ってくるのが見える。少し前に上空を通っていった小型艇には、白い甲冑騎士をデフォルメしたエンブレムに『ガルドワインダストリ』のロゴが入っていた。それがミゲル王の依頼の件らしい。
「『ガルドワ』って有名所なのね?」
デラは企業データに目を通しながら言う。
「ゴート宙区の双璧の一角なんな。過去には幹部に協定者もいたのな」
「あら、そっちの関係者。じゃあ、相応の対応しなければ駄目?」
「今は少し距離を置いてるんな。企業理念もしっかりしてるし、ほっといても力を付けるのなー」
配慮は無用とノルデ。
ドライブオペを自らしていたのは実は情報部エージェントのメイサだった。つまりはそういう相手なのだという証し。案内されて降りてきたのも若い女性であった。
「ガルドワインダストリ渉外担当を任されております、クレソ・パキーネと申します、プリヴェーラ教授。今回はよろしくお願いいたします」
女性が握手とともに自己紹介。
「ええ、よろしく。デラで結構よ。要望について、ざっくり希土類調査としか聞いてないのですけど詳しく教えてくださる?」
「はい。ではまずリストをお送りします」
「えーっと……、案外多岐に及んでいるのね?」
ざっと目を通すが、オーソドックスなものから希少なものまで様々。
「当方、アームドスキン建造では宙区のトップメーカーと自負しております。駆動系の必須素材として十分な量の確保も不可欠でして、そちらのご相談にやってまいりました」
「アレサで産出されてる?」
「これまでの傾向として、このタイプの惑星が豊富に埋蔵しているとわかっております」
植生からして可能性が高いと分析されたのだそうだ。その確認を求められる。
「話としては解るわ。でも、こんな遠い惑星まで足を運ぶほどのこと?」
少々引っかかる。
「無論、宙区内の詳細探査や原子合成技術で入手もできるものです。ただ、コスト面を考慮した場合、容易に相応の量を確保できるのであれば越したことはありませんので」
「輸送コストのほうが低いと計算しているわけね」
「ご理解いただけましたでしょうか?」
筋は通っている。しかし、若干妙に感じるところがなくもない。その程度の要件で情報エージェントまでが出張ってくるものだろうか。
(あきらかに話の行方を気にしているわよね)
メイサは静かに聞き入っている。頭の中ではどんな分析が進行しているのかデラには計り知れない。
「カレサ王のご許可もいただいております。輸出にも力を入れたいとおっしゃられておりますので悪い話ではないのかと?」
そのとおりだろう。
「これを機に良い関係を築ければと願っておりますわ」
「陛下からもそう伺っています。ガルドワの情報網は素晴らしいものですのね? まさか星間銀河圏全域をカバーしているとまでおっしゃられないでしょう?」
「そんなことはございませんわ、メイサ嬢。我ら利潤を追求しなければならない企業体としましては、常に耳をそばだてておりますのよ?」
(ん?)
怪しい空気になってきた。
(メイサはガルドワの使者を歓迎していないのかしら)
「輸送コスト的に問題はなくとも、超光速航法があるとはいえ距離は流通管理上のリスクになるのではございませんか?」
「否めませんわ」
クレソは肯う。
「カレサ王と直接交渉なさらなくとも、まずは星間管理局に申請くださればもっと条件の良い交易相手をご紹介できたかもしれませんのに」
「いえいえ、お手を煩わせずと様々な条件を鑑みて当方で検討いたしますので」
「企業国家として加盟されていらっしゃるのですから遠慮せずともよろしかったのですが」
(うわ!)
デラはドン引きする。
(なにこの上辺を飾っただけの口論は。ゴート宙区ってもしかして管理局と揉めてるわけ?)
事実だとすればシャレにならない。新宙区の戦闘力は星間管理局に匹敵すると噂される。もし、正面対決ともなれば星間銀河圏全域に火の粉が散るだろう。史上最悪の宇宙戦争が勃発しかねない。
「やれやれなんな」
ノルデがσ・ルーン経由で耳打ちしてくる。
「どういうこと? ほっといて大丈夫?」
「デラがどうこうできる話じゃないのな。無視していいんな」
「そうは言っても……」
彼女はマイクに囁く。
「馬鹿じゃないから全面抗争になったりはしないんな。イヤミを言い合うのがせいぜいなのな」
「なにが問題なのよ」
「ちょっとした方向性の不一致なんなー」
どうやら美少女にとっては珍しくもない状況らしい。しかし、一般市民から見れば一大事である。
「教えなさい」
黙っていられない。
「そんなに難しい話じゃないんな。デラが都合よく使われてるみたいに、管理局は協力するゼムナの遺志が多ければ多いほどいいと考えてるのな」
「それは理解できるわ。当事者だもの」
「それがゴート宙区の勢力から見れば面白くないんな。あまり肩入れしてほしくないのなー」
思惑がぶつかり合っているという。
「ゴート勢はノルデたちに技術を渡してほしくないと思ってる? 自分たちで独占したいから?」
「そんな生臭い話じゃないんな。もっと根源的な理由なのな」
「根源的って」
普通に考えれば、今後の星間銀河圏での立ち位置を確保するために技術流出を阻害したいと考えてもおかしくない。ところが、そんな理由ではなく根源的、つまり心情的な部分であると言われるとピンとこない。
「ゴートではノルデたち個を神格化する傾向があるのな。ある種、宗教的な扱いをするんな」
わかりやすく説いてくれる。
「だからノルデがどんな技術を与えようが、それは神の思し召しとして問題視はしないのな」
「差し出口するような問題ではないって考えるのね?」
「でも、星間管理局がノルデを技術情報源として接触してくるのは好ましくないと思ってるんな」
関係性の問題だという。
「それは不敬だと思ってるってこと?」
「なんなー。選ばれるよう努めるべきであって、自分から近づいていってあれこれ引きだそうとするのはやめさせたいのな。だから横槍を入れるんな」
「協定者であるミゲル王があまり管理局に傾倒しないようにしたいって?」
たしかに根源的な方向性の不一致である。感情的とも言っていい。
「めんどくさ」
「そう言ってやらないでほしいのな」
口調に苦笑が交じる。
「どっちも身勝手に見えるのは仕方ないのな。それに、誰がどう動こうとノルデたちが技術を与える相手とタイミングは変わらないんな。それは完全にコントロールしてるのな」
「それこそ神のみぞ知る、ね」
「ただの気苦労なのな」
(だんだんかわいそうに思えてきた)
火花を散らす二人を眺める。
言葉の応酬はまだつづいている。双方の考え方と思惑の違いから交わることなないだろう。どこまで行っても平行線のまま。
「それはかまわないから、私を真ん中において綱引きするのはやめさせてもらえないかしら」
「そこまではノルデも関知しないんなー」
「あなたの所為でしょうが!」
つい、声を荒らげそうになって必死に抑えたデラであった。
次回『異邦の学者(2)』 「予想が正しければ……」




