喜劇の姫君(5)
「勘弁してやってくれるか、デラ?」
「ええ、かまいませんわよ」
デラは肩をすくめる。
「お二方が見ていたのは私の立場であって、私自身じゃありませんもの。愚弄されたなどとは思いません」
「助かる。埋め合わせはするからよ」
「それが陛下のなさるべきこととも思ってませんけど?」
茶番を見抜いているぞと匂わせる。ミゲル王は悔いの表情をわずかに垣間見せるがどうにか持ち直した。
「老いたな、ジラク」
王は気を取り直して告げる。
「先回りしたつもりだろうが俺の希望に沿ってない。逆に邪魔になってんだよ。昔なら求心力を保つのに必要だったかもしらんが、もうそんな時代じゃない」
「ですが、陛下。民草は御心に沿うほど早くは変われません。時間が必要なのです。どうか安定した御世をお願いいたしますれば」
「安心できそうなフロドを立てろってのか? そいつは違う」
継ぐように言う。
「ぬるま湯に浸かってたいなんて考え方は捨てさせろ。自分のことは自分で決めなきゃならん時代が来る。俺は怖がってるやつの尻を蹴るぞ?」
「ご無体な……」
「じゃなきゃ自滅すんだよ。ツケをフロドの肩に乗せんじゃない。若いやつは飛びたいんだよ。お前さんだってそうだっただろ?」
家令は目を伏せる。
(思うところがあるみたい)
それとなく予想はつく。
(この快活な王の背中を支えてカレサ王国を強くしたいという望みを抱いたんでしょうね。家令の立場で、次代を担う王子の不遇を忘れるくらい前ばかり向いていた時代が)
「十分尽くしてくれた。礼を言うぜ、ジラク」
ミゲルは優しく告げる。
「隠居しろ。あとはロニオに任せりゃいい。ちゃんと育ってくれてるからよ」
「陛下、それは!」
「見てるって」
控えていたロニオが驚いている。
「お前、空いた時間に民間登用した若いのを集めて勉強会してるだろ」
「はい……。ですが、それは政治を知らぬ者が陛下を困らせないようにと」
「それでいいんだよ。飛びたいやつは自分で飛ぶ。練習する場だけ作ってやればな。そいつを自然にできるのが、これからの俺に必要な人間なんだよ」
ミゲルは貴族政治しか知らない世代は退くべきだという考えを示す。跡目争いのような宮廷劇になど興味を示さず未来を見据える人材を欲していると。
「お待ちください、陛下。孫はまだ上級貴族として取り上げていただくわけにはまいりません」
「しがみつくなよ、ジラク」
「いえ、ご意向に背くのではございません。ただ、ロニオはまだ若輩者にて」
(若いから任せられない? そんなだから隠居しろって言われてるのに)
デラは片眉を上げる。
「そうか、ロニオ。お前、まだだったな」
「ありがたいお言葉なれど、私は資格を得ておりませんので」
意味不明の会話が続く。彼女は首をかしげた。それを見たノルデが説明してくれる。カレサでいう「若輩者」とは未婚者を示すらしい。特に王城は場所柄ゆえにその傾向が強く、王近くに控える上級貴族に取り立てられるのは既婚者に限られる伝統があるという。
「小間使い程度だった今までならともかく、家督を継ぐとなるとそうもいかんか」
さすがのカレサ王もうなる。
「まだ、その……、ご返事をいただけておりませんで」
「ん?」
「ロニオには良いお相手がおりましてよ、陛下」
イクシラが沈黙を破る。
「ただ、お家柄のこともあって迷われていらしてね。そうでしょう、オライゼ?」
「マジ?」
王妃の視線はデラの横へ。彼女付きの侍女を務めている女性が次期家令候補の相手らしい。返事というワードが出てくる以上、すでに求婚まで進んでいるはず。
驚いて横を見ればオライゼは耳まで赤く染めて俯いている。その様子を見れば心は決まっているようなものだ。
「なんだ、問題ないじゃないか」
ミゲルは言いきる。
「さっさと結婚しろ」
「おそれながら、陛下。わたくしはアレサ氏族の出にございます。御身の傍に仕える高位の方に嫁ぐのはこの身に余ります」
「もってこいだって言ってんだよ。俺に一番近い夫婦がカレサとアレサを繋ぐ架け橋になってくれるんならこれ以上はないぜ。そうだろ?」
勘違いを咎めるように言う。
「こういうのが俺の希望に沿ってるって話だ。兄弟星が争うことなく肩を組んで未来を目指す。んで、早く俺の下から飛び立ってくれ」
「寛大なるお言葉、終生忘れません、陛下。もう一度言う、オライゼ。僕と結婚してほしい」
「……はい」
デラは嬉しさに泣きだした専属侍女を抱きしめる。祝福の言葉を何度も何度もかけながら。
(つまりはこういうことね)
すべてに得心した。
(イクシラ妃は旧態依然の宮廷構造を一新したかった。それを代表するのが現体制の中心人物たちであり後継争いを演じる貴族たち。まずはそこに手を入れて新陳代謝を促す気なんだわ)
ずっと監視していたのだろう。デラが来たことでアクションを起こしたのが、ミゲル王が目指す今後の改革の邪魔になる面々。見事にあぶり出された形になる。筆頭格のジラクがまず引退を促される結果になったのだ。
(ついでに、じれったい恋模様も解決したのね)
王城内のことは噂話もおおよそ把握しているのだろう。
(この機会にカレサとアレサの新しい確執となりそうな後継問題をうやむやにして、新風を吹き込むような縁談話を大きく取り上げたかった。そのためにオライゼを私のところに送り込んだってわけ)
見事に彼女の手の平の上で踊った貴族たち。さらに、そのサポートをするように動かされた異邦人。
(完璧に当て馬に使われたんじゃない)
顔で笑いながらも内心では忸怩たる思い。
(とんだ喜劇の姫君をやらされたもんだわ。自分の息子たちの結婚話をダシにして望んだ結果を得られる策略を巡らせる、普通?)
まるで二人の王子に良い顔をして玉の輿を狙う尻軽女のようであった。王国市民からはそういう目で見られたであろう。下手すれば今後も。
(やってくれたわね)
フロドやラフロの祝福も受けるオライゼ。その横で呆気にとられるパクマシと同じ立場に甘んじる気はない。
(この人にかかればどんな抵抗も無駄だって言ったラフロの台詞の意味が身に沁みたわ。さて、どうしてくれようかしら)
無表情を取り繕いながらも頬がヒクつくのを堪えきれない。
「個別回線なんな」
σ・ルーンの骨伝導イヤホン機能でノルデに話しかけられる。
「イクシラに弁解の機会を与えてやるのな」
「こんな宮廷劇に巻き込んでおいて? あなたも一枚噛んでるんじゃないの?」
「ごめんなんなー」
素直に認める。
「申し訳ございませんでしたわね、デラ。もちろん、礼はさせていただきますわ。星間管理局への協力は惜しみません。ラフロたちにも、あなたの依頼は断らないよう言い含めておきます。本当にお望みならどちらかの妃の座も考えないでもありません」
「余計なお世話よ。私にその気があっても口添えなんて無用。本人同士の問題でしょ?」
「外の方らしい言い分ですわね」
イクシラは扇で口元を隠しながら交渉を続ける。目元が笑っているので半分は楽しんでいるような気がしてならない。
「冗談ではありません」
いけしゃあしゃあと言う。
「あなたのように頭のいい女性は好きです。宮廷に入ってくださるなら否やはありませんのですよ?」
「それで王妃殿下のお相手をさせられるんじゃ堪んないわ。万一そんなことになったら、息子を一人持ち逃げされるもんだと覚悟しておいてくださるかしら?」
「結構ですよ。そのくらいでなくてはつまらないですもの」
舌を出して見せる。王妃からのくすくす笑いで内緒話は終わった。
「ねえ、ラフロ。お母さんのこと怖いと思ったことない?」
「母上が怖くないのはノルデくらいであろう」
青年の返事にデラはがっくりと首を落とした。
次回『異邦の学者(1)』 「あら、そっちの関係者なの」




