喜劇の姫君(4)
正眼に置いていた大剣がゆっくりと上がっていく。切っ先を右に水平に掲げられ、頭上まで上がると柄尻に左手が伸びる。平手で添えられただけで終わった。
「これが構え?」
「うん、兄ちゃんの我流だけど一番使いやすいみたい」
一見して効率的に見えない。どこへ振るにもストロークに費やされ遅くなりそうに感じる。ましてや瞬速の剣を使う女剣士ソキガル相手では不利だと思えた。
「いいのかい、殿下?」
「無用」
「じゃ、遠慮なく」
女剣士の身体は低く地を這うように蛇行する。対する青年は大剣を高くかかげたまま動かない。定めやすい目標にソキガルの身体は跳ねる。一足飛びに間合いに入ったときには切っ先から遠いラフロの左側にいた。
「もらい!」
払いにくい突きが伸びる。ところが次の瞬間に激しい火花とともに大きく流れていた。長剣に引かれるように女の身体が泳ぐ。危険を察して飛び退いた。
「あそこから!?」
姿勢が崩れて連撃は適わない。大剣の広い間合いから身を逃す。あきらめず再び地を蹴ってラフロに迫ろうとした。ところが、何度くり返そうが彼女は一撃離脱しかできなくなっている。
「あれじゃ兄ちゃんを崩せないよ」
フロドは失笑しながら言う。
「速いだけの軽い剣だから上段から払うだけで強く弾かれちゃう。しかも、どの位置からでも剣筋が立ってるから反動は大きいだろうね」
「ラフロには全部見えてるの?」
「見失うほどなんですけど」
デラもフェブリエーナも唖然とする。
「あれだけ騒々しいとね。足音と刃鳴りでどんな攻撃が来るかわかっちゃうと思う」
「一般人では理解に苦しむわ」
「気配を読むってやつだよ」
青年の剣は静かで強い。ひと度振られれば確実に目標を捉える。静と動のギャップが激しい。
「そんな……」
「キレが足りぬ。一撃に必殺の鋭さがなければ叩き落とすのなど容易い」
試合場に響く金属音は徐々に小さくなっている。ついにソキガルの足が止まった。顔の前に一文字にかかげた長剣が火花を散らしたあとは動かない。見れば、膝から下がガクガクと震えていた。
「そうなるよね。打ち払われるだけでも相当の負担が腰から下に掛かってる。鍛えててももたないかも」
「最大の武器を殺されてしまったのね」
大剣が上段から落ちてくる。受けきる力はもう残っていないだろう。女剣士は必死の形相で剣を支えた。
それも徒労に終わる。ラフロの一撃は剣を叩き折り、顔面へと迫る。鼻先数mmでピタリと静止した。ソキガルは半泣きでその場にへたり込んだ。
「勝負あり! さすがは殿下!」
グラガ総督が宣言する。
「名だたる力自慢の大男でも翻弄してきたソキガルを近寄せもしませんでしたな。剣技では国王陛下を超え、史上最強とまで呼ばれるだけはありましょう。お見事」
想定どおりの結果だったか、にこやかに青年を褒め称える。観戦にやってきていたアレサの家臣も煽り立てる。
「ご覧になられましたか、陛下?」
思わぬ呼びかけをする。
「ま、順当だな」
「なにをおっしゃいます。これ以上、お世継ぎにふさわしい方はおりますまい。つきましてはラフロ殿下の立太子を進言いたしますぞ」
「ほほう?」
(なるほど、事前に繋げてたわけ。図ったわね、この男)
デラは胡乱な目つきで眺める。
手合わせを申し込み、それを密かにミゲル王にも観戦させる。ラフロの勝利に湧くアレサ総督府の様子から、それが民意と思わせる。
もし、王が良い返事をしなければ民意を聞き入れないかと諫言する。拒まれようとも今度はミゲルを批判し、ラフロを悲劇の王子にでも仕立てるつもりか。
(いずれにせよ受け入れなければミゲル王の失点と見せ、国民を味方につける算段なんだわ)
総督の思惑どおりに事が運んでいる。
「そも、決まっているのではございませぬか?」
畳み掛けるように続ける。
「陛下が重きを置く星間管理局の使者であるプリヴェーラ教授はラフロ殿下に信頼を抱き、ひとかたならぬ縁を感じられておられるご様子。これは良縁と思うのは私だけではありますまい」
「ふむ」
「ラフロ殿下も、陛下の御心に添うとなれば民族を超えた愛に躊躇を感じる必要もございませんでしょう」
一方的に決めつけてくる。カチンと来るが、これもそれとなく察していた展開ではあった。
「それでいいのか、デラ?」
ミゲルは悪戯げに笑いながら訊いてくる。
「勘弁してくださらない? いつからそんな話になったのやら。たしかに私は彼に信頼を置いてるわ。でも、異性として強い感情を抱いてるなんて一言も発した試しはないはずでしてよ?」
「だそうだぞ、グラガ?」
「これは失礼。このような場であけすけにお尋ねするような事柄ではありませんでしたな。恥じてしまわれているのでしょう」
大袈裟に失態を詫びてくる。
「男女の内々のこと。時を改め、話を進めていただけるものとお待ちいたしましょうか」
「それも一理あるな」
「お待ちくだされ」
通信パネル内にいるのは玉座のミゲル王だけではない。隣にイクシラ妃もいれば、控えている家令の顔もあった。口を挟んできたのはジラクである。
「先般、デラ様はフロド殿下の求婚をお受けくださったと聞き及んでおりますれば、陛下はご存知ありませんでしたでしょうか?」
横槍を入れる。
「ちっとは聞こえてきてる」
「武芸においてはラフロ殿下の右に出る者はおりますまい。ですが、それが王器とするのは早計といもの。カレサ王国の未来を考えますに、フロド殿下の将来性を見てからでも遅くはありませんでしょう」
「そりゃそうだろうが、お前さんが言ってるのはラフロには剣しかないって意味だぜ?」
家令は目を丸くする。
「いえ、そのようなことは。ただ、ラフロ殿下におかれましてはどのようなお考えを持っていらっしゃるのか測りかねるところがございまして」
「墓穴掘るなよ。扱いにくいってことだろうが」
「滅相もございません」
ジラクは震えあがる。対してグラガは勝ち誇ったような面持ちであとを継いできた。
「いただけませんぞ、ジラク殿。王家への敬意を欠くような言動は」
ほくそ笑む。
「その点、私は恵まれていましょうな。ラフロ殿下とならば剣を通して心を交わすことも適いましょう。殿下がお望みとあらば、不肖グラガ、総督位を返上して王城でお仕えする所存にございます」
「お前さんもお前さんだ。俺の意向を無視して勝手に決めるんじゃない」
「いえ、とんでもない。もちろん陛下のご許可あってのお話」
慌てて弁解している。
(なにこの喜劇)
焦るあまりに二人が交互に失態を演じている。
「そもそもな、デラの意見を無視してあーだこーだ言ってる時点で失礼なんだよ。彼女は星間管理局関係者なんだぜ? 俺がどんだけ苦労して他国の経済介入から王国を守ってるかわからないか?」
ミゲルが半目で睨む。
「それを上手にフォローしてくれてんのが星間管理局なんだよ。感謝してもしきれないってのに、その関係者を槍玉に挙げて後継争いやらかすってのはどういう了見なんだ。ふざけるなよ?」
「ひえっ、お鎮まりを!」
「申し訳ございません!」
二人してひれ伏す。
「謝る相手間違えんな」
「失礼お詫び申し上げます、プリヴェーラ教授」
「大変申し訳ございません、デラ様」
(あー、なんかわかってきちゃった)
ここまでくれば理解に及ぶ。
(旧態依然とした王城内を掃除するつもりなんだわ、私をダシにして。この王様のほうがよほど失礼なんだけど。しかも、そういうふうに持っていったのは、黙って微笑んでるだけのあなた)
デラはイクシラ妃を横目でにらみつけた。
次回『喜劇の姫君(5)』 「さっさと結婚しろ」




