喜劇の姫君(2)
「国民がそれを望んだらの話だよ。父上の意思を継ぐ形でなら」
「模範解答ね」
フロドはデラの切り返しに渋い顔をする。自分の意志を語っていないと言われたからだ。
「じゃあ、どうして宇宙に出たのかしら。ミゲル王がやろうとしていることが正しいと思ってるなら傍で学ぶべきではないの?」
口を開きかけて視線を逸らす。
「ラフロを憐れんだとかは無しね。そんな言い訳通用しない」
「デラ様、そんな言い方は!」
「黙ってて。これは大事なことなの」
パクマシを静かにさせる。
「兄ちゃんだけノルデと行かせたら、いつの間にか僕が王太子にされそうだったから。そんな空気が……」
「当事者だからこそ感じたのよね?」
「あの内乱で兄ちゃんは犠牲を払ったんだ。なにも払ってない僕がのうのうと玉座に腰掛けたりしちゃいけない」
悲壮感を漂わせつつ吐露する。
(それも憐れみだって気づいてないのね。自分がズルをしている感じがして嫌なだけなんだわ)
少年はそこまで大人になってはいない。
努力するのも一生懸命なのもいつも明るいのもそれの裏返しである。自分も親元を離れて代償を支払いつづければ兄と同じ場所に立てると勘違いしているのだ。
「それだけ?」
この際、吐き出させておくべきだと思う。
「僕にはなにもないから」
「そうなの?」
「見れば解るでしょ? 普通なんだよ。父上みたいな大きさも、兄ちゃんみたいな才能もなにもない。なにもない人間が玉座なんか望んじゃ駄目なんだ」
自ら白状している。
「つまりは自分が王位に就く想像もしているわけね?」
「そうだよ! 王子と慕ってくれるみんなのためにこの身を捧げたいと思ったことは何度もあるよ! 実践してる父上を格好いいと思って憧れてるんだ!」
「悪いことではないわ」
フロドは瞳を潤ませている。この時分の少年にはここまで自身を吐露するのはひどく恥ずかしいことだろう。しかし、本心を知らねば周りはどう扱うべきかわからない。
「なにかが欲しかった」
堰を切ったように語る。
「生まれながらに王だったみたいな父上より、比類なき剣技を授かった兄ちゃんより、なにか一つでも秀でていれば王になっても許されると思った。それが宇宙で拾えるんじゃないかと信じて一緒に行きたいって言ったんだ」
「それで?」
「まだ見つからない」
うつむいて肩を震わせる。デラは安易に元気づけるようなことはしない。それは誰かが与えるものでなく、彼自身が見つけなければならないもの。そうでなければ本心から納得はできない。
「デラ様、いくらなんでもひどすぎませんか?」
パクマシは怒気を膨らませている。
「先輩、わたしもちょっと引いてますよ?」
「お好きなように。甘やかせばフロドはどこにも行けないわ。それが一番彼が嫌がってるってわからない?」
「うう……」
宇宙に飛びだした理由だと告げる。それはここにいる誰もが否めなかった。
「探し求めてみなさい。あなたにはまだ時間がいっぱいあるわ」
少年が顔をあげると涙が一筋こぼれる。
「迷惑じゃない?」
「自分勝手だって思ってる? 学者なんてもっと自分勝手なものよ。危険な場所に平気で飛び込んでいって、しかも誰かに守ってくれって言うんだもの」
「そうだね」
「拾い物が見つかるまで引っ張りまわしてあげるから覚悟なさい」
泣き笑いの表情になったフロドは、もう恥じることはないといわんばかりに彼女に手を伸ばす。膝の間に突っ伏して嗚咽をもらした。薄茶色のパサパサした髪に手を這わせる。
「もう平気?」
「うん」
顔をあげた少年の涙を指で拭う。
「この角が立派に生え揃うころまでにはきっと、ね」
「デラ、男性の角をみだりに撫であげるものでは……」
「あら、デラ様、そうでしたの」
急に咎められる。
「え、なにかマズいの?」
「求婚に応じる合図なのです」
「それならかまいませんですことよ」
「ちょっ……!」
(知らなかったで済まない感じ? こんなことなら二人で話せばよかった)
デラは安易に応じた同席を後悔する羽目になった。
◇ ◇ ◇
噂はまたたく間に王城を駆けめぐる。パクマシが積極的に広めてくれたのだろう。デラがフロドに乗り換えた、と。
(彼女がそう動く。ジラクの一派の狙いはフロドの擁立。私がなびけば都合いいってことはそういうこと?)
魂胆が読めてきた。
宮廷劇に巻き込まれるのは思わしくないものの兄弟のことは敬遠したくない。思い入れがあるので距離を取りたくはなかった。
(確認しなきゃね)
もう一人のほうを。
「来たんな」
ラフロを訪ねる。
「浮気するとフロドが悲しむのな」
「情報面であなたを誤魔化せるとは思ってないから」
「乗らないんな。つまんない女なのなー」
ノルデの悪戯心を慮る気もない。
「誰の差し金かは読めてるから。裏にいるとか言わないでよね?」
「ノルデは関わってないんな。後継争いなんてしょーもないのな。ミゲルには意味ないものだからなー」
「彼が一番なんですものね」
美少女も立場は明白。
関係性は強固。家臣の動向など些事でしかない。悪影響がないか監視している程度の関わりを維持している様子。
「ラフロはどう思ってるの?」
黙って剣の手入れをしている青年に問う。
「どうやら王城の多数派はフロドを次期国王に推したいみたい。苦々しいとかそういうのはないにしても、居心地悪いのは困るんじゃない?」
「かまわぬ。むしろ当然だろう」
「あら、突き放してるのね」
彼の場合、拒まれたから距離を取るとかそういう感情の動きではないはず。思うところがあっての言葉だと感じた。
「吾は王になるべきではない」
根本的な部分から否定する。
「民草の心を解さぬ者が上に立つなど不幸でしかない。王とは単に国政を為す者ではない。民の心の代弁者でも在らねばならぬ。吾にできることではないのだ」
「あきらめてるのね。でも、フロドはあなたが受けとるべきだって言ってたわよ?」
「やむを得ず立てるならば弟を立てろと父王には言ってある」
本人には告げていない様子。
「吾はノルデの剣でいい」
「ちゃんと言ってあげないと。覚悟が必要な立場だっていうのを一番理解しているのは誰?」
「うぬ、ぬかったか」
(この親子兄弟は……)
意思疎通不足に呆れる。
(男同士ってこんなものなのかしら? もうちょっと話し合えばいいものを)
互いが互いを大事に思い、それぞれを尊重するからこそのすれ違い。それが誤解を生んで王城全体の空気を醸成してしまっている。
(すると、フロドを立てて元王を廃し執権を奪おうとか考えている輩はいなさそう。ミゲル王の政治体制は国民の支持も得て盤石だものね。それが彼の足を引っ張ってるともいえるんだけど)
皮肉な結果である。
(だとすれば、黒幕の思惑はなに? 彼女はどこをどう変えようとしてる? それに私をどう利用しようとしてるのかしら)
「困っているか?」
青年が案じている。
「デラは遊ばれてるんな。面白くないから足掻いてるのな」
「そのとおりよ。悪い?」
「うむ、悪くはない。悪くはないが、政戦両略の申し子とまで呼ばれる母上に抗するのは骨だと思うぞ」
ギョッとしてラフロを見る。
「気づいてたの? お母さんはなにを企んでるのか解る?」
「吾には解せぬ。ただ、厄介事の仕掛けは大概母上の狙いが絡んでいる」
「あなたの一家、大丈夫?」
妙なところが心配になってきた。複雑な役割をそれぞれが担っていて綺麗にバランスが取れている。国家運営という大業をそうやってこなしてきたのだろう。
「イクシラはデラの歯が立つ相手ではないのなー」
「そんな気がしてきたわ」
デラは憂鬱な気分になってしまった。
次回『喜劇の姫君(3)』 「宇宙はもっと面白いものなー」




