喜劇の姫君(1)
家令ジラクとの茶会のあと、デラは警戒感を抱き身構えていた。イクシラの言うとおり彼女と後輩は招かれざる客ではない。どうやら勢力争いの具にされているらしい。
(宮廷闘争ってほどじゃないけど、家臣にはなにか思惑があるわね)
ミゲル王を取り巻く家臣はフロドを推す傾向が見られる。だが、それ以外のラフロを推す勢力の存在も肌で感じられた。
「オライゼ、あなたはどっち側?」
ダイレクトに訊くと侍女はすぐに察してくれる。
「今の立場に満足しております。わたくしはラフロ殿下を敬愛してます」
「ふぅーん」
「ご差配くださった方に感謝を」
(ジラクさんが噛んでるかもしれないと思ったけど違った。これはイクシラ妃の手配だわ)
彼女の内心を探るために入れられたのかと憶測したが、それなら話を向けるときに遠ざける必要はない。フロドを推したい家令にとっては邪魔だったのだ。
(でも、彼女の真意は見えない。なんのために事を荒立てるような配置をしたの?)
王城内の揉め事は民主化の妨げにしかならないはず。面白半分で動くようなタイプにも見えなかった。
しかし、ミゲル王の妨害をしたいのではないだろう。どちらが支持されようとイクシラ妃が王母となるのに変わりはない。
(転がされるのは嫌。突撃してみようかしら?)
ここの流儀に添っている気がする。
「ミゲル王との面会は叶う?」
「伺ってみます」
執務の傍ら、話くらいはできると答えが返ってきた。かなり尊重されていると知れる。
「忙しいところ申し訳ないですわね」
入室すると王はデータパネルとにらめっこしている。
「そうでもない。前に比べりゃ全然楽だ」
「まさか紙で処理していたとか言われないでしょう?」
「そこまでじゃない。だが、民間はまだ残ってる。そこに経理システムをぶち込んでやったのさ」
口端を上げてしてやったりの面持ち。
「会計から経理まで一括でやる経理システムだ。お前さんには常識かもしれないがね」
「ええ、まあ」
「一部の目端が利く奴を除いて、喜んで導入したぜ。その分の人件費が浮くんだからな。こいつの意味するとこに気づきもせずに」
最もコストのかかる人件費。聞くに、商人の味方ともいえるシステムに思えるだろう。
「一括自動でやるシステムだ。しかも、人工知能搭載でユーザーの要望にも自動で対処してくれる。人が要らん」
聞くまでもないが、そこが要らしい。
「一通りは任せられものですわね」
「そう、任せられる。それもオンラインでここにも繋がってる。納税もな。自動でやってくれる。人の手が入る余地がない」
「そういうことですか」
デラも察した。
「脱税は一切できん。導入した奴は真っ当に税金を収めるしかない。ちゃんと税金が入ってくれば国ってのは儲かるようにできてる」
「脱税が難題でしたの?」
「ああ、それを調べるのにも人が要るからな。盛大な無駄だったのさ。それが今じゃシステムに細工して警報を出す奴だけ調べりゃいい。楽になったもんさ」
ミゲルは潤った国庫で未来に投資ができるという。頭を悩ませるべきは、どこに投資すべきかという点に変わったと喜んでいる。
「ロニオ、こいつを税務大臣にまわせ。締めあげて後悔させてやれ」
「リスト、承りました。行ってまいります」
パネルを一つスワイプして飛ばした王は、お付きを用立てに走らせる。腰を折った青年はすぐさま部屋を出ていった。
「あいつは俺付きのロニオだ。ジラクの孫なんだぜ」
ロニオ・オリダルンタという名なのだそうだ。
「家令も世襲なんですのね?」
「どうしても貴族を使わんわけにはな。見込みのあるやつ以外は遠ざけたがね」
「大変ですわね」
バランスに苦慮しているとみえる。いきなり政治を理解しろといえるだけの教育が行き届いていないのだと推し量った。
「これでも星間管理局の助言をもらって急いでるんだがね」
「メイサさんですか?」
視線に射抜かれる。
「会ったか」
「彼女のような人が動いているということは管理局はカレサを正しく導こうとしているサインです。見込まれているということですよ」
「俺じゃなくてノルデの歓心を買いたいだけだぜ」
正しく理解している。
「それが解っていらっしゃるなら陛下は間違わない」
「ありがたい話だね」
「ええ、協定者とは何者なのか学びましたよ。家族をないがしろにするのも大きな事を成す者の業みたいなものだと思っておきますわ」
背もたれに完全に身を預けて天を仰ぐ。「痛いとこ突きやがる」と非難された。愚痴だと思って聞き流しておく。
「しわ寄せが行ってるか。客人に迷惑をかけるわけにはいくまい」
思い直して身を起こしたミゲルが頬杖を突く。
「そういうのはイクシラに任せてるんだがな」
「妃殿下のやり方は陛下が一番ご存知なのでは?」
「派手にやってるか。そりゃすまん」
苦笑いも豪胆だ。
「仕掛けが済んでるならもう手は出せん。下手に掻きまぜると悪化する」
「そうなのでしょうね。あきらめますか」
「加減するようには言っとく。だが、あいつが策を巡らせてるなら悪いことにはならん。息子たちを心から愛してるから」
多少の迷惑は勘弁してくれということ。デラも呆れのため息を返すしかできない。
「礼は弾むから許してくれよ」
「なんのことです?」
頼み事は方便ではないのか。
「まだ先方が来てないんだ。技術的なことはさっぱりだから簡単な説明もできなくてな。申し訳ない」
「それまではイクシラ妃の手の平の上で踊っていろとおっしゃるんですね? あいにくとダンスはあまり得意ではないですけど」
「それでいい。好きにやってくれ」
彼女の揶揄に王は不敵な笑いを返す。面白がっているのだろう。
「陛下は聞き届けてくださいましたか?」
退室して控えにいたオライゼと合流する。
「半分ね。業腹だから私なりにやらせてもらう。付き合ってたら損をするかもよ?」
「代わってもらおうとか考えておりませんので」
「あなたなりに目的があるんだものね。マズいと思ったらさっさと逃げだして」
そう助言するのがせいぜい。
「王城暮らしも長くなると鼻が効きますのでご安心を」
「なるほどね。ふふふ」
「ふふふ」
ただの使用人ではないという。庇ってくれなくともいいという言質をもらえば大胆に動ける。
「さて、と。どこから突いてやろうかしら。まずは本人たちからか」
確認が必要。
「ただいま、デラ!」
「ああ、フロド、ちょうどよかった。疲れてるとこ悪いけどちょっと話せる?」
「いいよ」
少年は元気が有り余っている。
「デラ様、もう少し遠慮していただけませんこと?」
「できれば遠慮してほしいのはあなたのほうなんだけど、パクマシ?」
「そうはまいりません」
あくまでフロドを養護する姿勢。客への礼はない。あっち側の陣営だと思っていいだろう。
「大丈夫だよ、パクマシ。なにかな?」
「私の部屋でもいい?」
廊下で話せるような内容ではない。予想が当たっていればフェブリエーナ付きの侍女は抗いにくいはず。
「では、わたくしは先に行ってお茶の準備をしておきます」
「よろしく、オライゼ。フェフはどうする? 休んでてもいいわよ?」
「聞きます。なんの話です?」
それほど迂闊ではないので同席してもいいと思っている。
「じゃ、ついてらっしゃい。パクマシも」
「もちろんです。お邪魔になるような話ではございませんのでしょう?」
「ハーレム体験をさせるのはフロドにはまだ早いかしら?」
「な!」
顔を真赤にする侍女。案外ウブである。それではヌルい手管しか使えないだろうにと心配になる。さておき、客間に少年を招き入れた。お茶と頭数が揃ったところで彼に向き直る。
「フロド、あなた、玉座を継ぎたいと思っているの?」
デラは単刀直入に切りだした。
次回『喜劇の姫君(2)』 「僕にはなにもないから」




