宮廷劇の的(3)
ラフロはとりわけ生活を変えていない。暇があれば剣の鍛錬に汗を流し、それ以外はノルデの傍らに控えている。
母親である王妃の願いがあれば出向いて言葉少なに茶席の相手をする。帰還を知った国内の剛の者の挑戦を受ける。そんな日々。
(淡々としてる。ミゲル王も王子に国内での支持を集めるよう勧めてる感じではないし)
デラにはそう見えた。
王の目的としては確固たる王家への支持を取り付けたほうが諸々やりやすいはずなのにそれをしない。積極的な民間登用で穏やかな変革を促そうとしている。
(強引に民政に切り替えるよう命じるのじゃなくて、市民が自覚を持って自らの生活を決められるように持っていこうとしてる?)
長期的には有効な手段。星間管理局が用いている民主化メソッドでもある。有効ではあっても、下地がない社会では時を要する方法。カレサのような王制が定着した地では最適ではないような気もする。
(習うより慣れろ。多少は混乱しても、やらせたほうが早くないかしら? いざとなればミゲル王がフォローすればいいのだし)
そんなことを考えながらラフロと城下をめぐっている。オライゼも従えて。ノルデは王城から出てこない。彼女が顔を見せると騒ぎになると主張している。
「神様だから?」
「ノルデ様は大変に人気をお持ちですので」
内乱平定の立役者。ミゲルとイクシラ、ノルデは国内では英雄扱いされている。王の意に反して民主化が進まない要因の一つになっているのは皮肉だ。
(ラフロもそれなりに人気みたいだけど)
家々から、店舗の中からと青年の様子を窺う若い娘の姿は引きも切らない。前方を横切ろうとして彼らに気づき、会釈とともに身を引く小芝居も散見される。
「これも軟質材。かなり精巧だけど最近作られたものみたい」
「一般家屋や小店舗ではすべてこの素材だと思いますよ」
デラはカレサの伝統である飾り格子を調べている。王城のそれが驚くほど硬質軽量な素材で作られ、数百年のときを経ていると知ったからだ。
「乾燥少雨の我が国では伝統的に用いられていますけど、骨董的価値を認められているものではございません。一部のそういう物は実用せず、収納管理されているのです」
現実的な手法を説かれる。
「それにブームもあるみたいだものね」
「はい、その時々に好まれる絵柄がありますね。店舗などは売れ行きにも影響するので素早く対応します。そのために安価で加工しやすい軟質な石材を使っています」
「風化には強い素材だけれど」
密度は高めの計測値が出ている。
「すると王城のは特別製なわけよね」
「あれはノヴィク地方で産出される石材を用いたものです。切り出しに手間暇がかかるので高価になります」
「輸入素材、それも充填成形にすればもっと安くなるでしょうに」
星間銀河圏では最も普及している技術である。生産技術も発達していて大量生産も可能な方法。
「陛下は飾り彫り職人の保護に努めていらっしゃいます」
産業として維持されているという。
「むしろ芸術品としての輸出ができないか考えておられると王妃殿下にお聞きしました」
「そっちね。悪くないかも」
「育成にも補助を出しておられます」
未来的視野も持っている御仁のようだ。それを端緒に国際交流を目論んでいるのかもしれないが。
(物質文化では星間銀河圏と勝負できるものはない。ならば精神文化と考えるのは順当。これはあの王妃殿下も一枚噛んでると思ったほうがよさそう)
やり手は彼女のほうだと思っている。
「この絵柄は犬? 角のある犬もいるの?」
デラは一軒の家で見つけた飾り格子に注目する。
「おらぬ」
「カレサ中のどこにも?」
「神の使いとして描かれているものだ」
ラフロがそれを指して言う。
「そうなのね」
「角は勇気あるもの、叡智持つものへの神の賜り物だとされている。ゆえに実在せずとも神の使徒は角を持っている」
「実際は樹上での縄張り争いや、メスを争うのに使っていたものなのにね」
地上に強健な肉食獣が多かったカレサで、類人猿はそういう発達の仕方をしたのだとフェブリエーナが言っていた。今日もそれを証明するために調査に行っている。
「あまり声高におっしゃいませんよう。宗教的な意味も強い事柄ですので」
「あら、ごめんなさい」
(つまりは過去、人間第一主義を広めるために宗教組織が作りだした思想だということ。常套手段だわ)
文明黎明期ではよく見られる事例だ。
「剣も角の象徴とされる。重きをおくのはそういう意味だ」
青年は柄に手をやりながら言う。
「あなたにとっては剣の形に意味を感じてなくても?」
「剣の道に教えはない」
「王子が否定派なのはマズくない?」
笑いかけると無言で肯定する。
(ん? 今なんか変な空気になった?)
街の雰囲気が微妙に変化したのをデラは感じた。
◇ ◇ ◇
午前中に昼の夜が来たので王城に戻る。その時間帯は市民も仕事をしないので人出が多くなる。警備が難しくなってしまうのだ。
「肉っ気は多いけど脂が少ないのは助かるわ」
オライゼと昼食中。
「アレサは放牧地に苦労していないので。カレサでも畜産プラントを使用していません」
「それでなのね。太らなくてすみそう。でも、筋肉付いちゃう」
「致し方ありません」
フィールドワークの多いデラは現地の食事をできるだけ摂るよう習慣づけている。それが人々との交流を深める手段だと理解しているから。彼らから得られる生の情報が最も役に立つのである。
(王城内の飾り格子は神話になぞらえてのものが多いわ。面白い。まだ調査段階だけど発信してみようかしら。ミゲル王の助けになるかも)
王城をめぐり記録をとりながら考える。
「デラ様」
「あ、ジラクさん、ごきげんよう」
家令の老人に声を掛けられる。
「面白いお菓子があるのですがお茶でもいかがですかな? 我が国の文化研究の一助にもなりましょう」
「いただこうかしら。どんなお菓子? オライゼも知ってるもの?」
「オライゼ、休憩をやろう。ずっとお付きでは休まるまい」
ジラクは侍女を休ませるつもりらしい。
「はい、わかりました」
「下がっておれ。茶がすんだら人をやる」
「お待ちしております」
いささか強引な感じがしたが宮廷の流儀に異論を挟むつもりもない。オライゼには「ゆっくりしてて」と告げて見送った。
「カレサはどうですかな?」
「専攻分野に関係する部分は少ないけど色々見させてもらってるわ」
文化風習に少しずつ触れながら飾り格子に注目していると教える。家令は好々爺といった風情で彼女の話に耳を傾けていた。
「ところでデラ様、ラフロ殿下とお親しい様子ですが、お国にはどなたかいらっしゃるのではありませんか?」
踏み込んだ話をしてくる。
「特定の人はいませんけど?」
「ほう、そうでしたか」
「だからってラフロとどうこうというのではありませんよ? 形式的には彼が私の警護という契約で来ています。本人もそのつもりで行動しているはずですけど?」
事実を告げる。
「ふむふむ、それではお願いしても?」
「なんでしょう?」
「フロド殿下はいかがですかな? 年の頃は多少お気になされるかもしれませんが、将来性は間違いありませんし快活にいらっしゃいます。お顔立ちもラフロ殿下がお好みであれば変わりありませんでしょう。妃殿下の血を色濃く継いでいらっしゃいます」
「はぁ!?」
(いったいなにを言いだしたの、この人。ラフロをやめてフロドに乗り換えろって言ってる? だからそういう関係じゃないってさんざん言ってるのに?)
家令の切りだした本題に戸惑う。
デラはあからさまに怪訝な顔でジラクを見つめた。
次回『喜劇の姫君(1)』 「さて、と。どこから突いてやろうかしら」




