帰郷の道連れ(2)
閉鎖的なカレサ王国といえど、各都市には星間管理局ビルが建設されている。他の国に比べて利用頻度が三分の一以下であっても局員は常駐していた。
特に王都サレートでは開明的な君主であるカレサ王ミゲルの下命により、十分な土地が提供され運営されている。隣接して宙港も設置されていた。
「構造的には普通なのね」
「景観を重んじて外観設計が変更される場合もありますけど、カレサでは特に指定されなかったみたいです」
館内も代わり映えはしない。違う点といえば、現地採用職員というのは存在しないと思われるところ。
各国では重要部分を除き、一定の現地採用職員も立ち働いているもの。しかし、角のある職員が管理局の制服を着ている姿は見受けられない。
「受け入れられてるっていっても距離感はあるみたい」
「そこまではちょっと。管理局の姿勢としても、現地文化は尊重する方針ですし」
滞在申請をするのに立ち寄ったインフォメーションブースで個人情報確認をしてもらう。二人の入国は事前に申請されていたのでわずかな時間で終了した。
「お帰りなさいませ、殿下。フロド殿下もご健勝そうでなによりです」
職員が笑顔で挨拶をする。
「帰った」
「うん、元気だよ。メイサも元気そうで良かった」
「ありがとうございます」
顔見知りらしい。
「陛下も妃殿下もお待ちのことと思います。お顔を見ればご安心召されるかと」
「夫婦水入らずのほうがいいかもね。婚姻当時は内乱真っ只中だったんだし」
「そうおっしゃらず」
親密そうな会話が続く。そのアテンダントは王家とも懇意にしているようだ。
「仲良しなのね」
ブースを離れてから訊く。
「色々と融通してもらってるから」
「彼女に?」
「うん。表に出てるけど、ほんとは結構偉い人。一番に話を通す相手だから」
(げ。ということは彼女もたぶん情報エージェントなわけね)
水面下の社会もわりと身近に感じられるようになってきた。
ラフロたちが帰ってくるとわかっていて待っていたのだろう。国内での彼らの動向は管理局も逐一把握していると思っておいたほうが良さそうだ。
「殿下! ラフロ殿下! お戻りのこと喜び申しあげます」
走ってきた初老の男が青年の前でひざまずく。
「ジラク、世話になる。デラとフェフを厚くもてなしてやってほしい」
「御命のままに。御婦人方、外に車を待たせてありますのでそちらへ」
「え、あ、はい」
扱いに戸惑う。
「どなた?」
「家令のジラク・オリダルンタ。父上や母上もみんなお世話してる人」
「家令……」
フロドが教えてくれた耳慣れない単語に面食らう。一気に古典文学の世界に飛び込んだような印象だ。立ち居振る舞いに気を付けなければいけない気分になる。
(これで星間公用語が通じなかったら目をまわしてたかも)
先が思いやられる。
(もしかして馬車とか待ってないわよね?)
恐る恐る外をうかがうと停めてあったのは多少豪華な普通のリフトカー。ただし、両サイドに綺羅びやかな装飾を施されたアームドスキンが騎士のように立っている。
「わあ、お姫様みたいな待遇。嬉しい」
「気後れするわよ!」
のんきな後輩が羨ましくもなる。
「吾とフロドはアームドスキンで戻る。そなたらはリフトカーに」
「う、わかったわ。この格好で乗っていいものか考えものだけど」
「かまわぬ。気にするな」
(気にするって)
フィットスキンにパイロットブルゾンを引っ掛けただけなのである。
(せめて大学職員の制服に着替えればよかった)
まだトランクの中だ。着替えの時間をくれともいえない状況。デラはあきらめて、お抱えの運転手が開いたドアの中に身を滑り込ませた。
見上げる丘の上には王城の威容。これで堅牢な城壁でも備えていようものなら完璧にファンタジーの世界である。さすがに無意味な物は設けられていない。
ただし、極めて強固な防御フィールド発生機が設置されているのは請け合い。街の中にも自動迎撃砲塔が隠されていても変ではない。
(やっぱり人気あるのね。普段は意識できないけど)
街の人々が、浮いたままゆっくりと飛行する赤銅色のブリガルドと群青色のアスガルドに歓声を送っている。ひと目なりとも見てほしいと一生懸命手を振る娘や走って追いかける子供たちにあふれていた。
(二人とも間違いなく王子なんだわ。結構、無礼をしていたかも)
これからは変に意識してしまいそうだ。
王城前庭に入って停車する。降りようとしたら止められた。降着したアームドスキンから騎士が出てきて周囲を固める。皆が帯剣していた。
ラフロたちも降りてきてこちらにやってくると全員が敬礼する。青年が「ご苦労」というと皆が誇らしげにしていた。
(世界感違いすぎ)
デラはにわかに緊張してくる。
(要人への挨拶一つでも様式がありそう。これで国王とか出てこようものなら)
初めて人前で論文発表をしたときのことを思いだす。若かった当時と同じくらい身体がこわばってしまう。
「デラ?」
「あ、うん。えと、殿下?」
「普段どおりでよい」
ラフロの背中に続く。まだそこから出る勇気がない。人の侵入を許さない危険地帯に向かうがごとくに感じてしまう。
「緊張してるのな」
ノルデがぷぷぷと笑う。
「するわよ、こんなに物々しかったら」
「建前なんな。手続きが済んだら気楽になるのなー」
「それってどういう意味?」
首をかしげる。
「父上にお言葉をもらうまでの我慢。それで放免されるから」
「もうちょっとわかりやすく言って、フロド」
つい声量を絞ってしまう。周囲に聞こえると咎められてしまいそうで怖ろしい。
芸術的な様式美に彩られた廊下を行く。本物の陶磁器など、美術館でしかお目にかかれないような代物が惜しげもなく飾られていた。
ところどころに絵画も掛けられている。肖像画の人物は過去の王族だろうか。勇ましい角は誇張して描かれているように見えた。
(これは……。フェフに滅多なことさせたら不敬になるかも)
彼らにとって頭に生えた器官は特別なものらしい。
奥に行くほど剣や槍などの装飾品が増えていく。もしものときは実用するための物なのかもしれない。刃筋が血を吸った経験があるかもしれないと思うとゾッとした。
最も奥まった場所にある重厚かつ壮麗な大扉。そこは四名の騎士が守っている。フィットスキンの上にプロテクタを配した突撃兵の格好が、生々しいほどに実戦的な雰囲気を醸しだしていた。
「うむ」
騎士が敬礼のあとに大扉を開く。
「帰ったのな、ミゲル」
「足労であった、ノルデ。楽にするとよい」
「そうするんな」
美少女は早々に壇上に移ると、そこに設えてあった椅子に収まる。
王座に腰掛けている人物は厳しい外見をしている。眼光鋭く、素人にもそうと感じられる威圧感を放っていた。それと同時に風格もまとっている。
彼自身は帯剣していないが、脇に控える騎士が美を凝らした長剣を掲げていた。王族のたしなみとして身近には置いておくものらしい。
(思ったよりも似てない。というより、こっちかしら?)
隣に目を移す。
王妃であろうと思われる女性。端麗な面はあまり年齢を感じさせない。しかし、二人の母であるはずだ。
なにより面立ちがラフロに似ている。正確にはラフロが彼女に似ていると言うべきか。青年は母似であるようだ。
「ラフロ、戻りました、陛下」
「戻りました、陛下」
フロドもひざまずいたので真似をする。
「よくぞ戻った、王子たちよ。お客人もよく来られた。我が名により国内での自由を許す。ごゆるりとするがよい」
「感謝します、カレサ王陛下」
「ありがとうございます」
デラは無難そうな挨拶をして様子をうかがった。
次回『帰郷の道連れ(3)』 「すまぬ。期待には応えられぬ」




