反抗する彗星(3)
「調査を継続されるのはかまいません」
メルタンセンのベッフェ・パグニカ大統領は告げる。
「お受けしましたので。ただし、ガス惑星や彗星ドルドノスは政府の管轄に当たります。作業中止は受け入れられません」
「そうですか」
「もちろん注意して作業を続けるよう指導はします。忠告は感謝いたしますわ」
(交渉は決裂ね。この様子だとすぐに作業を続行するよう指示しそう)
デラは急がなくてはならなさそうだと覚悟する。
「困ったものなんなー」
「莫大な予算がかかってるのも嘘じゃないのよね。おいそれと中止できないのは解らなくもないけど」
ラナトガ課長からも作業の停止はできなかったと報告を受けた。早急に原因究明に動かなければならない。
「どうしようかしら?」
彼女は迷う。
「まずは現物を拝んでみる? こっちの調査を継続するか否かはそれからでも」
「デラは問題ないんな。ラフロがついてくのな」
「たしかに安心ね。よろしく」
「任せよ」
まるでノルデはラフロの剣技が万能だといわんばかりだ。用途が戦闘に限られるとはいわないが、青年がなんでもできるとまで思っていない。
(焦っても仕方ない。すでに事故が起こってるんだもの。上がなんと言おうと慎重になるはず)
無謀な作業が続けられることはないだろう。
身支度をしてラゴラナに乗り込む。宇宙に出ると彗星リングが身近に感じられた。透明金属窓越しならば肉眼で見えていて、イグレドの操縦室のほうが悲しいかな観測設備が整っているというのに。
(こっちのほうが綺麗に見えるんだけど不満なのかしら? 元の彗星は黒ずんだ雪玉みたいなのに)
それは人間の主観に過ぎない。彗星にしてみれば、自由に宇宙を飛んでいられたほうが幸せだったのかもしれない。そんな思いは感傷でしかないとわかっていても、つい抱いてしまうもの。
「ターナシールドはしっかりと支えていろ。直撃しても機体に損傷が出るほどではないはずだ」
「ええ、アストロウォーカーよりははるかに強度は高いと思うんだけど、やっぱりちょっとね。あんな映像を見たあとだと」
もしもの想像はしてしまう。それが恐怖を喚起してラフロのブリガルドの陰へとラゴラナを移動させた。振り返ったカメラアイが安心しろと言っているようだ。
(実際には相対速度次第でアームドスキンの構造強度でも怪しいと思う。そんな素振り見せないけど)
青年も理解はしているはずだが。
彗星の速度はかなり幅があるが、ドルドノスは秒速で10kmほどだった。それを減速させて惑星バリーガの周回軌道に投入したときには秒速6kmまで落としている。それがそのままリングの公転速度になっているので現在の速度も6km前後。
それほどの速度があれば数cmの氷でも破壊力は極めて大きい。それが比重の大きい岩石となると相乗的に破壊力は増す。いくら高速でぶつかり合える強度を持つアームドスキンでも、そんな弾丸を食らえばただではすまない。
「っちゃー」
デラは顔をしかめる。
「もう作業再開するつもりだわ」
「発進しているな」
「どうせフランダの監視船が政府に言われて指令を出してるんでしょう。あいつら、自分で命懸けるわけじゃないから勝手を言えるのよね」
興行企業のやることだ。
「客に被害が出ないかぎりはなにやってもいいと思ってるのかしら」
「そんな感じなんな。普段は遊覧船を運営しているような会社なのなー」
「楽観的なのも手に負えないわね」
センサーをフルに活かしてイグレドとの連携を維持しつつリングに接近する。対して、面倒な手順ははぶいてリングに向かう作業船の搭載機を見ていると怖ろしくてどうしようもない。
(パイロットは生きた心地してないみたいね)
近づき方に躊躇の影が見える。
ところが、リングに近接せずとも恐怖は向こうからやってきた。飛びだした1m足らずの岩石がガス惑星の重力の影響を受けながら楕円軌道を描いている。直撃するコースに作業機の集団はパッと散った。
「くっそ、やっぱ狙ってきてるじゃんか」
「あんなのに近づくの?」
やはり作業機からは不平の声。雇用契約を盾に半ば強制されているものと思われる。ギャランティの追加くらいは勝ち取っているかもしれないが。
「また来るぞ!」
「冗談じゃねえよ」
岩石はリング内で氷の粒に揉まれている。度重なる衝突で重量の増した物から遠心力で外に飛びだしてくるのだ。惑星リングはそれをくり返して徐々にほとんどが氷の粒に変わっていく。
ただし、その工程には長期が必要になってくるので、短縮するために人為的な危険排除作業を行おうとしている。作業機のパイロットも危険性は理解しているはず。
「回避!」
「言われなくたって避ける」
再び散開して岩石を避けた。距離があるため、観測で軌道を予測できれば回避は難しくない。だからこそ問題のない作業とされていた。
「脅かしやがって」
「普通じゃない」
緊張感がほぐれてきた様子。
(彼らだって宇宙作業のプロだものね。いつまでも怖がってたりしないか。最初のあれは偶然の産物だったのかも)
彼女もそう思えてきた。
例えば岩石の形状がいびつで重心が偏っていた場合。氷の粒の影響を受けやすく、急な転進も考えられる。それがデラが打ちたてた推論の一つ。
「次確認。かまえとけよ」
「そっち行くぜ、オッディ」
ところが次の岩塊は再びの悪夢を演出する。直前でカーブすると作業機の一機の右肩を粉砕した。
「なんだよ、今のは!」
「駄目だ、気ぃ失ってる! 誰か拾ってやれ!」
(違った)
氷の粒の影響のないリングの外で偏向したのだ。
(あの曲線が不可解だったのよね。やっぱり違う原因で曲がってる)
ただ、その原因が彼女にもわからない。詳細な調査が不可欠だった。
「絶対に狙われてるって!」
「ぶっ壊した俺たちを恨んでやがるんだ!」
完全にオカルト寄りの不満が噴出する。作業機パイロットは少しずつ正常な判断ができなくなりつつあった。そうなれば整然とした行動など難しくなる。
「今度は曲がらなかった!」
「躱してやったぜ」
「嘘つかないで! あたしの右足持ってってくれちゃったじゃない!」
悲鳴と怒号が行き交う。作業集団は阿鼻叫喚の様相を呈してきた。完全にパニック状態に陥っている。
「こんなんで作業しろってのかよ! 危険手当くらいでやってられるか!」
「国に嫁と子供が待ってるんだ! ここで死ねるか!」
「あたしだって子供を置いてきてるのよ!」
作業船に非難が集中する。こうなれば作業の続行など不可能。社長も一旦停止を指示せざるを得なくなった。
「撤収するわね」
「うむ」
ブリガルドは動く気配がない。
「戻らないの? ここも安全とは言えないわ、ラフロ」
「すまぬ。もう少し見せてくれ」
「いいけど」
耳元では喧々諤々の議論が開始されていた。ダタン1のオリゴー社長とフランダアミューズメントのダレット代表である。
「政府の中止決定はありません。態勢を立て直し次第、作業の再開をしてください」
「物理的に無理だって言ってんだ! そんなに損傷するとは思ってなかったから機体パーツの在庫はないんだよ! 修理ができなきゃ作業もできないだろうが!」
「作業は一括請負です。足りない物はそちらで補充するように」
「持ってこいと言ってすぐに揃うようなもんじゃない!」
(揉めてるわねぇ)
事態は混沌としてきた。
(このままじゃ管理局側のサンプル採取もままならないのよね)
「ふん」
「え?」
ブリガルドが一閃する。
「曲がらぬか」
「私、見えてなかったんだけど」
デラは二つに割れた岩塊の綺麗な断面を唖然と見送った。
次回『踊る彗星の子供たち(1)』 「そういうとこだけバイオレンスなのはなぜ?」




