反抗する彗星(2)
「なにをどうすればそんな事態が起きるわけ。まさか彗星が攻撃してきたとか言わないでしょう?」
デラも動転している。
「広い意味でいうと自爆攻撃なのかもしれないんなー」
「自爆攻撃って!」
「とにかく見てもらおう?」
「そうするのな」
フロドが促して彼女の前にパネルが立ちあがる。かなり望遠しているのか荒い画像が流れはじめた。転送されてきたものらしき動画には監督者のオリゴー・ガンダタン社長の音声まで入っている。
「ゆっくり行け。リングの公転速度を忘れるな」
指示をしている。
「速度緩め。捕獲網展開フォーメーション維持」
「観測班、軌道分析早めにまわしてやれ」
「軌道分析来たら接近ね」
通信士の声も聞こえる。
彗星ドルドノスはガス惑星バリーガの公転方向とは逆向きに軌道投入されている。そのほうが遠心力が得やすく、リングの半径が大きくなる傾向にある。重力に捕まるリスクを小さくしつつリングでの娯楽を楽しむための措置であった。
「軌道分析、リンクで確認して」
オペレータが慎重にナビする。
「近くを通る一個は深いからスルーして、先に外側のやつよ。いい?」
「公転との相対速度よし」
「スルー対象も確認。通過後にリングに進入する」
作業序盤なだけにパイロットにも緊張感がある。
「よろしく……」
「なっ!」
ナビオペがしゃべり終わる間もなく驚愕の声。反重力端子パックを取り付けたアストロウォーカーの一機が大破している。胸の前面装甲が大きく凹み、頭部周辺は失われていた。
「回避! なにが起こった!」
「そうじゃなくて救助を、リーダー!」
「駄目だ! 漂流してる! あのままじゃ次を食らったら!」
破片をばら撒きながらロールしている機体は制御不能になっている。パイロットも失神しているだろう。近くで待機していたリーダーのアームドスキンが強引にリングに突入して引っ張りだした。
「さ、作業中止! 全員戻れ!」
我に返ったという雰囲気の社長の声。
「リングから離れて! 早く!」
「ナナン、しっかりしろ! おい、応答しろよ!」
「まさか死んじまったんじゃ!?」
指示と悲鳴が交錯し恐慌が起こっている。しかし、共通しているのは恐怖感で、全員が我先にとリングから離れるべく全力噴射をしていた。
「事の顛末はこんな感じなんな。ついさっきなー」
「大事故じゃない」
あまり驚いた様子のないノルデに若干呆れる。
「まだ環境保護テロリストがひそんでた? 連中、嘘ついてたわけ?」
「たぶん違うのな」
「でも、そうじゃなきゃ……」
デラは自身の発言にも疑い混じり。ビーム攻撃を受けたような状況が見て取れなかったからだ。
「そういえば彗星の自爆攻撃とか言わなかった?」
ノルデは苦笑い。
「言ったんな」
「なんでそんな理屈に?」
「そう見えたからなー」
「もう一回見せて」
アストロウォーカーがリングに接近する。リングの公転速度より遅くはあるが、ある程度は同期した速度で。次の瞬間、頭部周辺が破裂したように吹きとんだ。
「爆発物?」
「違うんな」
スロー再生される。徐々に希薄なリングの層に近づく機体。その挙動に不審な点はない。なのに、一瞬にして破壊される。
(なんか見えた気がした)
目を凝らしていると影のようなものが。
「スルーしようとした岩石に当たりに行っちゃった? 作業ミス?」
「それも違うのな。望遠の映像が荒くて、はっきりとは見えないんだけどなー」
限界近いスロー再生でほぼコマ送りになる。アストロウォーカーにかすんだ影が飛んできて激突する様子がようやく見えた。
「当たってるじゃない」
「もう少し広く取って分析入れるのな」
画面は大映しになって同じくコマ送り。ものすごい速度で画角に入ってくる岩石。その軌道が輝線で表される。接近したかと思うと、急に軌道を変えてアストロウォーカーへと偏向する。結果、首のあたりに激突して吹きとばした。
「はぁ!?」
「なー? 衝突しにいってるのなー?」
なにがどうなっているのか解らない。今回衝突したような、リングに含まれる危険な岩石はおおよそ軌道が安定してきている。急に曲がったりはしないはずだった。
「これが自爆攻撃?」
「他に例えがないんな」
画面は衝突の瞬間で止まっている。彼女は岩石の描く曲線を凝視した。分析が間違っている様子は見受けられない。
(自分を破壊された彗星が復讐してきた? そんなオカルトじみたこと……)
学者として認めたくない。
(でも、なにか理由がないと起こらない現象が起きている)
頭が混乱する。起き抜けだからでは説明できない思考が抜けてくれない。もしかして、これは彗星の反抗の始まりなのか? さらなる攻撃が行われるのかも予想できなかった。
「ラナトガ課長は?」
「きっと起こされてるころなんな。呼んでみるな」
通信パネルには少し髪の乱れの残った壮年の顔。
「見ましたか、課長?」
「はい、事故の様子は」
「詳細分析送ります」
目顔で美少女にお願いする。
「これは!?」
「なにが起こっているのかはまだ。とりあえず、どうするかご相談を」
「中止を要請すべきでしょうか? しかし、原因がわからないでは理由を説明できませんし」
座視して事故が頻発するようでは問題になる。だが、たった一度の事故ではプロジェクトを中止させるほどの理由にはならない。原因究明が不可欠だろう。
「当面は作業の停止を要請します」
「妥当でしょうね」
「そのうえで原因を探りたいと思います。地質学の専門家としてなんらかの知見をお持ちではありませんか?」
課長に尋ねられる。
「現状ではなんとも」
「そうですか。一応交渉してみましょう」
「すみません」
相手は岩石。デラならばなにか解るかもしれないと期待されたが、今の状況を見る限りでは答えられるほどの原因に思い至らない。
(また無力感。でも、今回はまだ分析が足りてないだけ)
モチベーションを上げる。
「ノルデ、なにか思い当たる節は?」
「確証がないんな。岩石があんな曲線を描く原因はいくつかあると思うのな。怪現象じゃないというのだけは言えるんなー」
「今のデータ量では、どれも決め手に欠けるわけね」
推論としては彼女と同じ。ただし、可能性に関しては少女のほうが多種多様なパターンを導きだしているかもしれない。
「方針は確認しておくのな。それでこちらの方針も決めるんな」
「メルタンセンがなんて言うかよね?」
ラナトガ課長が交渉している様子を覗き見する。それで腰を据えて調査できるか、強引に進めなくてはならないかがわかる。
「確認したところ、パイロットに問題はなさそうです。ですが、生命が危険にさらされたのは間違いありません。原因が解るまでは作業の停止を要請します」
管轄上、お願いの立場を取るしかない。
「ですが、資源課長。メルタンセン政府はこの彗星リングプロジェクトに莫大な予算を投入しているのですよ。いきなり中止せよと言われても、税負担している国民に説明ができません」
「理解はできます、パグニカ大統領。別にプロジェクトそのものを即時中止してほしいわけではございません。綿密な事故原因調査が必要だとお願いしているのです」
「たしかに原因究明は不可欠でしょう。だからといって作業が進まないでは、いつまで経っても投資の回収ができないではありませんか。私の立場では続行を指示するしかございません」
相手はメルタンセンのベッフェ・パグニカ大統領。経済分野出身で、やり手の女性大統領だと言われている。
(早く儲けたいからって人命軽視はどうなのよ)
デラは忸怩たる思いで交渉の過程を聞いていた。
次回『反抗する彗星(3)』 「楽観的なのも手に負えないわね」




