反抗する彗星(1)
「反重力端子ブースター、切り離し準備急げ!」
「回収班、出動!」
騒ぎの間も時間は刻々と過ぎていっていた。余裕を持って準備できていたはずの最終減速がぎりぎりのタイミングになってしまう。作業船『ダタン1』の操縦室は慌ただしい空気に包まれていた。
「マジであんなのに作業させるの、社長?」
デラは仰天している。
「当たり前だ。あれしかないんだから」
「でも、あれって……」
「どこにアームドスキンを買い揃える資金があると思ってるんだよ。どこも予算いっぱいでやってるんだ」
回収班と呼ばれた機体はアストロウォーカーに簡易グラビノッツパックを取り付けただけのもの。それが巨大惑星に挑んでいく。彼女には、ガス惑星への落下と隣合わせの命知らずな行動にしか見えない。
「リーダー機はアームドスキンにしてる。もしものときは救助させるから問題ない」
無謀に閉口する。
「冒険が過ぎない?」
「グラビノッツパックだって、政府のプロジェクトグループに段取りしてもらったものなんだよ。普段はこんな重力のきつくない小惑星帯や星系ベルトで作業してんだから」
「理屈は通るけど」
星間銀河圏にアームドスキンが導入されて二十年足らず。その新機軸機はお世辞にも安価とはいえない。それでも国の自衛のためとなれば配備は急がれる。余剰の旧式機動兵器のアストロウォーカーが彼らのような業者に流れているのだった。
「最終減速開始!」
「噴射五秒! 5、4、3、2、1、終了!」
「ベクトル計算!」
「速度角度ともに予定どおりです!」
「よし」
彗星はガス惑星へと進入していく。計算された軌道要素は、崩壊限界内側の周回軌道へと尾を引く物体を導いていった。その尾もバリーガの重力の影響で円弧を描いている。
「グラビノッツブースター、切り離し!」
「切り離し信号送信。分離噴射信号確認。切り離し成功です」
「回収班、ワイヤーでの誘導に移れ」
「重いって言ってる。本体作用に切り替え済んでるの?」
「今切り替えた!」
最後の修羅場に怒号が飛び交う。
(現場作業ねー)
デラのような立場ではあまり触れない活気に当てられる。
グラビノッツブースターが複数のアストロウォーカーに曳航されてくるとともに、ドルドノスがガス惑星へと落下していく。周回軌道へと突入していった。
「崩壊限界高度切りました」
皆が息を飲む。
「ドルドノス、崩壊現象確認!」
「いよーし!」
「バリーガの裏に入ります」
第一段階はクリア。ブースターを回収した作業船団は回頭する。もう手は出せないが、確認すべきことはまだ残っているのだ。
「来るか?」
「計算ではあとわずかです」
緊張する一同。
「見えました! ドルドノス、崩壊しつつ周回中! 引力低下により破片が外軌道に移動しています!」
「よし! よーし! 成功だ!」
「彗星リング形成中!」
喝采が操縦室を満たす。
外軌道に戻って尾を短くしていた彗星は、今や別の尾を引きはじめている。それは剥離した表層部。煙のように円弧軌道を描きながら航跡を残している。
自転しながら徐々に体積を小さくしていく。類似映像の記録がないシステムは効果音が付けられないので、それは静かに進んでいく。やがて彗星核本体も砕け、小さな塵へとバラけていった。
「未だ軌道は不安定。落ち着くには時間が掛かります」
リングは半径を広げつつあった。
「記録だけ残しとけ」
「全行程を録画してます」
「みんな、ご苦労だった。彗星リング形成は上手くいった。こいつはガンダタン開発の歴史に残る事業になる。だが、もうひと仕事残ってるから備えて休んでくれ」
オリゴーが宣言する。
「パイロットは反重力端子ブースター固定確認がすんだら今日の作業は終了とします。休養してください」
「了解。全機、固定確認リストをこなしたら……」
通信士が担当パイロットに指示を伝えている。計画の成功を受けて活気づいているが、極度の緊張感に疲れてもいるはず。
まだ、規定サイズ以上の岩石を除去するという安全確保作業がある。むしろ、そちらが長期戦になる可能性が高いため休養は必要だった。
「ラフロ、私たちも一度戻りましょう」
「承知した」
「ご苦労さま。護衛の任務はばっちりよ」
ラゴラナとブリガルドでダタン1を離れると装甲がコツコツと音を立てる。遠心力のほうが勝った小さな塵が放散されているのだ。
それらの塵はいずれ主星オックノスへと落ちていく。ごく一部が他の大気を持つ惑星へ流れ星として落ち、燃え尽きて一生を終えるだろう。
「そうやってリングは安定状態に移行していくのな」
「淘汰されていくのね」
イグレドでもリングの様子をずっと観測していた。塵の衝突を報告するとノルデがそう言って返してくる。
「巨大ガス惑星のリング形成は衛星の崩壊や表層剥離、今回人工的にやった彗星の接近とかで自然に行われるんな」
いくつかのパターンがある。
「その過程で起きることを間近に体感しているわけね」
「どこかのお馬鹿さんは自然の摂理に反してるって思ってたみたいなんな。でも、実際に起きてもおかしくはない出来事なのなー」
「まあ、かなーり確率下がる事態だけど」
彗星がガス惑星の崩壊限界を超える周回軌道に入るには速度と角度が極めて限定される。近日点付近でもっとも速度の上がる彗星。なんらかの要因で速度が下がっていなければならないし、角度に関しても偶然の神様の思し召しが必要。
「普通は近傍を通過して若干の軌道変更が起きたり?」
「そのまま主星の重力に食われて燃料になるのな」
確率は高い。
「角度が深ければガス惑星に落ちるだけよね」
「崩壊限界高度で分裂して、地表にいくつもクレーターを作って終わるんな」
「わりと儚いんだ」
フロドがしみじみと言う。
「そして、また生まれてるのな。宇宙の悠久といえる時間の中で生まれては消えていくんな。そういう意味では生命と変わりないのなー」
「ノルデからはそう見えてるか。宇宙の視点だね」
「退屈なだけなんな」
デラは「宇宙の」というよりは「神の視点」に感じてしまう。彼らの生まれたゴート新宙区では神格化されているらしいが、あながち間違ってはいないのではないかと思えてきた。
「儚い命の一つでもノルデの賑わいとなれるか?」
青年が見つめる視線にはいつもより熱が込められているように思う。
「宇宙の営みよりは人の営みのほうが面白いんな。ノルデたちアテンドがそういうふうに作られているからかもしれないけどなー」
「ひと時の余興でいい。吾はそうあれるよう努めよう」
「心配しなくてもラフロは十分に興味深いのな。置いて行っちゃったりしないんな」
(刷り込みというよりは衝動に近いものなのかしら? 彼は親に求めるべきものをノルデに求めているような気がする。ともに生きて老いることのない不朽の存在にそんな感情を抱けるもの?)
先入観が邪魔をする。最初から美少女をゼムナの遺志という人造物として見ていた所為で別種の存在という印象が強い。しかし、子供の感性で人体を持つ彼女を見続けていたラフロには薄い印象なのではないかと思う。
デラは青年の心の動きをつかみきれなかった。
◇ ◇ ◇
地質学教授はアラーム音で目覚める。それは彼女がセットしていたものではなく、異常を知らせるものだった。
「いったい何事?」
飛び起きた彼女はフィットスキンを着るのももどかしく操縦室へ。
「ちょっと面倒なことが起きたんな」
「なんなの?」
「彗星が作業に入ろうとしてたアストロウォーカーを撃墜してしまったのなー」
「はぁ!?」
予想外もはなはだしい事態がデラの耳を打った。
次回『反抗する彗星(2)』 「大事故じゃない」




