虚構の摂理(3)
(撃たれた)
デラは顔を背けて身体を縮こまらせていた。
しかし、なんの痛みも感じない。固くつむっていた目を向けると、いつの間に抜かれていたのか大剣が彼女の前に差しだされている。
「ラフロ?」
「当たっておらぬ」
星間銀河保護同盟を名乗る侵入者から目をそらさず言ってくる。
「大事な剣が」
「それほどヤワではない」
「大丈夫なの?」
くるりと回すと表面には傷一つ付いていない。業物であると同時に特別製でもあるのだろう。ノルデの手によるものだと聞いていた。
「斬られる覚悟のうえで撃て」
「く……」
男は青年ににらまれてあとずさる。怯えて標的を変えた。銃口は一番近くにいたオリゴーへと向けられる。
「早く計算させろ。ドルドノスを元の軌道に戻せ。お前ならできるだろう、社長?」
レーザーガンを突きつけて脅すがオリゴーも首を振る。
「無茶だ。反重力端子ブースターの反応液がそこまで残ってない。軌道を変更しても元の速度まで加速なんてできない」
「補充すれば加速できるんだな? なら補充しろ」
「どうやって! そんな機材は持ってきてない!」
押しつけられた銃口に悲鳴じみた声を返す。
(余計なこと言うから。可能性を示唆したらやれって言うに決まってるじゃないの)
オリゴーの迂闊さに心中で不平をもらす。
「合図したら隠れろ」
ラフロが後ろ手に指差す先にはオペレータ卓の陰。いつの間にか通路の一番奥までやってきていた。
「行け」
デラはラナトガ課長の腕をつかんで一緒に陰に引き込む。それと同時に青年は猛然と踏み込んでいた。
ひるがえった大剣が侵入者の横面を襲う。ただし剣の腹、つまり刃の付いてない側面が打ちつけられていた。
「がっ!」
一撃で男の目が焦点を失う。
「オリゴー、こっち!」
「ひい!」
「伏せろ!」
社長が半分転げながら卓の陰に逃げてきたところでラフロが大音声を放った。徐々にではあるが落ち着きを取り戻していたオペレータが一斉に卓の下に伏せる。残ったのは、知らず通路に誘い込まれていた侵入者の列とシェリー、それと彼女が連れてきた男だけ。
「発砲許可」
シェリーが小さく告げると男のレーザーガンが発射音を立てる。二人が足を押さえてうずくまり、できた隙間に青年の長躯が忍び込んだ。
フィットスキンのブーツが摩擦で音をたてるほどの一歩。軽く薙いだだけで一人がオペレータ卓に叩きつけられる。斜め上から肩を打たれた男はそのままひしゃげるように潰された。すべては剣の腹のみの打撃。
「来るぞ!」
「撃て撃て!」
レーザーの射線も大剣がさえぎる。鏡面がごとく磨かれた剣に弾かれた光束は反射してあらぬ方向へ。防御した金属が今度は鈍器に変わった。
脛を払われた男が宙を舞って頭から落ちる。床に沈んだラフロの掌底が女の腹に食い込むと身体はくの字に折れる。床に突かれた大剣でレーザーが跳ねると、後ろから飛びでた青年が頭突きをする。鈍い音が余計に痛さを感じさせた。
(速い。あっという間に)
陰から覗いていたデラは一直線に駆け抜ける背中を見つめていた。
打撃にのみ用いられる大剣の動きはさすがに彼女でも見える。空気を鳴かせるほどの一撃に耐えられる者は一人もいなかった。通り抜けたラフロだけが立っていて、侵入者は全員床でうめいている。
「お見事」
「捕縛は頼む」
シェリーの称賛にも素っ気なく応じている。
歩いて戻ってきた青年は誇ることもない。儀礼的な動作でデラに手を差しだし立ちあがらせた。
「ありがとう」
「すまぬ。殺すなと言われてた」
時間が掛かったのを詫びられた。
「ノルデに? いいのよ、正解だから。死なせるほどのことはしてないわ」
「殺意というほどの気概は感じられなかった」
「そうね。彼らが駆られているのは妄想だもの」
侵入者の集団は一ヶ所にまとめられる。全員が彗星に含まれる岩石などの危険物除去に雇われた作業員。まさか簡単に制圧されると思っていなかったのか、他に協力者はいないという。
「間違いありませんね?」
「正しい使命の遂行を躊躇する仲間などいない」
尋問役はラナトガ課長。シェリーはあくまで表に立つつもりがないようだ。助言をするにとどめている。社長は腰を抜かしていて使い物にならない。
「星間銀河保護同盟とやらは超国家的組織なのですか?」
「知らない。計画を立ててくれるリーダーに従っている」
行動力と使命欲はあるようだが責任感には乏しいようだ。煽られて動いただけで浅慮さが如実に感じられる。
「偽名も使ってないのな。緩い組織なんな」
即座に調べあげたノルデが伝えてくる。
「看板だけは大きい、愚痴じみた共通意識のみの集団みたいなやつね」
「リーダーのバックにはそれで利益を得ているのくらいはいるかもなー」
「あり得るわね」
情報部エージェントがσ・ルーンに囁いている。すでに本星でも検挙へと動いていると思われる。捜査が必要なほどの組織的犯罪ではなさそうだ。
「我らの意思は伝えた。早く彗星を解放しろ。母なる銀河の産物は貴様らの玩具でも金儲けの道具でもない!」
拘束されても主張を収めるつもりはないらしい。
「何度でも言いますが元通りとはいかないのですよ。実験的なプロジェクトですが十分な計算に基づく工程を経ています。後戻りなんてできません」
「そうやって傲慢に振る舞ってれば、いつか宇宙の大いなる意志の断罪を受けるんだからな?」
「もし彗星がそんな意志をお持ちなのだったら、もっと早い段階で抵抗していたことでしょう」
課長はため息混じりに話を合わせる。
星間銀河保護同盟メンバーとやらは口々に文句を言う。ラナトガ課長が呆れているのにも気づいていない。もっとも、人の話にきちんと耳を傾けられる人間なら、こんな身勝手な活動に身を染めていないだろう。
「お前もだ!」
矛先が変わる。
「そこの獣人種! お前ら、人類種にそうやって尻尾を振ってないと生き延びられないからそうやっているんだ! どうしてその力を真の理に使わない?」
「ちょっと!」
「保護されてないからそんな生き方しかできないんだろう? 我らの理念は違う! 銀河に生きとし生けるものは平等だ!」
あまりの暴論に制止を掛けるが聞く耳持たない。
「今こそ立ち上がれ! 我らとともに星間銀河を正しき道へと導くのだ!」
「やめなさい! なんてひどいことを!」
(自分たちがなにを言ってるのか気づいてないわけ?)
怒りが湧く。
しかし、本人はいたって冷静。ただ相手に目を向けただけ。男は威圧感だけで口を閉じた。
「いつもそうだ。そなたのような輩は吾を蔑む」
男は目を剥いて震えはじめる。
「そなたらが信奉するのは大きなもの、知恵を示すもの、それだけに限られている。吾のような身体を持つ者を獣のごとく扱う。その根底にあるのは人類種絶対主義ではないのか?」
「ぬ……」
「自分たちを至高の頂に置きたいがために上下を作ろうとする。それを唱えるのが平等なのか?」
矛盾点を突く。
「そのていどの主張に吾が耳を傾けることなどないと知れ」
「くぅ……」
侵入者全員が絶句する。頭の中では反論を考えているのだろうが、効果的な言葉を思い浮かべられない。そんなものはどこにもないのだから。
「わかった?」
デラは告げる。
「あなたたちのは無理筋の身勝手な主張なの」
「そんなことは……!」
「そうなの。命は平等? それだって人に限っているのじゃなくて? あなた、普段食べてる合成肉の原料の肉エビの命に祈りを捧げたことある? ないんじゃないかしら」
抗弁させない。
「そんな主張に誰かを傷つける権利なんてないから憶えておきなさい。あなたたちのは虚構の摂理なの」
怒りを孕んだデラの主張に彼らは口をつぐんだ。
次回『彗星の反抗(1)』 「マジであんなのに作業させるの、社長?」




