虚構の摂理(2)
イグレドと資源課の調査船が時空間復帰すると、縞模様を見せる巨大惑星を背景に彗星が尾を引きながら接近しつつある。スイングバイをした所為で進行方向にたなびく尾の付近に三隻の作業船と、後方に監視船とされる船舶が随伴していた。
「作業船はガンダタン開発、監視船がフランダアミューズメントのものです」
ラナトガ課長が解説してくれる。
「政府からの元請けがフランダで、その下請けで実作業を担っているのがガンダタンなわけね。反重力端子ブースターの制御をしてるのは?」
「作業船のほうです。監視船は全体の管理監督をする計画になっていますね」
「話を通しておくのはフランダでいいのかしら?」
デラはイグレドに同乗したまま調査船の課長と話している。彼の後ろにはシェリーの姿。おそらく調査船内に数機くらいは星間保安機構のアームドスキンが搭載されているだろうとノルデが言っていた。
「はい、事前に許可をもらっていますので独自に進めてもらってもかまいませんが」
「まあ、義理は通しておきましょう。必要以上の揉め事は遠慮したいので」
ノルデが目顔で尋ねてくるので頷くと新たな回線が繋げられる。相手はフランダアミューズメントの監視船。
「ダレット・セネーと申します。総監督を任されています」
デラが自己紹介すると名乗ってきた。
「リング形成時から調査に入らせていただきますので悪しからず」
「サンプルの採取等は伺っています。ですが、作業船の危険物排除工程の邪魔にならないようお願いいたします」
「毒性の高い物質等を検出した場合は星間法の第一条第八項の危険物貿易に抵触する可能性がありますので作業を停止していただくかもしれませんが」
前置きはしておく。
「可能性はかなり低いので」
「そう願っております。どうぞよろしく」
(口では丁寧でも、あからさまに邪魔だと思われてるわね。作業がスムーズに進むかどうかで投資回収が早まるでしょうから)
営利目的である以上、目をつむらねばならない。
「妨害工作がされるとしたらどこ?」
回線が閉じられたのを確認してから尋ねる。
「ノルデなら軌道を制御しているところを直接狙うんな」
「過激っていっても死人が出るのも厭わないってほどじゃないと思いたいんだけど」
「フロドの言うことももっともね。入り込みやすいのもガンダタンと思えるし」
臨時雇の作業員として工作員を忍ばせることが考えられる。
「軌道投入作業の視察って名目で入ればいいのな」
「管理局サイドの人間がいれば圧力になって阻止できるかもしれないものね」
「課長さんにアポ取ってもらうんな」
星間管理局の要請を無碍にできるわけもなく作業船への立ち入りが許可される。ただし、事務方であるラナトガ課長も同行する結果になったのは本意ではなかったが。
ブリガルドとラゴラナでメインの作業船『ダタン1』に移乗すべく接近すると、調査船からもアームドスキンが飛びたってきた。それにラナトガ課長とシェリーが乗っているらしい。
(戦闘用アームドスキン。星間保安機構の隊員を連れてきてるだろうっていうのは本当だったみたい)
デラもその機体が『コムファンⅡ』という名なのまでは知らない。
「わざわざ立会なんかしなくても全部自動だってんだ。しかも、もう最終段階なのによ」
「念のためよ」
ダタン1ではガンダタン開発の社長でオリゴー・ガンダタンと名乗る人物が応対してくれる。随分と迷惑そうではあったが。
「社長自らとは豪気ね?」
彼女が問うとオリゴーは肩をそびやかす。
「察してくれ。それだけの予算が動いてる仕事だってな」
「国家事業なのは聞いてるわ。だったら視察くらい受けいれるのが当然でしょ」
「面倒事が増えるのはどうしようもないか」
歓迎されないまでも冷遇されることもなさそうだ。
ガンダタン開発は、普段は資源用小惑星の移送などに従事している企業。作業的には慣れているものの、こういう繊細な軌道調整は前例が少ないといい、現場には緊張感が漂っている。
「報告」
「ドルドノス、軌道正常。最終減速からの進入まで十四時間です」
「こんな有様だ」
イグレドのそれとは違って、広いダタン1の操縦室は彗星の監視に集中している。大剣を背負ったラフロが現れるとギョッとした者も少なからずいるが、基本的には最終段階に入りつつある軌道投入に緊張感をもって臨んでいた。
「ここのスタッフに紛れ込ませるのは難しそう」
「たぶん無理なんな」
青年のσ・ルーンカメラを使ってイグレドから監視しているノルデも同意する。
「専業スタッフばかりなのな」
「すると外から?」
「そう思っておくのなー」
美少女が言う前からラフロはデラの背中側に移動している。シェリーに目配せを送ると彼女も頷いた。パイロットの男性も彼らの後ろにいる。
(仕掛けるのなら時間的にそろそろ限界のはず。そうでなくてもドルドノスはガス惑星の強力な重力に捉えられているから)
最終減速は高度の調整であって軌道投入操作ではない。自由落下状態ならば彗星はそのままガス惑星に引っ張られる位置。
「全員、動くな!」
レーザーガンを携えた男女が操縦室に駆け込んでくる。
「席を立ったり動いたら撃つ。嘘ではない」
咄嗟に席から離れて逃げようとしたオペレータの足元にレーザーが焦げ跡を穿つ。へたり込んだ男は銃口に促されて元の席に座らされた。
「我々は『星間銀河保護同盟』。我らが揺り籠なる銀河をあるがままに保つ活動をしている」
高らかに謳う。
「貴様らの暴挙は母なる宇宙を汚すもの。ただちに元の形に戻さねばならない。これからは我々の指示に従ってもらう」
(ジャストタイミングだったわね。えーっと……、十二人もいるの? この数は誤算だったわ)
彼女は紛れ込んでいても数名だと思っていた。
「どうする?」
σ・ルーンにささやく。
「少し移動する。吾の後ろにいろ」
「ええ、ついてくわ」
「制圧できますか?」
シェリーが尋ねてくる。
「可能だ。が、場を作らねばならぬ」
「わたくしもこのままでは。オペレータ全員を制御できませんので」
「デラたちを隠す位置に動く」
ラフロが自由に動けなければ制圧は難しいのだという。通路にいる状態では銃撃戦になったときに彼女が危険なのだ。
(護衛が第一。こんなときでもノルデの決めたことが最優先なのね)
青年の基本原理は揺るがない。
「注意を引け。皆が動揺したままでは動かぬ」
「状況認識する時間が必要なのね。わかったわ」
冷静な彼の背中に隠れられているので落ち着いていられるが、操縦室にいるオペレータのほとんどは動揺が抜けていないだろう。
「ドルドノスを元の軌道に戻す操作をしろ。まずは加速してガス惑星から逃がすんだ」
銃口を振りながら指示をはじめる。
「無駄よ。彗星はもう元の軌道には戻せないわ。こんなに減速してしまったら落下するだけ。バリーガの軌道を脱しても主星オックノスに落ちるでしょうね」
「そんな! 嘘をつくな!」
「計算してみないとわからないけど、その可能性が高いのよ。最悪、メルタンセンに落ちる可能性だってあると言ってるの」
今度は侵入者側が動揺する番だった。
「ドルドノスを解放するつもりで何十億か知らない人の命を奪う覚悟があるのかしら?」
「それは……」
「ないなら銃を捨てて降伏なさい」
顔色を変えた男が血走った目を向けてくる。御大層な思想を掲げているが、ちゃんとした知識は持ちあわせていないらしい。提示した可能性が極々わずかなのさえ想像できないのだ。
「なんとかしろ!」
「自分たちでしなさい。宇宙を守るのでしょう?」
激昂して銃を向けてくる。まさかそこまでと思わなかったので逃げだす時間もない。
デラは小さなレーザー発射音を耳にした。
次回『虚構の摂理(3)』 「斬られる覚悟のうえで撃て」




