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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
重い星のエチュード
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高重力探査行(1)

 小型艇イグレドは目的地のオロニトル星系に到着した。探査するのは第一惑星なので、かなり内軌道に時空間復帰(タッチダウン)している。


「あれだよね」

 主星の光をさえぎる天体の影。

「そ、あれが探査に行く惑星」

「回折してて見えにくいけど割と大きい」

「ええ、主星からの距離を考えるとね」


 主星である恒星の発する光が第一惑星の大気で偏向し輪郭がぼやけて小さめに見えている。温度差などで光が回折するのはありふれた現象なのだが、この規模だと珍しい部類に入る。


「光も強いし」

「主星オロニトルもまだ若い恒星だから」

 デラに訊いているのはフロドである。

「って、どうしてフロドくんがこの席にいるの!?」

「だって、イグレドの操舵士(ステアラー)は僕だもん」

「はぁ?」


 イグレドの操舵室は船体の最も先頭にあった。特徴的なハンマーヘッドの中央である。透明金属窓(キャノピー)の内側、一番先頭部に近い位置にフロドの操舵席。横並びにノルデのデータコンソールが配置されている。

 少年が両手で握っている、二つのグリップの付いた円盤が航宙船のコントロールレバー。それを回転させたり押したり引いたりで100mほどの船体を操作するのだ。


「兄ちゃんはパイロットでしょ? ノルデが各種制御を一手に引きうけてるから操舵を担当できるのは僕だけ」

 消去法で語る。

「そうかもしれないけど」

「ちゃんと星間管理局発行の公式資格持ってるから安心して」

「疑いはしないわ」


(大学の斡旋なんだから下調べはしてるはず)


 普通に操舵はできるだろう。しかし、惑星探査となると、かなりデリケートな操縦を必要とする場面が多々ある。本来はベテラン操舵士(ステアラー)を好んで使うもの。

 今回も探査でも接近するには難易度の高い惑星が対象になっている。そういう意味で若干の不安があった。


(対象に接近する前に失敗とかやめてほしい)

 一番話しやすいフロドとの軋轢は避けたいので批判はしない。

(最悪、システムに計算させた接近軌道でいくしかないわね。安全率高めになるから相当時間食っちゃうけど)


「公転が早いね。動いてるの見えるくらい」

「主星オロニトルからの平均距離が五千万kmしかないの。それであのサイズだから公転周期は短いわ。標準時間でたった三十九日」

「一年があっという間に過ぎちゃうね」


 自転も早く十時間と少し。様々な条件を鑑みて、極めて厳環境の惑星だといえる。しかも、組成も特別で今回の調査目的はそこ。


「一日がかりでいいから公転の後ろ側にまわって同期掛けてもいいわよ」

 システムの軌道選定でもそうなるだろう。

「時間もったいないよ。ショートカットしにいく」

「難しくない? あの公転軌道で第一惑星に置いてけぼり食ったら船体ダメージ少なくないけど」

「きっと大丈夫。任せてくれる?」


 対策されているとはいっても、あまり恒星に近づきすぎれば排熱塗料やターナブロッカーが消耗する。航行に問題は残らなくても次に寄港したときに交換や再施工が必要となれば儲けが出ない。

 なので普通は第一惑星の陰の位置で速度同期して徐々に接近していく。それをフロドは一気に近づいて影にピッタリと付けると言っている。かなり困難な操船になるはず。


(ユーザーの立場だからって専門外のとこ押しつけはしたくないのよね)

 可愛らしげに首をかしげて問われれば否とは言えない。


「それでも……」

 少年は隣のノルデを見る。

「一時間ちょっとは掛かるんな」

「そのくらい。アクロバティックな機動は掛けないけどシートで休んでて」

「はーい、わかったわ」


(自信ありげだからお手並み拝見ね。パワーマージンは民間とは思えないほどだし)

 黙ってくつろいでいるラフロの隣のゲストシートに腰掛ける。


 イグレドのオープンスペックを確認すると常識外の数値が表示される。大学はこのスペックのほうを重視したのかと思うくらいだ。

 軍事用であっても、開発費用の潤沢な国軍の艦艇とは違い個人所有の船舶の性能はどうしても劣る。しかし、この船のスペックは国軍艦艇や大企業所有の船舶に勝るとも劣らない。


「思いきっていくんな」

「うん、60fd/hぎりで。ちょっとまわるかも」

「問題ないんな」


(うわ、この子たち、本気?)

 少し怖くなってきた。


『fd』は宇宙航行単位。1fdが150kmである。これは星間銀河圏の始原惑星と主星との平均距離の百万分の一の長さ。主に速度や相対距離の表現に用いる。

 なので60fd/hは時速で9千km、秒速で2500mを示す。通常航宙制限速度である。星間管理局が定めた法定速度となっている。


 航宙船はもちろんそれ以上の速度を容易に出せる。互いに接触を防ぐのは当然として、惑星近傍では宇宙ゴミ(デブリ)の影響もある。デブリを破壊する自動障害物排除装置(排障レーザー)の反応速度を基準に算定された速度。

 法定速度といえど星間(G)保安(S)機構(O)はこれを取り締まってはいない。正確には物量が膨大すぎて取り締まれない。ただし、これに違反して事故が発生したときの法的責任や、保険適用に影響するので普通は守られている。


(調査目的以外で人の訪れたことのない惑星だからデブリの心配はないけど)

 制限いっぱいの速度で重力圏まで進入するのは稀である。


「想定偏差位置ちょい左」

「重力影響による旋回時間出しとくんな」

「重いね。思ったより曲がりそう」

「お尻振りすぎないように気をつけるんな」


 気が気でなくなる会話が交わされている。フロドは精密計算をせずに感覚的な操船をするタイプらしい。昔の船であれば無謀の極みであるが、現在の反重力端子(グラビノッツ)搭載船舶であれば自由度は高い。そういうタイプの操舵士(ステアラー)が増えてきているのも事実。


(最新技術が宇宙をシンプルにしてくれたのはいいんだけど、乗客の精神の健康にはよろしくないのよ)

 デラは顔をしかめる。


 現在は第一惑星が主星の光の中に影として右から左へと流れてきている。イグレドは公転軌道の想定位置、ランデブーポイントのやや前方を目指して加速を終了していた。ここから惑星の陰に入りこんだ重力圏で静止しようと試みるつもりのようだ。


「重力影響増大中なんな。制動を強めにするんな」

「かなりだね。この重力場レーダーの棘の出方見てよ。こんなの見たことない」


 フロドの左手側にはワイヤフレームで重力場レーダーが表示されている。探知範囲は九千kmなので第一惑星もすでに反応を示していた。

 重力場が強いほどワイヤフレームに大きな突起が出現する。少年はそれを評して「棘」と言っているのだ。


(目標の特異性を十分には理解してなかったみたいね。やっぱり一度のチャレンジでランデブーは無理かも)

 悪いほうの予感が当たりそうな感じだ。


「案ずるな」

 メギソンと視線を交わしていると重々しい声が耳に届く。

「フロドはこの程度でミスはしない」

「弟くんを信頼してるのね」

「事実を言ったまでだ」

 あくまで声音は平板である。

「そういうことにしておいてあげる」

「うんうん、信じる者は救われるってね」


 相方も気楽にかまえることにしたようだ。ランデブーまでもう数分というところ。第一惑星の地表が望遠パネルを使用しなくても見えている。


「旋回開始、速度同期」

端子突起(ターミナルエッジ)の効きも程よいんな」

「制動停止、同期完了っと」


 主星を半分遮るように見えていた惑星は今や右舷いっぱいを占めている。見事に第一惑星の陰で公転速度に同期したのだ。イグレドはロールをすると船腹を惑星に向けた。眼下に表面が広がっている。


(驚いた。一発でばっちり決めちゃってくれたじゃない。思った以上の腕前を持ってるのね)


 デラはフロドの技量を低く見積もっていたのを反省した。

次回『高重力探査行(2)』 「それがこの惑星の特異性よ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 まぁ、まだ不信感がありますね?
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