虚構の摂理(1)
星間管理局支部ステーションで合流したのは壮年男性。彼が今回の依頼の出どころとなる人物である。
「星間管理局ドリタコ宙区貿易管理部資源課のボルガ・ラナトガです」
「長いんな!」
神の造物かと思わんばかりの美少女にツッコまれた男は面食らっている。デラは失笑しながら取りなした。正式にいえば、彼女もそれなりに長い肩書を持っている。組織は大きくなるほど分類が複雑化してしまう。
「彼らは傭兵協会でも特殊な立ち位置で、大学の調査関係に同行してもらっているから心配ないですよ、ラナトガ課長」
絶句していたが、少し表情が落ち着く。
「そうなのですか。よろしくお願いします、プリヴェーラ教授」
「デラで結構。さっそくですが現状報告と指針をご提示くださいますか?」
「はい。では」
補佐の女性が先導してドリタコ支局ステーションの会議室に案内される。そこで話をするつもりのようだが、ボルガは少年少女までついてきているのを不可解に思っている様子。
「メインスタッフですので、全員で伺います」
それで全員だが。
「はぁ。今のところはスケジュールどおりです。三日後に彗星ドルドノスをオックノス星系第四惑星バリーガに軌道投入いたしますので、崩壊した破片の成分調査をお願いします」
「可能ですが、どの程度まで詳細なデータをお望みですか? 場合によっては相応の機材と時間が必要となってきますので」
「人体に悪影響を及ぼす類の物質の検出ができれば。資源の取り扱いとしましてはメルタンセン政府の管轄になります」
資源課の要望も予想を外れない。
「毒性に関しては、ただちにもしくは接触時間によってはという分類でかまいませんね? 二酸化炭素でさえ扱いによっては人体に危険を及ぼします」
「はい、そのあたりの匙加減はお任せしても?」
「ええ、承りました」
話が事務的になったことでボルガは安堵したようだ。いったいなにをされるのかと戦々恐々としていたのだろう。
「危険はそれだけじゃないんな」
少女が視線を移すと課長はそれに反応した。
「彼女は私の補佐で……」
「シェリー・シキュラ。資源課長補佐は建前で本当の所属は情報部なのな」
「…………」
女性の視線が鋭くなる。
「探りを入れに来たんなー?」
「失礼いたしました、ゼムナの遺志『ノルデ』様。あなた様や同行者の方に危険が及ぶやもしれませんので参りました次第です」
「素直なのは良いことなのな」
ラナトガ課長は青くなる。当然彼女が資源課長補佐などではないことを知っているし、内密にと言い含められていただろう。
「といっても、彗星そのものに問題はなさそうなんな。なにが危険なー?」
「はい、周囲環境のほうがいささか」
冷静沈着な女性の対応に、今度はデラのほうが目を丸くする。
「あなたはどういう方なのです?」
「情報部エージェントをしております。本件が終わりましたら、わたくしのことはお忘れください」
「無理過ぎるから!」
妙な妄想を掻き立てるほど美人すぎる課長補佐だと思っていたら、社会の裏側に属する人だった。無縁だと思っていた世界が向こう側からやってくる。
(ノルデたちと付き合うってことは、こういうことも有りだって覚悟しとかなきゃいけないわけ?)
ゴート遺跡と管理局の関わりも頭に入れておかなければならないらしい。
「経緯を説明いたします」
シェリーが切りだす。
「本プロジェクトに関しては、当初より肯定的な意見ばかりではありませんでした」
「普通はね。膨大な予算と時間の投資が必須。リターンは不安定な娯楽的なもの」
「議会は二分しました。デラ女史がおっしゃられたような理由もございましたが、反対派の一部には支持団体からの要望の代弁者も含まれています。その支持団体は環境保護を訴えているものが多かったのです」
話に気づかされて彼女は顔をしかめる。
「んー、彗星を金儲けの道具にするなっての?」
「お察しのとおりです」
「ま、私もあまりに強引な形で環境を捻じ曲げるのは好きではないわ。でも、興味を持たれないと研究が進まないのも事実なのよ」
どうあれ人間は自分の生活のために環境を変える生き物。過度な変更でとんでもないしっぺ返しを食らうののもありふれた話。
だからといって、とにかく変更を加えず保護するのが正解でもない。人は生活に関わりを持たない生物や物体を不要と考えるようになってしまう。
「ほどよく関わり合うのがベスト。なかなかそうもいかないんだけど」
研究を深めたい鉱物があろうと有効利用できないようでは予算が下りない。
「今回なんかは一概に否定はしない。そこら中にある彗星っていうものが注目されるきっかけになる。研究が進めば新しい関わり方もみつかるかも」
「女史の崇高なお考えには感銘いたします。しかし、一部の保護団体では、とかく環境全般への干渉を嫌うもの。深く考えることなくただ反対を唱えるものも少なくないのが現実です」
「知ってる。生物はともかく、宇宙はもっと寛容なのにね」
人が干渉したところで簡単に変わってはくれない。例えば彗星一つ取ったところで、仮に失われたとしても他に無数の彗星が飛んでいるし現在も生まれているだろう。
「財界の後押しもあって本件は賛成多数で可決されました。ですが、それで収まらないのが保護団体というものでして」
内容とは裏腹に口調は落ち着いたまま。
「反対デモに飽き足らず、協賛企業への妨害行為も横行している状態です。一部では破壊活動も」
「調べはついてるの。摘発すれば?」
「星間法に触れるものではありません。反発が強まるのを嫌って国内法での摘発を避けている現状では管理局は動けません」
デラもわかっていてカマをかけた。
「政府も、流星雨のプロモーションが大成功で支持率暴騰に高をくくっております。なにをしたところで情勢は変わらないと思っているのでしょう。しかし、環境保護団体の中には過激な行動も厭わないものも混じっておりまして」
「調査名目で入ってる私たちにも手出ししかねないって?」
「最悪のケースであれば」
(ずいぶんと気遣われてること。これもラフロやノルデと関わってるから?)
そう感じてしまう。
「そんなに深刻に考えなくても。そう思ってイグレドに依頼が行くよう手配してくれたのでしょう?」
「甘くみないほうがいいんな。ここまで言うならそれなりの情報をつかんでるのな」
ノルデの指摘に背筋が伸びる。
「そういうもの?」
「ただの保険ならエージェントが表側に顔を出すまでもないんな」
「う、わりとヤバい感じなのね」
また危険と背中合わせなのかと閉口する。
「わかったわ。警戒する。ラフロたちの指示に従えばいいのね?」
「できるだけ帯同を。自衛力を問えばラフロ様に匹敵するだけの人員を動かせません」
「心構えはしておけってことね。了解したわ」
バックアップはするが、あまり表立っての行動は避けたいらしい。メルタンセン政府に内政干渉を問われたくないのだという。
「どうしてあなたたちといると厄介事が絡んでくるのかしら?」
「人生はドラマティックなほうがいいのんなー。平穏無事でいると老けるのな」
「余計なお世話よ!」
さすがに声を荒らげる。
「駄目だよ。ノルデが言うと生々しすぎるから」
「フロド? 君、最近ひと言多くなってきたんじゃない?」
「え? そ、そうかな?」
ビビっている。
「兄ちゃんがしゃべらない分、僕がフォローしてるつもりなんだけど」
「うむ。では、美しいものは年を経ても変わらないと言っておけばよかったのではないか?」
「フォローになってないわよ!」
デラは腰の引ける二人をにらみつけた。
次回『虚構の摂理(2)』 「リング形成時から調査に入らせていただきますので悪しからず」




