彗星リングプロジェクト(2)
計画の要旨は説明したが、イグレドクルーにとって重要なのは手順のほうだろう。デラはそちらに説明を進めていく。
「それで、まずは現状」
順を追って教える。
「これが対象になる彗星ドルドノス。相当大きめなのを除けば標準的なものだと思うわ」
皆から見やすい位置に中型の投影パネルを起こして画像を表示させる。実際に現物を捉えた画像。ただの黒っぽい岩石に見える。
凸凹とした楕円形をしていて長径が110km。いくつかのクレーターの痕跡が見られる他はつるりとしている。小さなガス噴出孔もあるが全景では見えにくいサイズに留まっている。
「このサイズのものなら一個でもリングを作れそうなんな」
ノルデも納得する。
「ええ。計算上は多重とはいかなくても、それなりの幅のリングになるはずよ」
「氷の量が多ければなお良いのなー」
「組成サンプルのデータはこれ」
横にリストを表示させる。
氷が82%。他に二酸化炭素、一酸化炭素、アンモニア、メタン、エタンなどの氷結した固体。残りが岩石などの塵芥となっている。
「あくまで表層のものだけど参考程度にね」
補足を入れる。
「というのも、今は軌道投入用に反重力端子ブースター八基が取り付けられているわ。そのときの加工時に採取したものだから」
「本気度がうかがえるのな」
「よね? 軌道変更するくらいなら半分の四基くらいでいけそうだもの」
少女は瞬時に算出したらしい。
「出力次第だけど任意航宙も可能だと思うのな。失敗したくないのんな」
「それもあるだろうけど、色々と思惑もあるみたい。もうガス惑星バリーガに向けて最終軌道変更をしたって話だけど、その前に見せ所も作ったのよ」
「なにしたの?」
「惑星メルタンセンで減速スイングバイ」
フロドも目を丸くする。船舶などの航宙機ならともかく、この質量の天体をスイングバイさせるのは大胆に思えた。
「そのために船八隻動かせるくらいの機材を使ったんだね」
少年は微妙な面持ち。
「そりゃこれほどのものを居住惑星の公転軌道に投入するなら安全面でも確実な計算が必要だし、万が一の対処をするパワーマージンも不可欠だったろうね。予算も半端ないけど」
「そういうこと。結果、二週間あまりは肉眼でもほうき星が見られる状態。極めつけは流星雨の夜」
「あー、そっか」
皆が合点がいく。
外軌道から惑星でスイングバイするということは尾の中に入るということ。まるで豪雨のごとき流星が眺められる。
「これはありがたみが薄れるほどかも」
「言い得て妙ね」
3D記録映像では、夜空を明るく染めるほどの流星が降り注いでいる。その天体ショーに誰もが歓声をあげていた。
「首都が夜の時間帯に合わせて軌道投入したの」
そのときの記録動画。
「メルタンセン史上最多の観光客を記録したそうよ。まあ当然よね」
「元を取りにきてるのな」
「予算の回収に余念がないわ」
反重力端子ブースターを八基も使えば直接ガス惑星の軌道へと進路変更可能。それを意図的に避けて、わざわざ本星でスイングバイをやったのだ。
「これが七ヶ月前の話。プロモーションは上々。あとは本格運用に向けてバリーガへと航行中ってわけ」
一度内軌道に入った彗星は再び外軌道へ。
「ここまで用意周到なら危険らしい危険はなさそうなんな。ノルデたちの出番はないと思うのなー」
「私もそう思う。でも、資源課は警護が必要だと申請しているそうよ。なにかつかんでいるのかもしれないわ」
「胡散臭いのな。つかんでるのは資源課じゃないのかもしれないんな」
デラは「ん?」と首をかしげる。
「例えば情報部なー」
「は? 胡散臭いどころかキナ臭い方面なの? そんな馬鹿な」
「ただの例え話なんな」
美少女は空とぼける。なにか思い当たる節があるのかもしれない。
「ちょっと、脅さないでよ」
「安心するんな。ラフロはきっちり仕事するのなー」
ノルデが口元を押さえながら言う。
「そなたが行動に注意を払うのならば守ってみせよう」
「心強いけども! そもそも危うげなところに入り込みたくないの!」
「えー、一歩間違えればってこと少なくなかったと思うけど?」
少年が茶々を入れる。
「否定しないわよ! でも、研究者であって冒険家じゃないんだから!」
「慣れよ?」
「慣れたくない!」
フロドとノルデはケラケラと笑っている。青年は情報パネルを立ち上げてなにかを検索しているようだ。真剣に任務に対してくれるのは好感が持てる。
(冗談で済まされるのは彼のお陰ね)
デラは、それは間違いなく事実だと思っていた。
◇ ◇ ◇
「嫌じゃない?」
「かまわん」
デラはその太く逞しい器官に触れる。ゴツゴツとしてとても人間の一部とは思えないが、見方によっては立派なもの。デリケートな部分だとわかっているので尋ねずにはいられなかった。
「根本は骨がある」
「ああ。そこから折れても再生はする。芯みたいな物に過ぎぬ」
体温は感じない。そこの組織はすでに死んでいるものだからだ。
「じゃないと打ちつけたら痛いものね」
「理屈としてはそうだ」
ラフロの角に触れながら話している。後輩のフェブリエーナに頼まれて色々と調べているのだ。あいかわらず困った生物学者である。
「フロドはまだ骨の表に硬い組織ができ始めてる段階なのね?」
後輩の予想は当たっている。
「これから伸びる。だいたい十七〜八くらいまでには大人の長さになる」
「で、ラフロの歳だと完成してるわけ」
「地方によっては捻じれの入る人種もいる。もっと横に張りだす人種もな。吾のタイプが多数派だが」
組織の非破壊分析結果は硬質ケラチン。爪や毛、鳥の嘴、爬虫類の鱗などの角質組織の主成分である。なので成長に伴って伸長するのだ。
カレサ人の角はその典型的なものとフェブリエーナは言っていたがそのとおりらしい。頭骨から土台になる骨が突きでている。それを覆うように角質が形成され、根本で繊維状になって死にながら先へと伸びていく。
(要は髪の毛と一緒なのよね)
硬さの具合が違うだけで組成的には大差ない。
「ごめんなさいね。あまり調べられてないからってフェフがうるさくって」
弁明する。
「神に授かりし物だという伝統を重んじる地方も少なくない。許せ」
「そう言ってくれると助かるわ。ラフロって古風なわりに開けてるんだもの」
「感情的な部分が多いのだろう」
青年は種族的風潮を問う。
「そうよね。有角猿の仲間があれだけ確認されていれば、そこから進化したと思うのが論理的だわ」
「素人目にもそう考えられる。認めたくないだけなのだ」
「君って案外学者向きかもよ」
感情を挟まない分だけ客観的な視点に富む。研究をするうえでは長所となろう。
「勉学を好むならばな。生憎、剣を振るうしか能がなかった」
自己分析している。
「遅いってことはないのよ?」
「無用だ。いくら学んだところでノルデの域までいけまい。それならば剣で在ることを選ぼう」
「否めないわ。彼女がいるのは君にとって不幸でもあり幸運でもあるのね」
関係性が確立してしまっている。
「理だ。吾が剣で在らねば遂げられぬこともある」
「ゼムナの遺志に認められし者か……」
彼女なりに調べてもみた。ラフロ自身は『協定者』ではないと言っている。しかし、それに準じる存在。公的な記録には乏しいが、一部の身近な人間がその役割を語ったものはあった。
(人類の矯正力? ゴート遺跡の仲介者? ゼムナの遺志を体現する者? 彼はどんな役割を担っているのかしら)
剣で在ることが重要だというラフロの言葉になにかヒントがありそうだとデラは思っていた。
次回『虚構の摂理(1)』 「危険はそれだけじゃないんな」
 




