彗星リングプロジェクト(1)
「だんだん扱いが雑になってきたのなー」
ノルデにこぼされる。
中央公務官大学地質学教授デラ・プリヴェーラはいつものごとく小型艇イグレドのゲストシートに収まっている。今回は宙区支部で待ち合わせではなく、都合のいい合流点で乗船していた。
「お得意様なんだからサービスしてくれてもいいでしょう?」
悪びれる様子もなく返す。
「イグレドはオートキャブと違うんな。呼んで乗せてはひどいのな」
「どうせ向かうんだから小さいこと言わないで」
「儲けてるくせにケチなんなー」
皮肉られるが気にしない。利用するのもされるのも慣れてきた。そんな運命なのだとあきらめるしかない。
「ケチなのか?」
低いトーンの声が耳に届く。
「そ、そうじゃないのよ、ラフロ。親近感の表れだと思ってちょうだい」
「親近感。吾らを友のように思っているか」
「関係的にはユーザーと傭兵かもしれないけど、もうそんな段階でもないと思ってるわ」
癒着が激しいが、悪くないとも感じていた。
(彼らといると色々面白いものが見れるし、この人がどんなふうに変わっていくのかも気になっちゃってるしね)
青年が変化していくのかしないのかも興味の的。
「いいよ。対消滅炉出力に影響するほどデラは重くないはずだし」
少年の言葉に頬をヒクつかせる。
「フロド、そろそろ女性の扱いを憶えても良さそうな頃合いかしら? しっかり教育してあげなくてはね」
「ごめん今のなし嘘ですただの冗談です」
「あら、そう。忘れないことね」
体よく使うつもりではない。食費と運賃は依頼料とは別に傭兵協会を通さずに払う。良好な関係を築くうえでの線引は忘れてはならないだろう。
「つまんないことでヘソを曲げずに、時間があるんだから説明しとくのな」
「つまんなくはないわよ!」
この美少女と比べられては困る。
ノルデのように用途に合わせた義体ならば、なんとでも調整が効くだろう。現在は少女体型でお世辞にもスタイルがいいとはいえないが、彼女がその気になればどんな体型も思いのまま。
しかし、デラではそうはいかない。フィールドワークも熱心にこなすし、専攻の対象が鉱物なので重いものを扱う。消費が激しく太る暇もない。が、以前に比べて激務の時期を過ぎても体重が落ちていないのが気になるお年頃にはなった。
「説明するわよ」
少女がやれやれという空気を出すのでイラついた声が出る。
「付き合ってもらうのはこれ。送っておいた資料どおり『彗星リングプロジェクト』」
「おかしなこと考えるのなー」
「それには同意するわ」
デラもあまり乗り気ではない。
「惑星メルタンセンの国家プロジェクト。四十三年周期で主星オックノスの楕円軌道を取る彗星ドルドノスを軌道修正して、ガス惑星バリーガの周回軌道に乗せる計画」
「無体なことするんな」
「崩壊限界高度以下の深めに軌道投入して彗星核を破壊。その破片で遠軌道に強制的に惑星リングを作るプロジェクトよ」
現実はそんなに簡単ではない。素材を投入したところでリングができあがるまでは相当の時間が必要だと思われる。そこも人の手を入れて速やかな形成を狙うという。
「リングなんてなんに使うんな?」
ノルデの疑問も当然だ。
「観光資源。遠くから眺めるもよし、近くで観察するもよし。リング内を小型艇で巡ってスリルを味わうとか」
「ほとんどが氷だからそんなに危なくないのな」
「リングライドと称して、物質密度の多い表層を高速で航行して遊ぶみたい。レースなんかも計画されてるそうよ」
要は惑星リングをスペースマークとして利用するつもりなのだ。娯楽場として展開し、自国民や観光客にお金を落としてもらうのが狙いである。
「元からあればよかったんだけど、残念ながらオックノス星系の内軌道側のガス惑星は備えてなかったの」
外軌道では移動に時間が取られて不便である。
「衛星を調べたらしいんだけど、有望な組成のものが見つからなかったらしいわ。そこで目をつけたのが彗星ドルドノス」
「あってもなくても惑星バランスが狂ったりしないものだしなー」
「そ。だったらガス惑星の軌道に投入してもいいじゃないって考え方。失敗しても惜しくない」
投入する予算は莫大になるだろうから綿密に計画するだろうが。
「ほぼ氷の危なくないリング素材に選定されたわけ」
「でも、彗星だって全部氷でできてるんじゃないのんな」
「そうなんだ」
フロドは不思議そうにしている。
一般的にはほぼ氷だと習っている。実際にはメタンやアンモニア、エタンなどの各種高分子物質の氷も含まれる。それだけでなく宇宙塵とされる岩石やそれより小さい塵も混じっている。
「そういうものの含有率も馬鹿にならないわ。だから彗星核そのものは黒っぽい色をしているのよ」
彗星の説明を終える。
「尾を引いてる姿のほうが印象的だから、蒸発しやすい氷でできてるのかと思っちゃった」
「大きく間違ってないのな。でも、本体も白っぽく見えるのは主星の光を反射しているだけで、あれはコマっていうガスの大気みたいなもんなのな」
「反射で白いだけなんだ」
納得がいったらしい。
「それでデラの出番?」
「ご名答。彗星に含まれる岩石の組成を鑑定するのが今回の私の仕事」
「それってそんなに重要?」
鉱物資源とするにはあまりに量が少ない。調べる価値があるのかと少年は疑問に感じているという。
「求められているのは危険性でしょうね」
プロジェクト側からの要望はそうである。
「星間管理局側としては、今回のプロジェクトが成功すれば似たようなケースが続く可能性を論じているみたい。早い段階から観光資源としての彗星の可能性を模索するために組成の調査をしてほしいって」
「どんなものが含まれてるかなんて調査されててもおかしくなくない?」
「案外そうでもないのよ、どこの惑星系でもありふれた物なものだから。どこから来てどんなふうにできているのかは研究されているのだけれど、資源としての素質がないから詳しく調べられてなかったりするの」
対象の希少性が低いと研究は浅くなりがち。
「形成場所で組成は千差万別なのな。星系ベルトや星系雲の物質割合も原始星雲時代の諸々で結構変動するんな」
「主星の大きさとか原始惑星系円盤の規模とかもほとんどそこで決まっちゃうんだよね?」
「分子雲からの進化過程は調査継続中なのな」
聞き流しにくい話題である。超長期スパンで行われる惑星系の形成をゼムナの遺志は調べているようだ。わかっていることだけでも聞き出したい衝動に駆られる。しかし、彼女の知識では追いつかないだろうことは容易に予想できて踏みとどまった。
(なんのために調べているのかも気にはなるのよね。まさか、ただの暇つぶしとは言わないでしょうし)
そもそも彼らの望み、なにを思って人類に接触しているかも理解が及ばない。
「それでも大雑把な傾向くらいはつかんでおきたいって言ってるの」
そう依頼されている。
「誰に?」
「星間管理局交易管理部資源課の人よ、フロド」
「まさか資源としてやり取りされると思ってないよね?」
そんなスケールの代物ではない。
「ええ。居住惑星から五万km以上は公宙だから管理局の管轄だけれど、惑星系内の天体を含めた物質は国家に管理権限があるわ。どうしようと自由だけど、危険物質が含まれてないかは把握すべきだと思ったんじゃないかしら」
「心配性というのは悪いよね。安全をサービスするのも管理局の義務だもん」
「まあ、保険みたいなものでしょう」
(こんな案件でイグレドを使う必要があるのかも疑問。それも保険と思ってるのかしら?)
デラにも星間管理局の思惑は読めなかった。
次回『彗星リングプロジェクト(2)』 「元を取りにきてるのな」




