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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
さまよえる星のラプソディ
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逃げるが勝ち(2)

「そんなふうに考えてるの」

 リミーネの瞳は落胆の色を帯びる。

「こんな状態でしていい話じゃないよね。帰ってきたときにゆっくり話しましょう」

「本当にすまん。ただの言い訳にしか聞こえないだろうが、君たちを大切に思っているのは嘘じゃない。ちゃんとけじめを付けたい」

「ええ、わたしなりに考えておくから……」


 妻は明らかに迷っているとジャナンドは感じた。原因が一方的に自分にあるのは明白。今の生活をやめられないなら、夫として父親としてできることは限られている。最大限のことをしてやるつもりだった。


(俺には不向きだったんだな)


 大きなため息とともに目を覆って首を振った。


   ◇      ◇      ◇


(この馬鹿が)

 メギソンは友人の様子を見ながら呆れる。

(あれを見てなにも感じないのか? 不器用すぎるね。だからって、ここで言い募ったところで同じ議論の堂々巡りになるだろうねぇ)


 さて、どうしたものかと考える。説得したいが、中性子星のことに気を取られている状態でくどくどと言っても気もそぞろだろう。ここは速やかな解決を図り、友人を連れてリミーネの前に引きだすのが手っ取り早い。


(やれやれだ。僕ちゃん一人ではどうにもならないから協力を仰ぎますかぁ。となれば事情を打ち明けないといけないが、フロド君には少々早いかね)

 仲間外れというわけにもいくまい。


 ジャナンドに「頭を冷やせ」と言いおいて部屋を出る。メギソンはその足で操縦室へ。三人に説明した。


「面倒な話なんな」

「申し訳ないとは思うんだけどさ」

「持ち込むなとは言わないんな。ノルデたちがこうして仕事をしてるのも家庭の事情が発端なのな」


 汲んでくれる。目算はあったがありがたい流れである。


「ってなわけで可及的速やかに解決したい。僕ちゃんにできることならなんでもやるから、できるだけ急いでもらえるかなぁ?」

 頭を下げてお願いする。

「できることはないのな。パルサーがさっさと網に掛かるのを祈るんな。それと友達が変な暴走をしないよう監視しとくのなー」

「あー、無茶しかねないな。自暴自棄とはいわないまでも、思いきった行動に走るかもしれない精神状態かもねぇ」

「無理言って邪魔しないでくれればいいや。大変なのは主に僕だから」

 フロドが頭を掻きながら言う。

「もちろんさ。自分の分は守らせなきゃね」

「よろしく」

「少し振ってくる」


 ラフロは言い捨てて操縦室をあとにする。若干重い空気をまとっていたように感じた。


「あっれぇ? ご機嫌を損ねた……、じゃないか。損ねるような機嫌もあるんだかないんだか」

 予想と違うところに影響が出た。

「思うところがあるんな。ジャンのやってることはミゲル……、ラフロの父親がたどった道と近いとこがあるのな。ミゲルの場合、他に道はなかったんだけどなー」

「そうかぁ、しまったなぁ」

「刺激にはなるんな。自分が放置されていたとき、父親がなにを思って頑張っていたのか考える機会になるかもなー」


 自身の中に生じたなにかを整理するために剣を振りに行ったのだという。そういうルーチンができあがっているらしい。


「ごめんね。彼に思いださせるつもりはなかったんだ」

「いいよ。兄ちゃんはこうして一つひとつ自分の答えを見つけていかなきゃなんないんだよね」

「申し訳ない、フロド君」


(そうとしか言えないじゃん。ラフロ君の葛藤はフロド君を別の意味で苦しめちゃうんだからさ)


 メギソンは盛大に後悔していた。


   ◇      ◇      ◇


 彼らの心痛を和らげるように幸運は四度つづいた。次にパルサーが出現したのは周辺国家が共同管理している貿易ハブステーション。

 時空間復帰(タッチダウン)に1〜2万kmの離隔を要求される宇宙ステーションは船影も希薄である。直近にいた船舶は異常事態にさっさと逃げだす。ただし、容易に動けないステーションは重力場の影響を露骨に受けつつあった。


「ステーションが墜落したら被害は甚大だ。頼む。急いでくれ」

 ジャナンドは懇願する。

「精一杯だよ。もし見られてても、管理局が摘発したりしないようにしといてね」

「もちろんだ。誰にも文句は言わせん」

「フロド、そろそろ限界距離なんな」

 ノルデが警告する。

「減速しない。中性子星を二周半して楕円軌道の減速スイングバイを三回する。それで相対速度を落としてから」

「無茶するのなー。引力大きいから効果的だけどタイミング難しいんな」

「演算して。一回成功させたらリピート機動でやるだけ」


 冗談じみたチャレンジを言いだした。さすがに彼も青くなる。


「無理はしないでくれ。イグレドが墜落したらどうにもならなくなる」

 自身は命を捧げる覚悟があろうと、年若い少年にまで負担を掛けられない。

「今さらなに言ってんの。誰かがやらないといけないっていったのはジャンさんでしょ?」

「そうだが、もしもが許されるのは俺だけ……」

「黙って」


 視界内にパルサーが見えてくる。前回まとっていた粉塵の層は高次空間で対消滅してしまっているようだ。今はつるりとした鈍い光沢を持つだけの球体に見えた。


「成功させる自信があるから」

「ジャン、ここは専門家に任せよう。僕ちゃんたちは邪魔したら駄目さ」

「く……、わかった」


 中性子星の周回軌道に浅く進入する。イグレドのハンマーヘッドの中央にある操縦室からは右舷に中性子星の地表がありありと見えてきた。

 そんな光景を味わう人類は自分が初めてなのではないかとも思うが、現実はそれどころではない。船体の各所から不穏な異音が響いてくる。


(怖がってどうする。彼らは軌道諸元がある程度判明した時点で依頼はクリアしているんだ。これからする処置は俺たちを慮ってのことなのに、ここで逃げを口にすれば立つ瀬などなくなるぞ)


 ロールして地表に背面を向けた。速度が遠心力に変換されてジャナンドの身体をシートに縛りつける。次に軋むのは彼が噛み締めた奥歯と骨のほうだ。

 透明金属窓(キャノピー)から地表が消えて一度離脱軌道を取るかに見える。しかし、イグレドは中性子星の重力に引かれて転進し、船首を再び周回軌道へ。かすめるように通りすぎる。


「うぐぐ……」

「きっつ」


 苦鳴の末に離脱したときには、中性子星の速度と引力の作用でかなりの減速をしている。今度は大きく円弧を描きながら転進。再び周回軌道を目指す。


「ほら、上手くいった。あとは記録した機動操作で自動的に二回くり返すだけだよ」

「あと二回か……」

「内臓吐きだしそうな無茶を二回耐えないといけないんだねぇ」


 船体と人間の悲鳴を飲み込みながら、イグレドは三回の減速スイングバイを行った。パルサーとの相対速度は十分に落ちてきている。三度目の離脱間際に通常減速を行い相対速度をゼロにした。


「いよいよヤバいよ。どうすんの? 見るからに崩壊限界距離割っちゃってるから」

「構造強度があるからそんなすぐには崩壊しないんな。問題は相互作用する潮汐力の問題だから緩めてやるのなー」


 死の恐怖は連続している。船尾をパルサーに向けているイグレドが全力推進していないと墜落するだけだろう。これからどうするのかは彼も聞いていない。


重力波(グラビティ)フィン、リミッタ解除。全開展張するのな」

「リミッタ解除。重力場を最大展開。端子突起(ターミナルエッジ)出力安定。相対位置をロックして前進はじめ」

 フロドが新たな操作をはじめる。

「なにする気なんだ?」

「今、重力波フィンで強力な重力場を形成してるのな。だいたい3千m級の船舶の質量くらいなんな。これで時空界面突入(ブレイクイン)すると面白いことが起きるのなー」

「転移フィールド展開」


 フロドが告げると、彼らは虹色の泡に封じ込められた。

次回『逃げるが勝ち(3)』 (だったら、なにもしなくていいのか? 俺がここにいる意味はなんだ?)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……あぁ……無駄……では無いが、ある種の無意味な責任感?
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