追われるパルサー(1)
データは揃いつつある。本格的な軌道諸元の算出にかかりたいところだが、まだ足りない。
「次に出現した可能性のある場所の候補を絞りたい」
ジャナンドは方法を考える。
「無理なんな。宇宙施設直近以外だと、どこも超光速航法の管理なんてしてないのな」
「だよねぇ。どこにどんな船が跳んでるとか膨大な量の管制なんてできるわけがないし」
「事故の危険性もないからな」
転移フィールドは相互干渉する。例えば複数のフィールドが同じ場所に出現しようとすれば弾き合う。相互に離れた場所に復帰することになるのだ。そうでなければ空間跳躍事故だらけになる。
ただし、人工宇宙施設は管制が行われる。転移フィールドは物体も押しのけるが、そうすると施設に余計なベクトルが加わってしまう。軌道修正が必要になってしまうので宇宙施設からも離隔した時空間復帰を求められるし、直近でのフィールド展開も制限される。
「タッチダウンの多い場所は限られるけどねぇ」
メギソンも苦笑いしている。
「居住惑星近傍はもちろん、資源採取のガス惑星や小惑星帯、中継点、国軍の演習宙域、挙げればキリがないんな」
「次の報告がないんだから人目の多いとこは除外してよくない? だとすれば中継点と演習場。いや、演習場も使ってなかったらタッチダウンしてないから除けるね」
「勘違いしてるのな。高次空間だと時間なんて意味ないんな。まだ出現してない可能性だってあるのなー」
ノルデの指摘に学者二人は苦い顔。
「失念してた。そうか。俺たちには認識できない向こう側の状態次第で、こっちじゃ結構な時間が経過してるかもしれないのか」
「距離もどうなるかわからないのな。フィールドドライブの五百光年って縛りはタッチダウンポイントを制御できる限界距離なんな。無制御ならかなりの距離跳べるのなー」
「予想なんて事実上不可能か」
頭を抱えたい気分になる。それでも、あきらめるわけにはいかない。
「でも、それほど高次空間に飲まれたままとは思えないんな」
美少女は仮定をくわえる。
「中性子星が質量を失うほど運動エネルギーを蓄えるのな。時空界面への影響力は増すから、そう離れていない場所に現れるんな。ノルデの推測では二千光年以内なのなー」
「気休め程度の制限だな。それだけの範囲にどれほどの居住惑星とタッチダウンポイントが有るのか」
「次の出現を待つのな。超高速自転のジャイロ作用によるベクトルの安定と銀河中心のブラックホールへの偏向度がわかれば軌道諸元の目処くらいは付くはずなんなー」
希望の持てる発言内容ではあるが。
「それに必要な膨大な演算処理をどこに頼めばいい?」
「しょうがないからやってやるのな」
「請求は星間管理局にまわしてくれ」
ため息混じりの回答がツボに入ったのかフロドが爆笑している。彼らはそれほど深刻には考えていない様子である。
(次がとんでもない被害を出す場所でないのを祈るしかないのか)
ジャナンドのストレスで減っていく体重に歯止めが掛かりそうになかった。
◇ ◇ ◇
幸い、次の時空間復帰は老いた惑星系のカイパーベルトだったらしい。かなりの星間物質を引き寄せて跳び去ったらしく、新たな渦が確認できるという。数年後には、自転する彗星という実に奇妙な天体が生まれるかもしれない。
「ほとんど利用されてない、廃れた中継点だったのは運が良かった」
友人の眉間のシワは若干薄らいだ。
「でもな、またいずこにか消えちゃってるねぇ」
「三点目は大きい。そろそろ傾向が見えてくるはずだ」
「そう上手くいくもんだか」
メギソンは懐疑的だ。方向はともかく跳躍距離も曖昧では、いつになればキャッチできるのだか怪しい。
「やはり銀河中心に向かっている傾向が表れてる。ジャイロ効果でベクトルに安定性ができつつあるように見えるぞ」
軌道を線でつなぐと蛇行が収まる傾向にある。
「一度目が1,126光年、二度目が1,075光年。おそらく次も1,100光年前後の位置に復帰するんな。この距離は中性子星の質量と比例してると思うのな。過去の事例はパニックの所為でまともなデータが取れてないだけで傾向は出てたはずなんなー」
「方向と距離は絞れた。次の復帰でかなりの信憑性が得られる」
「それでも結構広い範囲になるけどさ。どうやって捕まえる?」
一辺が百光年ほどもある範囲内になる。そこにある時空間復帰ポイントなどそれこそ無数だ。
「超光速航法一回分の範囲に絞れただけで十分なのな。中心付近に移動して、情報の網に掛けてやるんなー」
ノルデが方針を示す。
「見つけたらすぐ向かうんだな。それがいい」
「捕まえたからってどうするのさ? できるのは観測だけで、破壊はもちろん軌道変更も無理じゃん」
「無作為に跳ばせないようにするんな。宙域の時空間復帰を禁止するのなー」
具体的な提案がある。
「なるほど、時空間での速度は知れてる。跳ばせなければ管理可能なわけか」
「軌道諸元がはっきりしたら退避は可能になるんな。気の長い作業になるけど、いつかは銀河中心のブラックホールに食われるのなー」
「惑星系をいくつか放棄せざるを得なくなっても、人的被害は出さないですむようになるねぇ。そいつは名案だ」
中性子星のルート近傍でのタッチダウンを禁止にすれば事実上の被害は出なくなる。とてつもない時間が掛かる作戦だが安全確実である。
「まずは次の転移を防ぐところからだな。軌道諸元の確定はそれからでいい」
「無駄な刺激もやめとくんな。あまりエネルギーを得ると、単独で転移する可能性は捨てきれないのなー」
(やっと表情が明るくなってきたな)
目星がついてジャナンドの顔つきにも変化が見られる。
(頭の中から中性子星を追い払えばリミーネのことも真剣に考えられるようになるだろうさ)
メギソンの心痛も少し和らぐ。準備にも張りが出てきた。
「よし、星間管理局に連絡だ。部分的な航宙統制を掛けなければいけないぜ」
航宙保安に関する案件ならば強制力も認められる。
「本当は範囲内の居住惑星すべてに退避命令を出してほしいくらいなんだが」
「そいつは高望みが過ぎるぞ、ジャン。事実上不可能だし、パニックを誘発するだけ。今できるのは復帰が居住惑星の傍じゃないのを祈ることだねぇ」
「叶えてくれるってんなら、その神の足に喜んでキスをするぞ」
友人のそれは冗談ではない。
「とりあえずそこの美少女神で我慢しとけ」
「なにか方法があるなら捧げるぞ?」
「ノルデは運より確率を司ってるのな。居住惑星近傍に復帰する確率は40%前後な。これを高いとみるか低いとみるかはジャンの意識次第なんなー」
また眉間のシワが深くなる。生真面目な分だけ心配性なのは否めない。若干ためらいつつノルデに近寄っていくが、ラフロの冷たい視線に及び腰になる。
「ははは、誠意は届いたって。普段の行いに後ろめたさがなければ当たりが引けるさ」
「そうかもしれんが、普段の行いが悪いお前が相殺しそうでかなわん」
「言ってくれるねぇ」
冗談で気を紛らわせるくらいになれば上々だ。今この男にストレスでぶっ倒れてもらっては困る。
「設定完了。時空界面突入するよ。準備いい?」
フロドが告げてくる。
「どこにしたんだい?」
「なんにもないところ。少しでも確率を下げるのが大事でしょ?」
「ありがたい。さすがは女神の使徒だ」
(イグレドに食いついてくれるのがベスト。でも、そうはいかないだろうねぇ。都合が良すぎる)
メギソンはそこまで楽観主義者にはなりきれなかった。
次回『追われるパルサー(2)』 「光学監視、まわせ。いったいなにが……」




