角持つ青年(4)
地質学教授デラ・プリヴェーラは不満を抱きつつも割り当てられた個室に収まっていた。
(色々と言いたいことはあるんだけど、これだけは良いのよね)
立ちあがって壁面に両手を置いて覗きこむ。
視界いっぱいに広がるのは星々の海。モニターではなく実視できている。
縦長の胴体を持つ小型艇イグレドは中央通路から階段を上がったところに縦並びに個室を備えている。それぞれの個室は左右の両舷側に面しており、透明金属窓で直接外が覗ける構造。宇宙線防護にターナブロッカーを循環させ、外部からは窓とはわからない塗装を施されているキャノピーなので遠慮なく眺めていられた。
(ターナ分子も一般的になってきたわよね)
恩恵に預かっている物質に思案を巡らせる。
ターナ分子もアームドスキンと同じくゴート宙区からもたらされた特殊技術の一つ。非常に便利な合成分子だ。
この分子は基本の組成に若干の手を加えることで様々な効果を発揮する。電磁波長の変調を可能とする性質を持っていた。
比較的波長の長い電磁波である電波。変調分子を霧状にしたターナ霧に触れるとさらに低周波領域へと変換されてしまう。
これは電波を用いる観測機器すべてを無効にした。主にはレーダー波。要はターナ霧を纏えば電波レーダーの検知から逃れられるのである。
光の変調組成もある。ただし、こちらは一般的ではない。大量の紫外線は人体に有害であるし、赤外線は宇宙構造物を加熱してしまうので排熱塗料の材料として扱われる程度。
可視光も変調して電波に変換してしまうが、そこに出現するのは不自然な黒いモヤのようなもの。しかも、内側から外部も光学的観測ができないとなると使い物にならなく、光学迷彩技術としては普及していない。
宇宙線を含めた放射線波長を変調するのがターナブロッカー。最も多様化しているのがこの分子組成であろう。
今、デラが遠慮なく外を眺められるのは宇宙から降りそそぐ放射線をターナブロッカーが光に変調してくれているから。なので部屋を暗くするとキャノピーでわずかな発光が見られる。
他にも宇宙服フィットスキンにはジェル状の層が備わっていて宇宙線による健康障害から身体を守ってくれる。対消滅炉の外殻にも注入されていて、中で発生する有害放射線を外に漏らさないし、万が一爆発したときも外部に撒きちらすことなく変換してくれる。
(それまでも似たような効果を持つ機能はあったんだけど、材料が主に金属だから重量がかさんでいたのよね)
彼女がものごころつく頃の宇宙服は薄くとも非常に重かった印象。それから二十年強で軽くて耐衝撃性も高いフィットスキンが一般化している。それもターナブロッカーのお陰だ。
(きれい)
宇宙は様々な顔を見せてくれる。
(あの星系は主星が赤色矮星で光が弱いからこんなに周りが見えやすいのね)
今は目的地に向かう途中。超光速航法の合間の通常空間。迷子にならないようスペースマークとして星系近くに時空間復帰するが、そこが赤色矮星だったのだ。
(昨日の悶着を忘れるにはちょうどいいんだけど……)
意識すると思いだしてしまった。
ラゴラナが整備柱で固定されると多数のマニピュレータが天井から伸びてくる。各所に先端を伸ばすとメンテナンスハッチを開けてチェックをはじめた。コクピットで状態監視をしていたデラは、コンソールパネルで全ての数値が改善されていくのを見て納得せざるを得ない。
(そのあとも面食らわされたし)
渋々コクピットを出た彼女はスパンエレベータでメッシュフロアに降りる。すると、青年ラフロが背中に大剣を背負っていたのだ。見慣れない光景に仰天する。
「ごめんなさい。勘弁してね」
目を丸くしたデラの視線を追ってフロドが言う。
「兄ちゃんはこれが普通なんだ。子供の頃からずっとだから習慣になってて持ってないと落ち着かないんだって。さすがに初対面で帯剣してたら驚かしてしまうし外してもらってたけど」
「剣とはまた古風だね。飾りじゃないんだろう?」
「うん、真剣。修練するくらいしか抜くことないけど、そのときはあんまり近づかないようにね」
ラフロが剣さばきでミスをすることはほとんどないと断言するが、それは周囲が不用意な行動をしないでいる前提のこと。興味本位で急に前に立てば万が一の事故が起こらないとも限らない。
(刃渡りが150cmもあるとか完璧に凶器じゃない。これだから野蛮人は)
差別したくはないが、刃物を持っていないと落ち着かないというのは気がしれない。
気分がくさくさしたデラは気晴らしを求める。が、小さな航宙艇では娯楽など望めない。仕方ないので手っ取り早くさっぱりする方法を選んだ。
(シャワー浴びちゃおっと)
脱衣所でフィットスキンを脱ぐ。準備した新しいものはハンガーに掛け、脱いだものをクリーニングマシンに放りこんだ。
アンダーウェアを上下とも脱いでそれもマシンに投げいれる。一糸まとわぬ姿になった彼女は空きを確認してあったシャワールームのスライドガラス操作パネルをタップして開けた。
「きゃ!」
鉢合わせしたのは2m超えの長躯の青年。
「でっ! だっ! どうして!」
「使っていた」
「ロックしときなさい!」
ラフロは顔を背けることもなく目を細める。
「そうか。習慣がなかったので忘れていた」
「忘れんなー!」
「すまない」
抗議するが、その間も目を逸らせるでもなく対面したまま。デラは両手で胸と股間を隠して眉を怒らせる。
「さっさと出てって!」
「わかった。アンダーウェアだけ取らせてくれ」
「勝手にしなさい!」
シャワールームに逃げこんでスライドガラスを閉めてロック。青年は悠長に身体を拭いてアンダーウェアを身に着けると出ていった。
(なんなの! 慌てるでもなく恥じるでもなく、どうでもいいことみたいに!)
好色な視線を向けられるのは御免だが、まったく興味を持たれないとなると女性としてあまりに癪に障る。気晴らしのつもりが余計に腹が立ってしまった。お湯を熱めにしてブツクサと一人で文句を言う。
「なんなのよ、あの男。他人の裸を見といて悪びれたふうもないとか。少しは嬉しそうにしなさいよ。喜んでほしいわけじゃないけど」
矛盾を孕んだ思いが頭の中で渦巻く。
デラはいつになく荒々しく身体を洗った。
◇ ◇ ◇
打合わせと兼ねて食堂でメギソンと待ちあわせる。自動調理器には結構充実したメニューが並んでいてデラの気分は少し回復した。
「オロニトル星系の第一惑星の探査機事故映像は見た?」
「あー、一瞬だったねぇ。なにが起きてるんだか」
対策を論じようとしているとイグレドクルーの三人もやってくる。めいめいに料理を選ぶと一つしかないテーブルに着く。
「よくもまあ恥ずかしげもなく顔を出せるものね?」
平然としているラフロに皮肉を投げかける。
「……問題があったか?」
「あったもなにも女性の柔肌をしっかり眺めておいて!」
「ちょいちょい、いきなり何事?」
事の経緯を説明すると、ただでさえニヤニヤしていたメギソンは吹きだした。
「乙女のプライドをいたく傷つけられたわけね」
「そうだったのか。すまない」
(そりゃ、見られたのはお互い様だけど意識しなさすぎじゃない?)
青年の身体は筋骨隆々という表現がピッタリ。
(形状的にも個人差レベルで、普通に性交可能……、って何考えてんの、私!)
違う部分も思いだしていた。
「デラお姉さんの身体に欲情しなかったのかい、ラフロくん?」
「ふむ、胸は豊かなほうではないかと思う」
「公表すんなー!」
行儀悪いが大声で羞恥心を誤魔化す。
「好みじゃなかったのかな?」
「他を多くは知らないが、バランスが良くて綺麗だとは思った」
「講評すんなー!」
今回のフィールドワークは前途多難だとデラはうなだれた。
次回『高重力探査行(1)』 (うわ、この子たち、本気?)