さまよう心(1)
「三人が波乗りしてる間に算出シーケンスは作っといたのな」
「頭に『衝撃』が付くのを忘れないでほしいもんだねぇ」
メギソンもさすがに苦言が口をついて出る。短い時間ながら、生きた心地が全くしなかった極限状態を遊びに例えられるのは心外だ。
「そこに拾ってきたデータを放り込むんな」
「せめていじって」
涙が出そうだ。
「それと、今の周辺の星間物質濃度を加えるのな。すると超新星爆発を引き起こした恒星の大きさが出てくるんなー」
「あ、うん。それが大事だもんねぇ……」
「大学のあるメルケーシンの主星『ホリゾント』の8.1倍なんな」
中央公務官大学のある惑星メルケーシンは星間管理局本部が置いてある場所でもある。平均的な惑星系でもあり、比較対象としては使いやすい。星間標準時もメルケーシンの公転および自転速度に合わされている。
「それほど大きくないな」
ジャナンドは露骨にホッとしている。
「これなら万が一のときの災害規模は最悪ってほどじゃない」
「できあがった中性子星の質量はホリゾントとおなじくらい。推定直径は15kmなー」
「まあ、平均的なところか」
スーパーノヴァによって吹き飛ばされた質量が大半を占め、残った恒星核が重力崩壊によって凝縮されたのが中性子星。そのため、わずかな直径の星にとんでもない質量が詰め込まれている。
「平均的なの? 直径15kmで恒星と同じくらいの質量があるとか考えられないよ」
「あー、まあそう感じるかもな」
フロドの感想は常識的なもの。むしろメギソンやジャナンドのそれが異常なのである。
「だって、ホリゾントの直径って145万kmでしょ? メルケーシンと比べても百倍以上なんだよ。それがたった15kmの中に入ってるとか変」
まともな感性にほっこりする。
「それでもね、中性子星ですんでるんだ。光を含めた電磁波でさえ脱出できないブラックホールにまで至ってない。スーパーノヴァによる重力崩壊っていうのはそれほど常識外れの現象って言えるな」
「僕ちゃんたちの意識ってのが最終形態のブラックホールにあるから、中性子星はまだ可愛いほうって思っちゃうんだよねぇ」
「危ないのに変わりなくない?」
これは少年のほうが正しい。学者組二人は認識を改めなくてはならない。
「たしかにな。もし、このガス雲の中に中性子星が残ってたら、速やかな避難を勧めるね、俺でも」
ジャナンドも反省したようだ。
「でも、残念なことに留守宅だねぇ。さっさとここの主人を見つけなくちゃならないのさ」
「見つけてどうするの?」
「ご帰宅願えないか説得したいんだけどどう思う?」
メギソンのしょうもない冗談にフロドは変な顔をしていた。
◇ ◇ ◇
パルサーが確認された惑星からの集約されたデータも届いた。惜しむらくは、すでに周期的電波は確認されておらず、中性子星がどこに行ったかもわからない点。
「まあ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどねぇ」
「どうあっても悪循環しか考えられないからな」
メギソンとジャナンドはカフェテリアで酒の入ったグラスを前に話し込んでいる。こうなってはジタバタしたところで意味はない。
中性子星はランダムにどこかの時空界面動揺点に移動する。つまり、航宙船舶が時空間復帰を行った場所。そういう場所は限られる。
国家が築かれている惑星から規制距離五万km離れた宙域。主に惑星系外軌道側。そうでなければ超光速航法中継点。老いた惑星系や補給に適した大気組成を持つガス惑星近傍。
「なんにせよタッチダウンがくり返される場所だ。次の転移に事欠かない」
「挙げ句にさまよえる中性子星の出来上がりかぁ。過去の事例はどうなってんの?」
「最初は本当に接近した位置にタッチダウンしないと転移は始まらないようだな。わりと近傍に復帰してヒヤリとした事例が大半だ」
ジャナンドはパネルを開く。当然調べたのだろうが、一応は確認してから伝えたいらしい。生真面目さがこんなとこにも表れる。
「二件だな。さんざんさまよって各所で問題を起こしている。人的被害も少なくはない」
「最終的にはどうなったのかねぇ?」
「両方とも不明だ。どこか辺境に跳んで、次の転移が叶わず銀河を出ていったって説が有力だな。どれだけ被害が出るかは運任せになる」
軌道諸元が判明しても、できる対処は退避準備だけ。中性子星を破壊する方法などない。メギソンのジョークではないが説得したくなるのも無理はない。
「超高速自転は高まってるから基本的には銀河中心のブラックホールに引かれていくんだろう。あと、ノルデちゃん曰く転移ごとに質量は減少していくんだから、ある一点を過ぎると内圧で爆散しそうだねぇ」
「場所次第で大被害を出すな」
「それまでに迷惑かけまくりだろうけどさ」
そうなるまでに、過去二例に準じてどこかに旅立ってほしいものだ。それも運任せになるので友人の面目は丸潰れになる。
「なあ、ジャン。降りたほうが良くないか?」
「被害が出るのがわかっているのにか?」
不快感を示す。
「それでもだ。軌道諸元が判明しても被害は出る。どうあっても批判の矛先はお前に向かっちゃうじゃん? ここで降りて恥をかくのと、失敗扱いされて批判の嵐に放り込まれるのとどっちがいい? 僕ちゃんなら前者を選ぶね」
「軌道諸元さえ解れば被害は最小限に抑えられる。それが俺にならできるのに放りだせっていうのか?」
「お前一人なら耐えられるかもしれないねぇ。大学だって擁護してくれる。でも、リミーネはどうなる? ペロシーやパルミーは? 被害国のマスメディアはどこからか嗅ぎつけて崩しに来るぜ?」
友人の妻の名を挙げる。子供の名前も。ジャナンドには双子の娘がいるのだった。
「奴ら、自分じゃなんの対策案も出さないくせに悪者を作りあげるのだけはとびきりの腕を持ってるじゃん」
苦笑いをしている。否定はできないだろう。
「最悪は別れる。俺と無関係の立場になれば攻め口にはならんだろう?」
「なに抜かしてんだ。双子だって可愛い盛りじゃないか。僕ちゃん、お前さんがここにいるのさえどうかしてると思ってんだよぉ?」
「帰ったところでな」
苦笑いを通り越して苦虫を噛み潰した面持ちになる。メギソンは眉をひそめた。
(なんか問題抱えちゃってるのか?)
素振りがなくもなかった。友人は本来遅刻するような人間ではない。
ジャナンドはメルケーシンに家をかまえている。結婚八年目で二十七歳の妻リミーネと五歳の双子の娘ペロシーとパルミーの四人家族だ。
リミーネとの恋愛期間は遊びに誘うのも遠慮したくなるほど熱烈だった。メギソンでさえ少しうらやましくなって結婚願望の尻尾くらいは掴んでいた時期だ。
「冷めたとか言わないよねぇ?」
そんなのは信じられない。
「リミーネを愛してる。でも、彼女はもう俺を愛してはいないかもしれない」
「はぁ? 嘘だろ?」
「顔を合わせば文句を言われる。俺の弁明を聞いてくれる様子もない」
思ったより深刻だった。
「なんて言ってるんだい?」
「もっと家庭を顧みてくれと。フィールドワークから帰ると子供たちが若干よそよそしい。どうしても長くなるから空気が戻るのに時間が掛かる。このままじゃ二人の情操に問題が出てしまいそうだってね」
「なるほど。否定できない理由だねぇ」
生真面目で責任感の強いジャナンドは職務に掛かりきりになりがちだ。それもリーダーとして現地で長期に縛られることが多い。それなりのスパンのデータ分析をするとなれば致し方ないこと。
(ただ、こいつの場合、集中し過ぎなのも否めないんだけどさ)
メギソンはどちらの肩も持てないと感じていた。
次回『さまよう心(2)』 「そいつは逃げだねぇ」




