危険なパルサー(3)
超新星残骸のガス雲はまだ目視可能な衝撃波外殻を備えていた。これは超新星爆発を起こしたときに発生した衝撃波が星間物質を掃き溜めながら拡散し、形成した殻のような星間物質の層。
「まだ若いんな。可視光で観測できるのなー」
ノルデが「若い」と表現したのは爆発からの期間のこと。
「ああ、これだけ高熱なのはそれほど経ってないからだろう。そもそもどこの国も観測してないんだから数十年以内ってとこだ」
「ただ、いつ超新星になったのかわからないと残骸の拡散速度から規模が算出できないんだよねぇ」
「しかし、観測プローブを配置して経過時間を測定してる余裕がない」
経過観察プローブというのは一から数光年くらいの距離を置いて配置する観測機のこと。距離と観測タイミングから、いつ現象が始まったのか計算ができる。
ただし、これを行うにはかなりの設備費用と時間を要する。費用のほうはともかく時間のほうが惜しい。
「サイズはここからでも確認できるのな」
少女は問題にも感じてない様子。
「それだけだと算出は……」
「あとは衝撃波外殻の密度と内部の星間物質量がわかれば、元になった恒星の質量を概算できるんな。そこから生成された中性子星の質量規模を推察すればいいんな」
「そうか。若干の誤差は生じるだろうがそこまで厳密に算出できなくてもいい。軌道諸元を予想できればいいんだからな」
ジャナンドも同意する。
「だが、どうやって衝撃波外殻の密度なんか調べるんだ? 航宙船で突入なんかしたらバラバラに吹き飛ばされるぞ」
「イグレドなら耐えられるとか言わないよねぇ?」
「さすがに無理なんな。でも、軽くて推力もあって頑丈なラゴラナなら可能なのな。もちろんブリガルドもなー」
メギソンはギョッとする。この美少女は彼らに超新星爆発の衝撃波を直接味わえと言っている。生きた心地がしない。
「正気?」
「正気なのなー。計算上は耐えられるんな」
惑星考古学者はあとずさる。フィールドワークに危険は付きものとはいえ、度胸で語れるようなチャレンジではない。
「ラフロ、君はそれでいいの?」
「ノルデが言うのなら問題は起こらない」
「言うよねー。君ならそう言うよねー」
尋ねる相手を間違えた。眉根を寄せたメギソンは友人のほうを見る。ジャナンドは覚悟とともに頷くところだった。
「わかった。その役目、請けよう」
「ジャン、お前なぁ」
いささか呆れる。
「そんな無茶ばかりしてたらリミーネが泣くぞ」
「妻は関係ない。それより、下手すれば数十億の人間の命に関わるかもしれないんだぞ?」
「だから! そういうのはラフロとか僕ちゃんに任せとけばいいんだって」
色々なものが男の頭をよぎる。
「そうはいかない。依頼されたのは俺で、責任を追うべきなのも俺だ。自ら動かなくてどうする」
「わからない奴だねぇ。頑固なのもいいかげんにしなよ?」
「お前こそどうかしてる。誰かに責任をなすりつけろっていうのか?」
生真面目すぎるのもどうかと思う。友人のそういうところは尊敬に値すると思うし、欠点でもあると感じていた。
「喧嘩しちゃ駄目だよ」
フロドが仲裁に入る。
「心配しなくても、兄ちゃんはほんとに無理だと思ったら言うから。ノルデだって無茶はさせないし」
「んー、まあそっか。自分を慕ってる相手を死ぬかもしれない場所に放りこんだりしないよねぇ」
「なにか考えがあると信じるしかない」
友人は乗り気である。
「これで結果が出なきゃ恨むよ?」
「仕方ないんな。失敗したらノルデの大人バージョンを見せてやるのなー」
「マジで!? って、失敗したら僕ちゃん命ないじゃんさー!」
ぷぷぷと笑う美少女にメギソンは食ってかかった。
◇ ◇ ◇
(命知らずだと言われればそうなんだが)
ジャナンドは自分の仕事に誇りを持っている。
数時間掛けて超新星残骸に接近しラゴラナで発進した。今はブリガルドという赤銅色の戦闘用アームドスキンの背後につけて衝撃波に向かっている。
(もし、なにかの間違いで中性子星が妻と子供たちが暮らす惑星を襲ったら?)
胸が締めつけられる。
(仮にそれが俺の妻じゃなくとも、誰かの妻だったり大切な人だったり、かけがえのない家族なのは間違いないんだ。そんな不幸を起こさせてなるものか)
自分の身など投げだしてでもやり遂げなくてはならないことがある。彼はときに、そういう責任の重い職務に殉ずる覚悟を持つべきだと戒めてきた。
「吾の後ろから出るな。これは守れ」
ほとんど声を聞くこともなかった青年が告げてくる。
(少なくとも、この青年は俺と同じ覚悟をしている。まだ若い彼にできることができなくてどうする)
事情は軽く聞いた。だが、死をも怖れないのではないはず。それでは彼の唯一の望みである、少女とともに在ることが叶えられない。
「ゆくぞ」
「ああ!」
「耐えてよ、ラゴラナちゃん!」
目の前に迫る壁は超高熱で膨大な運動エネルギーを有している。人の存在など許されない領域に踏み込もうとしていた。
「ぐっ!」
掲げたターナシールドが大きく揺らぐ。熱せられた星間物質の前に衝撃波が襲ってきたのだ。踏んばる暇もなくジャナンドのラゴラナも衝撃を受けた。
「くおっ!」
「うひゃあ!」
機体が連続する衝撃に叩かれて激震する。
熱に包まれる。ビームコートなど一瞬で蒸発した。シールドの裏からターナブロッカーが発光しているのが見える。猛烈な放射線を浴びているのだ。
排熱物質ターナラジエータが熱を変換してくれているはずだが、シールドの温度は目まぐるしく上昇していく。それどころかラゴラナの装甲表面温度が焦燥を覚えるほどに上がってきた。アラートが男の意識を刺激する。
(死ぬのか?)
なぜか身体が震えた。
(違う。俺が考えるべきことじゃない。あの角を持つ青年は平気で耐えているではないか)
自分の覚悟が試されている気分だ。ここでへばっている場合ではない。データを持ち帰らねばチャレンジに意味はなくなる。
「メギ……ソン……、記録できて……るか?」
「やっ……てるよん」
「あとで照……合す……る。それで……この恐怖は意味……を持つ」
装甲の冷却ジェルがどんどん失われていく。隙間から排出されるガスさえ発光する温度になっていた。
「耐……えろ」
「こんのー!」
友人が柄になく吠える。
急に抵抗が抜けた所為で前にいたメギソン機と衝突する。絡み合うとロールをはじめた。
「生きてるか?」
「なんとかぁ。魂だけ持っていかれた気分だけどさ」
軽い衝撃とともにロールが止められる。横を見るとブリガルドが手を伸ばしてくれていた。息を大きく吸い込みながら気力も取り戻して離れる。
「それは!?」
「計算どおり持ちこたえてくれた」
ブリガルドのターナシールドは表面が溶解をはじめていた。複層蒸着したターナラジエータは蒸散して、冷却ジェルでぎりぎり耐えたようだ。
「そんな状態でよくも逃げださなかったものだな」
先頭にいたからこその結果である。
「ノルデの計算は間違いない。吾には欠片の不安もなかった」
「そうなのかもしれないが……」
「このくらいは序の口さ、ジャン。彼らと付き合ってると次々と奇跡を目の当たりにすることになるからねぇ」
メギソンの口調にはあきらめの色が濃い。
三機がそれぞれの姿勢で流されるままになっていると前方に時空間復帰の泡が生じる。イグレドが短い超光速航法で回収に来てくれたのだ。
「起きてるのな? 早く戻るんなー」
「まいるね。この天使は人使いが荒くてさ」
(もしかしたら本当に命懸けの任務になるかもな。すまん、リミーネ)
最近は怒った顔しか見せてくれなくなった妻にジャナンドは詫びた。
次回『さまよう心(1)』 「冷めたとか言わないよねぇ?」




