危険なパルサー(2)
規則性のある電磁波放射は人の存在を匂わせる。古来より陥りがちな罠なのだが、最も引っ掛かりやすいのがパルサーという天体である。
パルサーはその名のとおりパルス状の各種電磁波を放射する。そのほとんどが中性子星である。
中性子星がパルス状電磁波を放出しているのではない。生成上、超高速の自転速度を有する中性子星の発する電磁波ジェットを一方向から観測すればパルス状になっているだけである。
「へぇ、パルサーっていうのはそういう仕組だったんだ」
メギソンの説明にフロドが感心する。
「人間の夢見がちなところが思わせるのさ。人為的に思える電磁波を観測すると、そこにも人間がいるんじゃないかってね。迷ってるときに遠くに明かりが見えると、つい引き寄せられてしまうだろう?」
「わかるわかる」
「迷ってた輸送船はそれを引いちゃった。けど、ただのパルサーじゃそこに人はいないんだよねぇ」
パルサーの存在は知っていたものの、構造に関してはまだ学んでいないそうだ。操舵士の資格を取るうえで軽く触れる程度の知識である。ライセンス講義でそこまで専門的な知識は教えられない。
航宙資格関連は当然一般化していて超光速航法が常識では、わざわざ危険な宙域にまで足を運ぶ必要はない。人の生活している場所を行き来するだけで人生を終える航宙士が大半を占めている。
「でも、パルサーになったってことは超新星爆発を経由してるんだよね? そこに寿命を終えた惑星系があるってわかってなかったの?」
一般人としては然るべき疑問。
「近くに可住惑星のない辺境だったってのが一因なんだ」
「ああ、観測する人がいなかった所為なんだね」
「そう。君も五百光年を一瞬で飛ぶことはできるんだろうが、光を含めた電磁波はその距離を飛ぶのに五百年掛かる。その中性子星のスーパーノヴァはまだ観測されていなかったってだけの話なんだよ」
ジャナンドがメギソンの説明のあとを引き取る。彼の友人は話の噛み砕き方が上手くて少年にもわかりやすい。この友人が家庭を持っているお陰なのかもしれない。
「迷って行っちゃった人はどうなったの?」
報告したということは生きているのだろう。
「飛んだ先は超新星の残骸のガス雲の中。思いっきり揺さぶられた所為で最初はわけがわからなかったんだとさ」
「だよね。そういうとこ、少ないもん」
「で、調べた結果、自分たちが突っ込んだのは惑星系の成れの果てだって気づいた。パルスの発信源は中性子星だったんだとね」
落胆したという。
「ところが、それだけじゃ話が済まなかったんだ」
「え、なにが起こったの?」
「ガス雲からの脱出に数日掛けて自分の位置をようやく確認したころにはパルスを観測できなくなってた」
位置がずれた所為ではなく、ノイズレベル以上のパルスをまったく捉えられなかったらしい。彼らは慌てた。
「つまり、中性子星が突然消えたってこと。そんな怪奇現象に遭遇したらビビり散らしちゃうじゃん?」
メギソンが茶化すとフロドが笑う。
「泡を食った輸送船クルーは速攻で逃げだして星間管理局に報告した」
「仕方ないよ」
「ところが、彼らはこっぴどく叱られる羽目になっちゃったんだよねぇ」
少年は頭をかしげる。
「どうして?」
「中性子星が消えた原因が彼らだからさ」
「消しちゃったの? すごくない?」
とてつもない質量を持つ天体の一種である。そんなものを消し飛ばすような兵器は表向き存在しない。
「お馬鹿さんなんなー」
ノルデは輸送船クルーに呆れ顔。
「消えるに決まってるのな」
「え、そうなの?」
「フロドも習ったはずなのなー」
美少女は少年を促す。
「あ! パルサー近くに時空間復帰するのは厳禁だった! それ絡みでパルサーの説明があったの思いだしたよ」
「それさ。パルサーの近傍にタッチダウンしてはいけない。面倒なことが起こるから」
「時空界面外の高次空間は中性子星クラスの高質量を取り込む性質があるんな。それは膨張で希薄になる空間エネルギーを補填するための現象だと考えられているのな」
流暢に説明するノルデをメギソンは唖然として見る。それはジャナンドも同然で、目を丸くしていた。
「それは……、本当なのかい?」
友人の声は震えている。
「推測なのな。でも、観測結果がそれを裏付けてるんなー」
「危険行為だから禁じられているのは事実。しかし、消えてしまう理論は証明されていない」
「中性子星の近くで時空動揺を起こすと高次空間に飲まれるんな。時空界面突入と同じ状態なのな」
パルサーは通常空間から消失する。
「高次空間で中性子星の時空物質と時空外媒質は対消滅を起こすんな。それで空間エネルギーが放出されるのなー」
「高次空間はそれを欲してるのだな。では、中性子星は食い尽くされてしまうのか?」
「対消滅は中性子星にもエネルギーを与えるんな。スピンが加速して時空界面に影響を及ぼすほどになるのなー」
本来、減衰するはずの中性子星の活動が増幅される。それが意外な結果を生みだすという。
「どこかの界面動揺に引かれるんな。そこで時空間復帰するのなー」
二つの状態が合わさって起こる現象。
「それをどうやって証明したと?」
「復帰後の中性子星は質量を失ってるんな。増してるのは運動エネルギーだけなのなー」
「中性子星みたいな天体の高質量を正確に観測する技術があるというのだな?」
ジャナンドは驚愕している。
「噂には聞いていたが我々より遥かに進んだ技術を持っているとは」
「この美少女ちゃんが桁外れの存在だってのは理解してもらえたみたいだねぇ」
「崇めるといいのなー」
ノルデが胸を張る。それが単なるポーズなのはメギソンもよく知っている。
「理論が判明したのは大きい」
ジャナンドは頭を掻く。
「大きいが、それで問題が解決するわけじゃない。過去の事例と照らし合わせると、一度転移した中性子星は放浪をはじめてしまう」
「超高速自転の所為で重力影響を受けやすくなってしまうんな」
「そいつが大問題なんだ」
友人の面持ちは深刻である。
「どうも転移先らしい情報も入ってる。突如として発信されたパルスを拾った国が管理局に報告してきた。滅多なことで惑星系内まで侵入してくることはないと思うが……」
「重力影響を受けやすいとなるとな」
「マズいことに表層まで表れた流動性で中性子ドリップまで観測されてる。もし、近傍を通過でもしようものなら社会は大混乱するし人体にも影響が出てしまうかもしれん」
高い線量の中性子線は電子部品を破壊する。現代社会構造さえも破壊しかねない。それどころか人体の中の水素にまで影響をもたらし、重大な障害を与えてしまう。
「だからとにもかくにも、さまよいはじめた中性子星の軌道諸元を突きとめなければならん」
それが友人に課された依頼だ。
「万が一のときは素早く警告しないととんでもないことが起こる。できるだけ速やかに調べたいから協力をお願いしたい」
「そうは言われても、全部又聞きの情報ばかりじゃねぇ」
「いくらなんでもデータが少なすぎるんなー」
ゼムナの遺志にも限界があるらしい。
「まずは始点に案内するんな。規模がわからないと計算もできないのな」
「わかった。このポイントに向かってくれ」
「ちょっと距離あるね。やっと出港許可下りたから行こっか」
(こいつは思ったより責任重大だぞ。この前みたいにデラ女史に合わせて茶々入れてたら物事が進むってわけにはいきそうにないねぇ)
メギソンはちょっと真面目に取り組まないといけないと感じていた。
次回『危険なパルサー(3)』 「計算上は耐えられるんな」




