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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
さまよえる星のラプソディ
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危険なパルサー(1)

「もったいないよねぇ」

 黒髪を撫でまわす。

「成長すれば絶世の美女になるのは間違いないのに、これ以上成長しないんだもんね」

「ノルデの勝手なんな。便宜的な形でしかないんなー」

「それはわかってるけど、男心ってもんなんだよぉ?」

 理解を求める。

「メギソンの雄心(おすごころ)に配慮する必要はないのんな」

「雄心はやめてよ、雄心は」


 彼、メギソン・ポイハッサは宙区支部でイグレドと合流していた。一部宙区では神とも崇められる美少女だが、彼の中では人間同様の存在である。親愛の情を示すつもりでいじっている。


「寂しいじゃん。今回はデラ女史はいないんだからさぁ」

 彼女の合流予定はない。

「地質学の出番はないんなー。それに三週間前まで一緒だったんな」

「え、そうなの?」

「もう一緒したがらないかもしれないのな。ちょっとした恐怖体験だしなー」

 初耳だった。

「恐怖体験って」

「アームドスキンより大きい虫と遊んでたんな」

「それはちょっとトラウマレベルかもねぇ」


 一般的な女性なら一も二もなく逃げだすような話である。ただし、フィールドワーク中のデラならば研究者の顔で対処するかもしれない。


「ということは、もう一人も男性なのな?」

 メギソンの旧知の相手だ。

「そう、男」

「仲いいの?」

「わりとね、フロドくん。分野も近いからさ」

 少し年上だがプライベートでも会うくらいの友人である。

「ノルデ以外男ばっかりになっちゃうね?」

「だろぉ? ノルデちゃんは違う意味の花だからさ」

「ラフロが抜く前にやめとくんなー」


 彼女も冗談のつもりで言っている。いくら信奉する少女だとて、無礼を口にしただけで斬ったりはしないだろう。そもそも怒りを覚えたりもしない。


(簡単に治るたぐいの病気でもないしさ)

 青年は無表情でただ話を聞いているだけ。


 そうこうしているうちに約束の時間を少しオーバーして今回の相方がやってくる。無精髭をこすりながら難しい顔をしているので年齢より老けて見えるが、まだ三十一歳なのだ。


「いよぅ、ジャン。お前が遅刻とは珍しいな?」

 声を掛けるとこちらに気づく。

「悪い、メギソン。私用を片づけてたら予定してた便に乗れなくてな。別便に無理言って乗り合わさせてもらったんだ」

「まあ、色々あるんだろうさ。まずは紹介しよう。こっちの超絶美少女がノルデちゃんで……」


 イグレドのメンバーを順に紹介する。ラフロとフロドの角に気づくとさすがに目を瞬かせるが、すぐに砕けた笑顔になる。今どき、差別主義者などどこの社会でも受けいれてもらえない。


「で、こいつが今回のメインになる恒星進化学教授のジャナンド・ベスラ」

「よろしく頼む。ジャンと呼んでくれ」

 若干緊張しているのか口調は固い。

「ゆったりとしたスペースはないけど設備は揃えてあるんな。要望があれば聞くといいのんなー」

「果たして使えるかどうかはわからないが俺のラゴラナも持ってきてある。メンテをお願いしてもいいかな」

「任せるんな」


 恒星進化学は天文の中でもそれほどメジャーなジャンルではなくとも重要視はされる。恒星、つまり惑星系の主星の状態は可住惑星にダイレクトに影響するからだ。

 移民黎明期など、突如とした主星の変貌で大災害になったり脱出を余儀なくされることもままあった。変化を予測し対策する時間を作れるようになったのは恒星進化学の成果である。


「じゃ、打ち合わせを兼ねてそのへんの店で腹ごしらえと行くかねぇ」

 ロビーの向こうのカフェ群を示す。

「すまん。あまり他人の耳に入れていい話じゃない。可能なかぎり内密な調査を依頼されてる」

「うん? そんなに珍しい代物でもないだろ?」

「対象はな。問題は別のところにある」


 今回のターゲットはメギソンの専攻とも深く関係している。なので、どういった物かはよく知っているのだが。


「しゃーないな。それなら早々にお邪魔しようかねぇ」

 小型艇への移動を提案する。

「そうしてくれると助かる」

「なんてことはないさ。いいよね、ノルデちゃん?」

「問題ないのんな。なんなら、航行しながら話を聞くんな」


 少女を先頭に桟橋(ピア)へと足を向ける。アームドスキンはもう運ばれているはずだ。


「どうぞ」

「すまん」

 フロドが飲み物を配って歩く。


 場所は変わってイグレドのカフェテリア。時空間復帰(タッチダウン)の予定が立て込んでいて出港が止められた。仕方ないので先に打合わせを済ませることにする。


「探すのは中性子星なんだろ?」

 メギソンが本題を振る。

「ああ、それそのものはお前の言うとおり珍しい物じゃない。接近するのはたしかに危険だが、中性子線は転移フィールドでも力場盾(リフレクタ)でも防護できる」

「それならイグレドのアームドスキンでも、もちろんラゴラナでも心配ないじゃん」

「大丈夫なのか? ブラックホールほどじゃないが、かなり強い重力圏を持ってるぞ?」

 ジャナンドが危惧するのも仕方ないだろう。

「聞いて驚け、これに積んであるアームドスキンも重力波(グラビティ)フィン搭載機だぜ」

「本当か? それなら心配無用だが」

「それどころかイグレド自体が重力波フィン推進ときてる」


 これには同輩も目をむいた。最先端を行く船舶とお目にかかれるとは思ってなかったのだろう。


「冗談……、を言っても無駄だな。中央(セントラル)公務官(オフィサーズ)大学(カレッジ)の研究船にだってまだ搭載されてないってのに」

 製造が間に合っていない。

「どうしても(G)(F)星間(G)平和維(P)持軍(F)が先になるからねぇ。学長殿はどうにかして引っ張ってくるって豪語してたが、いつのことになるのやら」

「ま、そういうのは弁が立つ上の人に任せておこう」

「そうそう。運のいいことに、僕ちゃんたちにはイグレドにコネクションがあるからさ」


 拳を合わせる。気のおけない相手との共同ミッションは気楽でいい。


「で、探すってのはどういうことなんだ?」

 本題に入る。

「文字どおり見つけなきゃならん。今どこにあるんだか不明だ」

「中性子星が? 悪い冗談にしか聞こえないんだけどさ」

「冗談で済ませたいのは俺もやまやまだ。が、事実は変わらんからな」

 概要は聞いていたのだが、珍妙な話である。


 中性子星の成り立ちにはいくつかのパターンもあるが、オーソドックスなところでは恒星の燃えカスというのがわかりやすい表現だ。その生涯をまっとうした星の最終形態。その一つが中性子星である。


 質量が少なめの恒星が燃料となるガスを燃やし尽くす寸前には爆発的な燃焼が起こって赤色巨星になる。燃焼がさらに進むと最終的には白色矮星となって終わる。


 質量が一定以上になると恒星中心付近での核融合反応は超高圧条件下での、より重い物質へのものに変化していく。それが限界を迎えると縮退圧により超新星爆発(スーパーノヴァ)を引き起こす。

 その果てに生まれるのがブラックホールなのだが、これはかなり質量を持つ恒星の話。一定レベル以上の質量を持つものの、ブラックホールまでいかない恒星が手前の重力圏を持つ中性子星となるのだ。


「相手は星だ。ちょっとお散歩にってわけにはいかないじゃん」

 簡単に移動するものではない。

「そうなんだが、困ったことに出掛けてしまったんだな。そのうち帰ってくるだろうってかまえてたらなにが起きるかわからないだろう? だから見つけにいかなきゃならん」

「笑い事じゃないねぇ。なにがどうしてそうなったのか教えてちょ」

「事の起こりはもう半年前になる。超光速航法(フィールドドライブ)の設定をミスって辺境に迷い込んだ輸送船が不審な信号をキャッチしたんだ。クルーはすがる思いで出元に向けてもう一回時空界面突入(ブレイクイン)した。ところが、信号と思った発信源はパルサーだったんだ」


 それはメギソンなら間違いもしない誤解を元にしていた。

次回『危険なパルサー(2)』 「迷って行っちゃった人はどうなったの?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ”藁の中から針を探す”ってレベルじゃあ無いな!?
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