緑色の秘密(4)
巨体に比して逆三角形の頭は小さい。上側の二つの角には目が配されており、こちらを凝視している。それは獲物を狙う目だ。
「あのサイズのトンボを見たときにまさかとは思ったが」
ラフロの声は落ち着きはらっている。
「ちょ……! いや! いくらなんでも大き……!」
「か……、カマキリだー!」
「でかすぎよ!」
頭頂までの高さが30m近くはありそうだ。アームドスキンよりはるかに大きい。
他の虫に比べれば華奢に見える。全体に細いイメージがあるが凶悪さはひとしお。特に胸元にかまえた長大な鎌が鈍く光ってすさまじい威圧感を放っている。
「ザササササ」
妙に軽い足音を立てて近づいてくる。
「く!」
「気をつけろ!」
修羅場をくぐってきた軍事会社のパイロットはすかさずブレードをかまえる。だが、ヒュンと風切り音がしたかと思うと左肩から先がない。あっという間にカマキリに奪われていた。
「本当に斬れる鎌だ」
「早く言って!」
「巨木を刎ねたのだ」
予想して然るべきだと青年は主張する。
アームドスキンの腕にかじりついたカマキリは硬いとわかると投げ捨てる。頭がグリンと動いて次の獲物を探し求めた。
「ヤバい! 速いぞ!」
「隊列を組め!」
ブレードを突きだして並ぶが、機敏な動作に圧倒されて大破していく。カマキリの足元には投げ捨てられたアームドスキンのパーツが増えていく。
「下がれ。吾でなければ相手になるまい」
「ラフロ君に任せたまえ」
昆虫の中で最強のハンターの名は伊達ではない。まったく歯が立たないと覚ったパイロットたちは退く。代わりに赤銅色のアームドスキンがカマキリの鎌にも勝る長さのブレードをかまえて前に出る。
「相手願おう」
カマキリは上体をゆらゆらとさせて応じる構え。
目にも留まらぬ速さで繰りだされた鎌がターナシールドの表面を削る。弾いたブリガルドは踏みこんで下段から逆袈裟に剣閃を刻む。しかし、その切っ先は機敏に上体反らししたカマキリにかすりもしない。
(まるでブレードが当たれば斬れるのがわかってるみたいに)
本能のなせる技だろうか。
巨大カマキリは両手による連撃を繰りだして湖畔のラフロを水際へと追い詰めていく。水中に没して足さばきが鈍るほどに有利になると覚っているかのごとく。
対する青年も負けてはいない。重い腹部はあまり動かせないとわかると狙っていく。体重を支える中脚と後脚は剣の軌道からは逃げるが腹部には浅く切り傷を作る。
「兄ちゃん、他のことは心配しなくていいから全力で!」
「承知」
前かがみになったカマキリが鎌の先を高速で突きだしブリガルドを挟み込もうと狙う。ラフロはシールドでいなし、ステップと上体さばきですり抜けてさらに踏み込もうとする。
鎌の爪が湖畔をえぐり、つま先立ちとなったアームドスキンが小石を散らす。瞬時に行われる攻防は素人の認識を超える。互いに上体を揺らしつつの優勢の奪い合いになった。
(あのラフロがこれほど手こずるなんて)
彼抜きで挑んでいたら今頃は全滅の憂き目にあっていたことだろう。
目にも留まらぬ鎌の攻撃をシールドの表面が「ギギィ!」と鳴くことで知る。一撃を強引に逸らしたブリガルドはそのままスピンして懐に入り斬撃を放った。カマキリは胸の中央を斜めに斬られ体液をにじませる。
「よし、そのまま押し込んで!」
「もう一息!」
フロドと一緒に応援する。
しかし、懐は危険地帯。もう一方の鎌の先が後ろから左肩を襲う。咄嗟にかがむがショルダーガードの上を大きく削られた。
それでもラフロは怯まない。さらに大きく踏み込んで腹部の付け根を狙う。ブレードの切っ先が地面をこすり、柔らかそうな腹へと迫る。
「そこ!」
「決まれ!」
振り抜いたブレードに汚れはない。信じられないことに、巨体を跳ねさせたカマキリが後ろの巨木の幹にしがみついている。そこから上体をねじって両腕の鎌をブリガルドに向けて振りおろした。
「ああっ!」
「兄ちゃん!」
ラフロは頭上にかかげたシールドで挟まれるのを防いでいる。エッジが「ギシギシ」と嫌な音を立てていた。
「ふん!」
気合いの一閃が頭の近くを通り過ぎるとカマキリは放して引きさがる。青年も足を滑らせて間合いを取った。
カマキリが背中の翅を広げるのとブリガルドが重力波フィンを展開するのは同時。浮いた巨体が覆いかぶさろうとし、ブリガルドは地面をこするようにひねりながら抜けた。
「ひっ!」
「上手い!」
つい顔を背けていたデラはフロドの声で脱出を知る。
背後にまわったブリガルドへカマキリが右の鎌を振る。それを予想していた青年はシールドで上に逸らした。
ラフロの渾身の一撃が中脚と後脚を半ばから断つ。バランスを崩したカマキリは翅を広げて飛んで逃げようとした。しかし、それは致命的な隙。ジャンプしたブリガルドがかすめて通りすぎる。
「え?」
ワンテンポ遅れて逆三角形の頭が落ちてくる。湖畔に鈍い音を立てて転がった。つづいて傾いだ胴体が重い音とともに倒れる。
「いよーし、ぶった切ってやったぜ!」
「すごい! 本物の剣士よ!」
場は歓喜に包まれる。
「あれだけの体重を支えて機敏に動く体構造。これを持ち帰れば素晴らしい発明が必ず生まれるわ」
「それだけではない。その外骨格を動かすのが可能な筋肉組成。これは人類に革新を促す成果になるぞ」
「喜ばしいのは結構だが、まずは彼に感謝したまえ。助かったよ、ラフロ君」
ブリガルドはカマキリの健闘を称えるように転がる頭を見ている。
「やったわね、ラフロ。あいかわらず見事だったわ」
「倒せねば吾は剣で在られぬ」
(ん? こんな怪物じみたカマキリに勝ったっていうのに? まるでもっと強い敵を知ってるみたいに言うのね)
青年の背中が物語るものが、デラにはまだわからなかった。
◇ ◇ ◇
惑星ワリドントの調査から一ヶ月が経過していた。ラフロたちは今頃どうしているのかと時々思いだす。
(別れ際は調査の成功にあれだけ盛り上がっていたのに、こっそりノルデが意地悪な笑いをしていたのが気になってるのよね)
デラはなぜか引っかかっている。
彼女の研究室のコンソールが呼び出し音を奏でた。相手はパイ・モーガン博士だったので慌てて応答する。
「はい、なんです?」
なにか困るようなことでも起きたのだろうか? それとも、またイグレド担当として彼女を呼びだすつもりだろうか? 後者は少し期待している自分がいる。
「ワリドント調査の結果を知らせておこうと思ってね」
博士はそう切りだす。
「あ、それですか」
「別件だと思ったのかね?」
「いえ、そんなことは」
モーガンは口元に微笑を浮かべている。
「ともあれ、まずはターリンゼン機動社の検証結果だ。巨大昆虫の筋肉組織を入念に調べたようだが、使い物にならなかったようだね。あの組織は高濃度の酸素を与えなければ維持できないらしい。それでは人工的に再現してもコストと見合わないと断念したようだ」
「失敗ですか」
「モストゴーメカトロニクスも構造は再現できたものの、摩耗が激しくて採用は困難だという。あれは新陳代謝が活発な昆虫だからこそ成り立っているらしい」
(ノルデのあの顔、結果がわかっていて黙っていたのね。面白がってたんだわ)
「残念です」
表情を取りつくろう。
「本心ではなかろう?」
「なんのことでしょう?」
「君の持ち帰った水素バクテリア、細菌学科が言い値で欲しがったそうではないか」
「耳がよろしいんですのね?」
行っただけの価値はあった。
「まあ、良しとしようではないか。この一件でドミニクとエーハムの仲違いは解消されたのだから」
「一番の成果ではありませんか?」
(とんでもない対舞曲だったけれど、丸く収まったんだもの。十分ではないかしら)
デラは穏やかな笑顔をモーガンに向けた。
次は「さまよえる星のラプソディ」『危険なパルサー(1)』 「それはわかってるけど、男心ってもんなんだよぉ?」




