緑色の秘密(3)
「ちゃんと見てろよ、間抜け」
「うるさい。でも、感謝はしてる」
巨大蜂の攻撃は続いているが撃退も弾みが付いてきている。自身が属するグループだけではなく、隣接するグループの対処にまで目配りできるほど。
それもドミニク軍事システムズの男がエーハムマーセナリーズの女を助けられるほどに。第一次調査のときのいざこざが嘘のようだ。
「お返しよ」
「お、悪いな。助かる」
今度は僚機の背中に張りついた蜂を退治してもらい借りを返す。持ちつ持たれつの関係が出来上がりつつあった。
(いい感じ。これなら今回は成功しそう)
デラは安堵を感じていた。
仲間が大きく減じてくると巨大蜂も相手が悪いと感じたのか撤退していく。羽音が樹間を縫って去っていった。
「よーし! 仕返ししてやったぜ!」
「あんたの仇は討ったよ、ナーナ」
戦死した仲間への弔いも口にする。
数が多かっただけに何機か小破しているようだが戦闘不能機はゼロ。極めて大きな進歩であった。
「よろしい。では、調査を続行する」
「おっと、蜂をとっちめるのが任務じゃなかったぜ」
本旨を忘れている。
「勘弁しなさい。これからが本番なのよ」
「すまんすまん」
「許してやりたまえ、デラ君。彼らも胸のつかえが下りたのだろう」
モーガンの執り成しで空気が軽くなる。ポイントに向けての移動を再開した。
「案外距離ありましたね?」
大きなトラブルもなく結構な距離を踏破した。
「迂闊に飛べず歩くしかない状況ではね。しかし、あの拓けた場所がポイントのはずなのだが」
「例の湖ですよね」
「うむ、不思議なことにね」
モーガンが目標地点とした場所には湖があった。なぜかそこを中心に樹高がかなり上がっている。そういうポイントがワリドントにはいくつか存在した。
「上空から見るかぎり普通の湖に見えたのだがね」
森を抜けて湖畔に出る。
「ええ、周囲に特殊なガス等の反応はありません。強いていえば酸素濃度が若干高めになっています」
「ここから見ても緑色だ。緑藻類が活発な光合成をしているのではないかね」
「はい、普通に考えれば……」
しかし、デラの目は異常を捉える。最初は錯覚なのかと思ったが、目を細めても状態は変わらない。彼女はそれを凝視する。
「変。湖水にまったく濁りがない」
非常に澄んだ水だった。
「グリーンウォーター化はしていないようだね。全体に浅いから水草がはびこっているのだろう。湖底にも藍藻の仲間が張りついている」
「違います、モーガン博士。これはおかしい」
「む?」
透き通った湖底が遠くまで見える。なのに数多くいるはずの生物が見当たらない。水場には様々な種の節足類や水棲の幼虫などが生息しているはず。
そこら中から小さな泡が浮き上がってきている。それなのに湖底には気泡をつける苔の仲間が生えているように見えない。光合成による泡ではなさそうだ。
(この泡の出方をよく知ってる。これは化学反応のそれに近い)
鉱物がなんらかの薬品と反応して出てくるときの泡に似ているのだ。
「湖水には触れないでください。調べます」
「任せよう。存分に調べてくれたまえ」
反重力端子を利かせて湖の上に浮く。ラフロがブリガルドで随伴してくれた。警戒は彼に任せる。
(溶けたりしないかしら)
ラゴラナを水面に正対させて指を伸ばす。水に触れても音を立てたり泡をまとったりしない。
(普通の淡水。だったら、これはなに?)
測定結果を読む。
湖水へと手を差し入れる。湖底を指で掻くが剥がれてきたりしない。緑色は苔ではなかった。湖底自体が緑色をしている。
(嘘。まさか……)
岩石の一つを掴み、引き上げた。
「ありがとう、ラフロ。一度戻るわ」
「承知した」
(予想が正しければ、これはれっきとした私の領分)
岩石を湖畔に置く。
「斬ってくれる?」
「了解だ」
青年はブレードの一振りで岩石をきれいに真っ二つにする。驚いたことに下の石には傷一つ付いていない。
岩石の断面は多少のまだらはあるが銀色。かなり含有率が高そうに見える。通常では考えられないレベルだろう。
「これはなんだね」
モーガンが覗き込む。
「チタン鉱石です、不純物が相当少なめの」
「チタン? そんなに希少な金属ではないが、純度の高いものは珍しいのだね?」
「はい、私でも初めて見るレベルです」
ギラギラと輝く断面に成分検査光を投射する。デラが想像したとおりの結果が出た。
「しかし、表面は緑色をしているが」
そこがミソである。
「酸化膜です。チタンの酸化膜はその厚さによって色を変えますが、これはそれなりの厚さを持っていて緑色に見えているんです」
「なるほど」
「そして、酸化チタンは光触媒物質でもあるんです」
要となる事実であった。
「光触媒? では、水を分解していると? あの泡は水素なのかね」
「げ!」
ターリンゼン機動社のボーゼが奇声を発する。気泡が水素ならば危険地帯である。酸素濃度が高いこの惑星では大爆発の危険性が高い。
「いえ、あれは酸素でしょう」
周辺の空気分析からそれを見越している。
「妙な話だ。水は水素と酸素からできている。あれが酸素なら水素はどこに行ったんだね?」
「それを今から調べます。なんとなく予想はできているんですが」
「ほう、では待とう」
今度は湖水のほうだ。透明容器に採取して拡大していく。
「ラフロ、ハイパーネットに繋げられる?」
「リンクで繋がるようになっている」
感謝を告げて相乗りさせてもらう。
「います。水素バクテリアです」
「水素バクテリアかね」
「類似種が他の惑星で見つかっていますね」
マイクロスコープ画像をモーガンやラフロたちに送る。
「水素を活動エネルギーにするタイプのバクテリアです。本来はこんな浅い場所にはいないのですが特異な種だと思われます」
「よく知っていたね」
「地層にはその時期の微生物も大きな影響を与えていたりするのでそれなりに勉強してます。おそらく、この環境に合わせて進化したのでしょう」
デラの予想では、ここは元からチタン鉱床が表層近くまで伸びている場所だった。スコールに叩かれて侵食され、いつしか鉱石の一部が露出するようになる。チタンの表面が酸化し、雨水も溜まってくる。そこへ主星の光が降り注ぎ光触媒の効果で水が分解されるようになった。
当初は苔なども生えていたのだろうが、水素イオンの影響で湖水は強めの酸性に傾くようになる。すると植物さえも住めなくなった。そこへ入ってきたのが水素を利用できるバクテリア。環境に適合した進化をたどり、水素のみをバクテリアが利用して酸素が放出される湖になったのである。
「つまり、ワリドントに点在するこのタイプの湖が原因だと言いたいのだね?」
「そうです」
さすがにモーガンは理解が早い。
「湖水から発生した酸素が植物を活性化させる。巨大化して、さらに盛んに光合成を行ったんだろうね。酸素濃度はどんどんと上がっていく。それにつれて地上進出を果たしていた昆虫も大型化した。巨大昆虫の惑星の出来上がりというわけだ」
「おそらくは」
「正解だろうね。私の頭脳もその答えを導きだしている」
酸素濃度の加速は最初の予想どおり植物相の働き。しかし、その原因を作ったのは彼女の専門の地質の働きということになる。
(来た意味あったわ。あやうく、ただの仲介役で終わるとこだった)
最後の最後で救われて胸を撫でおろす。
「ザシュッ!」
その音が喜びを吹き払う。
200m超えの巨木の幹が斜めに滑り、大地に突き立ってゆっくりと倒れる。空いた隙間から三角形の頭が覗き、こちらを睨んできた。
(嘘……、あんなのまで)
デラは背筋を凍らせた。
次回『緑色の秘密(4)』 「相手願おう」




