緑色の秘密(2)
「あんな馬鹿でかいトンボでも仕留めてやったぜ」
「大袈裟よね。襲ってこないタイプなんだから簡単な相手だったじゃない」
巨大トンボとの戦いは気を良くさせたようだ。それを諌める声があがるのも悪くはない傾向。軽く見たり意気込んだりしなければ警戒は緩まない。デラもひと心地つく。
「比較的安定してきたかしら」
「二回目というのもあろう」
「驚かされるのも脅威を感じるのも慣れてくるものなのかな?」
そう言うフロドは最初から落ち着いている。
立て続けに単体の大型昆虫とも遭遇するが、集団の利を活かして撃破していく。サンプル採取が順調な企業の代表も機嫌が良い。
「追われているか」
ラフロが背後を窺う。
「またゴミムシ?」
「いや、軽い。だが数は多そうだ」
「うー、不気味」
青年が最後尾に移動する。
「死骸漁りも種類が多い。狙うのが死骸だけとは限らない場合もあるから気をつけたまえ」
「モーガン博士、そういうのは現実になるんでちょっと……」
「おっと、口が滑ったかね」
(なにが来るの?)
バックウインドウを拡大して正面に。
背を向けて器用に後退しているブリガルド。その向こうから小さめの黒い影がチラホラと見えはじめる。その数が異常になってくると腰から震えが上がってくる。生理的嫌悪感さえ覚えた。
「蟻ぃー!」
悲鳴になる。
「なんだって!?」
「げ、いつの間にあんなに!」
「総員、迎撃!」
蟻の体長は2〜3mに過ぎないが無数に這い寄ってくる。頑強そうな顎をキチキチと鳴らしながら。おまけに複眼の間を埋めるように、眉間に鋭利な棘を生やしていた。
「ふむ、あの棘で外敵を撃退したりするのだろうか?」
「そういう疑問はあとで解消しませんか!」
デラはターナシールドをかざして後退り。フロドのアスガルドがラゴラナ二機の前に立ちはだかってくれる。ブリガルドが背中からブレードグリップを抜いて長大な力場の剣身を伸長させた。
「ちっ、面の皮が厚くて効きやしねえ」
「皮じゃなくて、こいつらの骨だっての」
這い寄ってきた蟻が「ジュッ!」と音をたてる。対物レーザーの直撃に、足を止めて前脚で頭を擦っているが致命的なダメージを負っているふうはない。キチキチという歯ぎしりが余計に大きくなっただけ。
「くっそ、ビームで薙ぎ払ってやりたいぜ」
「ご法度よ。切り刻むしかないの」
数の暴力に気圧されているもののパニックにはなっていない。申請企業の代表を乗せたアームドスキンがデラたちに合流してきた。それ以外は前方に展開している。
「ブレードで引っ掛けりゃそれまでだ」
「落ち着いて一匹一匹始末するんだよ。そのうち敵わないって逃げてくはず」
着実に退治していく。
「なんだ? アラーム出やがった。マジか!」
「気をつけろ! こいつら、ケツに針隠し持ってやがんぞ!」
「たからせるな。振り払って斬れ」
顎や棘のほうはアームドスキンの装甲にダメージを与えるほどではないが、お尻の針は関節の隙間などから忍び入ってくる。電装系などに軽微な損傷を被らせるらしい。
「無理そう。抜けてくるから気をつけて」
「ありがとう、フロド。二機は下がって。シールドもないし防護も甘めなんだから」
ラゴラナは厳環境仕様なだけ関節等の防護も強固になっている。が、ボーゼやダイアナが乗っている戦闘用アームドスキンは駆動性を高めるために関節周りの構造には粗さが目立つ。
「ちゃんと守りなさい! こんなとこじゃ外に逃げられないのよ!」
「おい、もっと下がれ!」
二人が騒ぎ立てている。
「うるさいなぁ。離れたら僕だって守りきれないよ。出てくるのが蟻だけとは限らないんだからね?」
「ひっ! き……、君に言ったんじゃないのよ」
「どうにかしてくれ。頼む」
フロドが苦言を呈するとおとなしくなる。自分たちの護衛が彼に歯が立たなかったのをどこかから聞き及んだらしい。
当の少年は姿勢低くかまえると通常の長さのブレードを走らせる。その剣筋は確実に蟻を捉えて切断していた。機敏な足さばきと精密な剣さばきでラゴラナのところまでも侵入を許さない。
「彼でさえ素晴らしい剣士ではないか」
「ラフロが手遊びだといって時々弟にもアスガルドを使わせているんです。こういうときに成果が表れるんですね」
「うむ、心強い」
モーガンも感心している。
兄のほうは鉄壁という表現がふさわしい。一閃で二匹が体液を撒き散らすのも珍しいことではないほど。さすがに殺さないように撃退するのは無理みたいだが絶対に抜かせない。
(蟻があきらめるまで我慢比べになりそう)
消耗が懸念される。
「よくないな」
ラフロがポツリと言う。
「見渡すかぎりって感じが堪らないわね。体力的に大丈夫?」
「匂いがセンサーに掛かっている」
「む、それは深刻かもしれないね」
意味がわからなかったが、モーガンは理解したようだ。
「呼ぶかね?」
「来たようだ」
「なんです?」
「体液の匂いが捕食者を呼んでしまうのだよ」
デラの危機意識がσ・ルーンを介してラゴラナの外部マイクの感度を上げた。「ブーン」という印象的な羽音が耳と危機感を刺激する。
「蜂が来る!」
オープン回線に叫ぶ。
「冗談じゃねえ。蟻のうえに蜂かよ」
「もたないし」
「落ち着きたまえ!」
モーガンが一喝する。
パニック寸前で軍事会社のアームドスキンが固まる。同時に蟻までもが固まったのが奇妙な光景だった。
そして飛来した蜂が一斉に襲ってくる。彼らでなく蟻を。5mの肉食蜂が2mの蟻を地面からさらっていく。ひと噛みで殺して抱え込んでいる。
「うげ、こいつらも食っちまうのか」
「形状は似ているがそれほど近縁でもない。程よいサイズの餌だね」
潮が引くように蟻の軍団が逃げはじめる。下生えもほとんどない森林の地面を一目散に駆け去っていった。ワリドントの巨大蟻にとって安全な場所は巣穴以外にないらしい。
一部では襲われそうなところで突進をして眉間の棘で応戦している。しかし、蜂を怯ませるのがせいぜいらしい。作った隙を利用して逃げだしているだけ。
「態勢を立て直すのだ。蟻がいなくなれば今度は我らを襲ってくるぞ」
モーガンが警告する。
「一難去ってまた一難かよ」
「強敵のほうが残るなんて」
「それが生存競争ってものじゃない」
今は聞きたくない正論である。
「呼吸を整えてよく見ろ」
「見たって……、あ!」
「蜂は攻撃モーションが大きい」
ラフロのヒントに皆が気づく。
蟻と違ってサイズ的に抱え込むのは不可能。顎や前脚の鎌は小さくて脅威というほどではない。アームドスキンに通用するのは針だけなのだ。毒は効果ないので、内部の配線や駆動用ジェルチューブを切断されなければ危険は最小限に保てる。
「掴みかかってきてから針を刺しに来るのね」
お尻の針を突きだして飛んでくるのではない。
「それなら!」
飛んできた蜂に腕を突きだす。掴んで腹部を折り曲げ、針を出して刺してくるところへブレードを突きいれる。一連の動作を不可欠とする蜂に比べてアームドスキンはブレードで突くワンモーションで退治できるのだ。
「これならいける!」
「お互いにフォローしろ。仲間が刺される前に斬り落とせ」
数機が組になって適度な距離を保ち、互いに目配りできていれば怖ろしい敵ではない。攻撃してくるところを待ちかまえる作戦に切り替える。
「大丈夫そうね」
「そのうち目も慣れてくるからさ」
フロドは滞空からの動き出しに合わせるだけで蜂を両断している。
「アームドスキンは体格差を気にしなくていいから好き」
「劣等感を覚えてたの?」
「それはね。兄ちゃんの打ち下ろしじゃこうはいかないもん」
フロドの愚痴にデラはつい笑ってしまった。
次回『緑色の秘密(3)』 「勘弁しなさい。これからが本番なのよ」




