緑色の秘密(1)
訓練の時間が取られると同時に綿密な計画も練られる。剣技の向上で防衛力がどれだけ上がろうともワリドントが危険な場所であるのに変わりはない。
「両極周辺を除いた地表全域であのスコールが降る」
命拾いの元となった雨の話。
「巨大昆虫でも勝てないあの雨ですね?」
「それだけではない。これほど酸素濃度の高い状態で自然火災が起きていないのもスコールのお陰。湿度は異常に高かったのは感じたかね?」
「計測値でしか確認できてませんけど」
デラもそれには気づいていた。
「様々な危険から我々を守ってくれるスコールではあるが、すぐ先も見通せないほど雨量となると調査の邪魔にはなる」
「あの森を目隠しで進む度胸はありません」
「あまり頼るのも考えもの。なので、今回は核心部分に直接アクセスしてみようかと思うのだがね」
モーガンの目的も調査であるが、それは参加している企業のそれとはいささか異なる。ワリドントで異常なほど巨大化した昆虫が繁栄している原因だ。酸素濃度だけでは説明できないと彼は思っているという。
「地表にも何ヶ所か樹高の著しく高い地域がある。そこを調査すべく、直接降下を狙ってみようかと」
理に適っている。
「でも、森林の巨大化はそこに住む昆虫にも影響を与えている気がするんですけど」
「であろうな。哺乳類などの動物と違い、虫は非常に代謝が高い。ダイレクトに影響を受けていてもおかしくない」
「それって危険だって意味じゃないですか」
より危険度が増すだけだと異議を唱える。
「しかし、調査をするなら、この緑色の惑星の秘密に触れたいとは思いわないかね?」
「まあ、研究者としては」
「私の希望に添ってくれてありがとう」
忖度した結果の返答だと見抜かれている。本心ではデラの領分ではないと思っていた。
「すまないが付き合ってくれたまえ」
「博士がそうおっしゃるなら」
乗りかかった船だ。
「でも、今度は撤退タイミングを誤らないようにしましょうね」
「無論だよ。前回のように幸運に恵まれるとは限らない」
「ラフロの負荷にも限界があるでしょうし」
口ではそう言うが、青年のスタミナは底無しに感じている。彼が音を上げるほどの状態になる前に彼女がダウンしているだろう。
特に躊躇う必要性も感じずラフロに相談する。次の調査ではさらに危険が増す可能性があると。
「かまわぬ」
二つ返事で了承される。
「余力あるのかもしれないけど」
「フロドも連れていこうと考えている」
「ほんと?」
少年の表情が歓喜に満ちる。
「やった! 兄ちゃんに認めてもらえた!」
「成長は認める。実戦を経験しておいても良い頃合いだろう」
「なるほど。戦力は強化されるわけね」
フロドの実力は訓練で彼女も知るところ。少年がいればラフロはそれだけ動けるようになる。戦力にならない二人に無理に張りつかなくてもよくなるのだ。
そうして、第二次調査計画は実行に移される運びとなった。
◇ ◇ ◇
「高度500m、着地準備。姿勢よし」
「安心したまえ。この速度なら墜落してもラゴラナはコクピット内のパイロットも保護してくれる」
「そう言っても気分のいいものじゃありませんよ」
モーガンの助言もデラにとっては気休めにならない。事実、突如として視界に入ってきた緑の海原に心臓が縮む思いだった。
第二次調査計画では降下作戦にも修正が加えられる。どこからともなく現れる蜂の軍団からアームドスキンを守る必要があった。
そこでモーガンが提案したのはスコール雲への自由落下である。虫が避難している降雨中の地帯に直接降下する作戦だ。
事前の地表の情報と、アームドスキンの速度などのベクトルから高度が計算される。凄まじいスコールの中ではレーザーやレーダーによる測距も気圧の変化も当てにならないからだ。
「しっかりと減速しな。次壊したら換装パーツはないよ」
「それより、壊れた状態であの虫の領域に入ったりしたくないから!」
かなりの中破や大破機を出した軍事会社は修理にギリギリのパーツしかなかったらしい。ここで破損させると第三次計画どころか帰還時になにか起きても対処不可能になってしまう。
「着地!」
デラのラゴラナは巨木の葉を撒き散らし枝をへし折りながら緑色の層を抜ける。脚部のシリンダが衝撃を吸収しつつバランサーが機体の姿勢を整えて無事に着地させてくれた。
「こんな経験ばかりしてたらバーチャルアトラクションでなにも感じなくなってしまうわ」
「そう? アトラクションのほうが演出が凝っててスリルあると思うけどな」
彼女の隣には群青色のアームドスキンが降り立っている。フロドの『アスガルド』だった。専用ターナシールドも携えて力強いフォルムを見せてくれる。
「イグレドまで操縦するフロドにはそうかもしれないわよ?」
様々な場所を自身で経験しているだろう。
「でも、私はラゴラナの訓練を受けるまで、リニアカーの運転さえしたことなかったんだから」
「車関連は軍用を除けば自動運転が当たり前だもんね」
「なんにもない惑星でだって電波誘導だったし」
目的地まで自動で走行する、障害物を勝手に避けるは常識だった。しかし、その方法でアームドスキンは動いてくれない。システムのサポートを受けつつ、自分で動かさねばならないのだ。
「アームドスキンは拡大した肌、身体の延長って思想だからさ。自動化部分はかなり少なめだね」
「センサー情報までσ・ルーンである程度入ってくるのは、下手なバーチャルより新鮮だったけど」
少年でさえ自然体で周囲の警戒をしつつ応対してくれる。そこへ赤銅色のアームドスキン『ブリガルド』までいれば安心感は倍増した。
「調査隊の準備が整いしだい移動を開始する」
状況確認をしていたラフロが告げてきた。
「そうしてくれたまえ。目標ポイントはここから南東に120kmある」
「もうじきスコールも収まるそうだ。覚悟してくれ」
「お願いだから成果を発揮してちょうだいね」
デラは民間メンバーのほうを窺う。今のところ焦っている様子はない。訓練が彼らの自信になっていればと祈る。
(前回とは場所が全然違うから生態系も異なる可能性が高いのよね)
振り払えない怖れを抱いてしまう。
スコールが止んでしばらくすると、木々の葉に隠れていた小振りな羽虫の仲間が一斉に出てきた。小振りとはいえ50cm以上はある。群れていれば恐怖感を誘う。
「草の汁などを主食とするものだ」
モーガンが教えてくれる。
「襲ってくることはないですね?」
「ない。問題は彼らが襲われる側だということだろうね」
「い!」
ほとんど音も立てず巨大な影が飛来する。一瞬で羽虫が何匹もさらわれていった。
「トンボぉ!」
「うむ、かなり巨大だね」
揚力を得るためか、胴体が幅広になっている。だが、姿形はトンボに近いシルエットを持っていた。ただし、全長で12m以上、翼長はそれ以上はある巨大さだった。
「騒ぎ立てることはない。非常に優秀なハンターだがね、トンボと生態が同じなら飛行する小型の虫しか食しないはずだ」
モーガンの言うとおり通り過ぎるだけ。
「ほんと。羽虫は食われてるけど、地上の私たちには見向きもしないわ」
「それが蜂の仲間と違うところだね」
「対処は不要か」
ラフロはブレードグリップから手を外す。
「博士、採取許可を!」
「一匹だけにしておきたまえ」
ドミニクのドリオがジャンプしてブレードを振るう。剣閃は正確にトンボの翅を根本から斬る。落ちて暴れる個体を集団で解体していた。
(前回とは落ち着きも戦闘力も段違いに見えるけど、無事に終わってくれるかしら)
デラは祈る気持ちで緑濃い木々を見上げた。
次回『緑色の秘密(2)』 「おっと、口が滑ったかね」




