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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
虫の星のコントルダンス
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剣とは(3)

 モーガンの予想どおりドミニクとエーハムの対戦形式にすれば、彼らが普段やっているような遊び半分の訓練にはならない。ただし、両者の対立が助長されてしまっているように思えた。


「うおりゃ!」

「ちぇい!」


 ウレタンスティックをぶつけ合う男女。ガツガツと叩きつけ、最後には押し合う。美しさの欠片もない。


(ラフロたちに感化されてしまってるからそう感じるのかしら?)

 デラは見慣れた兄弟の鍛錬のほうが正解に思えている。


「背中ががら空きだ」

 横に立つ青年に二人とも背中を打たれて苦鳴をもらす。

「いって!」

「なにすんの!」

「試合ではない。相手だけに目を奪われていれば次の降下で虫の餌だ」

 正論である。

「うっせ、偉そうに!」

「そうよ、馬鹿にして!」

「力を合わせるなら、もっと呼吸も合わせろ」


 二人して歯向かい青年に叩きのめされている。そんなオチが何度もくり返され、床を彩るパイロットの人数だけが増加していく。


「てめ……、なんでそんなに強ぇのに臆病者って言われて文句言わねえんだよ。ほんとは自分より弱いって見下してんのか?」

 ゲーリーが這いつくばりながら呼吸も荒く訊く。

「誇るための剣ではない」

「じゃあ、なんのために鍛えてるってんだ?」

(われ)を吾たらしめる手段だ」


 それでは理解できないだろう。青年の身の上を知っていれば多少は頷ける点もあるのだが。


「調子に乗らなくてもよ、金が手に入るとか、なんかでかいことができるとか、守りたい女がいるとか色々あんだろ?」

 俗な理由を挙げてくる。

「戦場に出りゃ色んなもんが手に入るぞ、その腕がありゃあな。傭兵協会(ソルジャーズユニオン)所属なら身元も保証されてるから余計に、だ。それなのに嫌がるとかよ、手を血で汚したくねえって綺麗事抜かすんじゃねえだろうな?」

「ノルデが選ぶ道を行くのみ」

「はあ? そっちの小娘に使われてんのか?」

 そう誤解されても仕方ない流れだ。

「吾は選ばぬ。選べぬ」

「解らねえ奴だな」


 ゲーリーなどはラフロと正反対の存在。欲にまみれ、そのために自らを賭す。命の代償を自身に使っているだけという感性しかない。


「剣とは道具だ」

 単純明快に言っている。

「当たり前だろうが」

「常に磨かれておらねばならぬ」

「手入れすりゃいいじゃねえか」

 的外れとは気づいていない。

「剣が剣であるには磨きつづけるしかない」

「もう訳わかんねえぞ」

「磨かれていれば主の役に立つ」


 なにも知らなければ意味不明なやり取り。しかし、デラにはラフロの言わんとしているところが徐々に見えてきていた。


「剣とは道具だ」

 もう一度くり返す。

「振られなければ機能せぬ」

「当たり前だろ? なんの問答だよ、これは」

「要するに、使い手を含めなければ剣で在られぬのだ」

 わかりやすい表現で核心に近づいている。

「お前、まさか……」

「使えぬ道具に価値はない」

「自分も剣の一部でしかねえって思ってやがんのか? そいつはぶっ壊れてんぞ」


 そう、青年は壊れているのだ。人間としての肝心の部分が。だから自己を保つために最良の道具たらんとしている。剣士としては究極の形であり、人間としては最も悲しい形をしている。


「馬鹿抜かすんじゃねえ。そんなのあり得ねえ」

 ゲーリーは目をむく。

「よくも生きてるって言いやがるな」

(われ)の唯一の望みである」

「んじゃ、お前はそのノルデの小娘のただの道具だってんだな? お前だってあの大剣だの、ご立派なアームドスキンがなきゃ役に立たねえじゃねえか」

 道具以下だと指摘する。

「そうでもない」

「抜かしやがれ。誤魔化しだろうが」

「剣がこんな形をしているのは……」


 そう言いつつラフロはデラから受けとった大剣を抜く。150cmの剣身は非常によく磨かれていて周囲を映しとっていた。洗練されたフォルムはそれだけで美しさも兼ね備えている。


「斬るのに効率的だからだ」

 彼が突きだした剣はよく斬れそうなのに言葉では否定している。

何人(なんぴと)でも扱えるような形だからに過ぎない」

「刃が付いてなきゃ斬れねえに決まってんじゃねえか」

「そうでもない」

 何度目かの否定。

「おかしなこと言うんじゃねえって」

「立て」

「なんだよ」


 青年は大剣を再び鞘に収めるとデラに預ける。ウレタンスティックを手に取り、片手で自然と正眼にかまえた。


(なに?)

 さすがに理解不能である。


 ゆっくりと振りあげられ、なんの気負いもなく振りおろされる。特に大きな音もしなかった。

 なのに変化が起きる。ゲーリーが被っていたヘッドギアの顎をカバーする部分がはらりと垂れ下がった。断面からクッション材が顔を覗かせている。


「て、てめっ!」

 慌てて顎を探っているが傷一つ、血の一滴も流れていない。

「斬る道具とはこういうことだ」

「冗談だろ? どんな曲芸使いやがった」

「触れねば斬れぬ。が、触れれば斬れる」


 得物は真剣だろうがウレタンスティックだろうが同じだという。ラフロは自身を剣そのものと化していた。大剣を提げているのは多用途に使えるから、とまで言う。


(ノルデにとって必要とされる道具であるためにそこまでするの?)

 デラの胸は悲痛に染まる。

(ラフロが自在に剣を扱える主なのではなく、ノルデがラフロという剣の主だというのね)


 青年は具象の剣士ではなく剣そのものだった。少女を自らの傍に留めるため、そのただ一つの目的のために究極の剣と自らの道を定めたのだ。


「正気じゃねえ。こんなのに敵うわけねえよ」

「容易に並ばれては敵わぬ」


 わずかなりとも表情を変えずに言う。しかし、その内容は彼の本質を如実に表現するものだった。


「なんと清廉な生き様だろうか」

 モーガンがしみじみと述べる。

「そう在りたいと願ってもなかなかそうはいられないもの。業の深い人間は足掻いてたどり着こうとするが、その端を掴むことさえできないというのに。男としては憧れでもあるな」

「そうですか? あの領域まで行くにはあまりに多くのものを捨てないと駄目だと思いますけど」

「たしかにね。難しいものだ」


(あるいは最初から持ってないか。それを知っても憧れていられるかしら)

 彼女でさえ、そこまでラフロを理解しているとは口が裂けても言えない。


 戦闘に身を置く人間ならば多少は憧れを抱くものらしい。おとなしくなったパイロットたちは黙々と剣技の訓練をはじめる。

 とはいえ、一足飛びにラフロにまで手の伸ばすのは足がすくむのだろう。フロドに握り方や振るときのコツなどを尋ねている。いくぶんかマシになりそうな感触だ。


「モーガン博士はここまで予想されてたんですか?」

 だとすれば人生経験とは素晴らしいものだ。

「それは無理な相談だ。私が彼らの心情を理解できるような戦闘に精通した人間に見えるかね?」

「見えません」

「実際に本物に触れてみればなんとかなるかと思ってみただけだ。これで駄目なら企業の代表もあきらめてくれると思ってね」

 聞きたくなかったたぐいの内心だった。

「それに、ノルデ君が反対しなかったので希望はあるかと思ったんだよ。まったく意味がないのなら彼女は受けてくれないはずだからね」

「博士までノルデに使われてどうするんです」

「ゼムナの遺志の一端でも垣間見えれば上々ではないかね?」


 こんなところでお茶目を発揮しないでほしい。喉元まで浮かんだ台詞をグッと堪えた。


「変に子供っぽいところがあるんですのね?」

「なにを言うんだね。私は永遠の昆虫博士だよ」


(ただの昆虫好きの子供が長じただけとか言わないでくれないかしら)


 デラには男性のこういうところがどうにも理解できなかった。

次回『緑色の秘密(1)』 「あの森を目隠しで進む度胸はありません」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……誰だったかな……「剣に心は要らない」って言ったのは……?
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