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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
虫の星のコントルダンス
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剣とは(2)

「ちっ!」


 デラにはそんな音が聞こえただけだった。それなのに床には一人の女パイロットが倒れている。白目をむいて明らかに失神していた。


「なにをしたんだい!」

 プリシラがラフロに食って掛かる。

「顎をかすめただけだ。脳震盪を起こしている」

「む……」

「醜態を厭うなら従え」


 きちんと防具(プロテクタ)を着ければ防げるようなダメージでしかないと言われている。正論なだけ突き刺さった。だが、返す言葉もないだろう。


「頑張って、兄ちゃん」

 のんきにベンチを温めていたフロドが声援を送る。

「いや頑張らないで。悪い予感してきたから」

「そうかなぁ?」

「そうなの!」


 プロテクタ越しでもかなりのダメージが通りそうでならない。ラフロのことだ。相手が女性だからといって手加減してくれなさそうに思えた。


「大丈夫だよ。兄ちゃんは素人に本気出さないって」

「半分くらいでもヤバい気がするの」

「半分? そんなの、みんな死んじゃうよ?」


 縁起でもない台詞が飛びだす。この訓練を提案したモーガンを恨みたい気分になってきた。


(空気も剣呑になってきちゃったし)

 当初の茶化していた雰囲気ではない。

(案外空元気だったのかも。仲間を虫に食われてナーバスになってたところを刺激されたから?)


 監督官であるモーガンが依怙贔屓していると感じるラフロをどうにかすることで解消しようとしている。自分たちの非力が同僚で友人だった人物を喪わせてしまったという事実から目を逸らすために。


「なにをしてもいいんだよね?」

 青年は小さく頷いている。


 プロテクタをまとったプリシラが開始の掛け声もないまま飛びこんでくる。握ったウレタンスティックを思いきり横薙ぎに叩きつけようとしていた。

 ラフロは一歩引きながらその攻撃をスティックの先で押し下げながら流す。次の瞬間には彼女の首元数mmのところでピタリと止まっていた。


「なっ!」


 プリシラは床を蹴って転がりながら逃げる。ラフロが本気なら今頃はそんな暇も与えられずに首と胴が泣き別れをしている。


「並大抵じゃないって?」


 唇に貼りついた笑いは虚勢。その証拠に次のアクションを起こせないでいる。迷いが彼女を縛っているのだ。


「動けるかな?」

「どういう意味?」

「心得があるほどもう動けないんだ。技量の差がわかってしまうから」

 フロドが教えてくれる。


 しかし、プリシラは動いてしまう。地を這うような低さで飛び、足を狩りにきた。青年の長躯を弱点と読む。ところが、彼の切っ先はまたしても剣閃を叩き落とす。そして、勢いのついた身体も縫い留められている。


「んぎぎ」


 突進は左肩に押し当てられたスティックの先で止まっている。伸びあがろうと踏ん張っているが震えに変換されているだけ。逆に床に押しつぶされた。


「振りが大きい。握りにも無駄に力を入れ過ぎだ」

「このやろう……」

 床に這いつくばりながら恨めしそうに見上げる。


 ラフロはあくまでも指導のつもり。だが、プリシラは本気も本気なものだから噛み合っていない。

 そのとき、エーハムの女パイロットの一人が飛びだす。青年の背中に突きの奇襲を掛けた。ところが、その一撃も弾き飛ばされている。


「食らえ!」

 十人以上が一斉に仕掛ける。

「相手が虫だったら一匹じゃないんだからいいでしょ!」

「気配を殺しきれていない。握りも甘い」


 デラには「パパパパッ!」という破裂音がいくつも連鎖したようにしか感じられていない。それなのに十本以上のスティックがクルクルと宙を舞って床に転がった。


「もう魔法みたいだわ」

 どう打ち落としたかも見えてない。

「兄ちゃん相手だと卑怯なだけじゃ無理。フェイントぐらい挟まないと死んだ斬撃でしかないよ」

「死んだ斬撃?」

「どこに来るか見え見えの攻撃ってこと」


 ラフロにとっては彼女らの剣は児戯に等しいらしい。いや、フロドに指摘されるということは児戯以下だろうか。


「ひゃひゃひゃ、情けねえ。不意打ちでも敵わねえのかよ」

 ドミニクのゲーリーたちが馬鹿笑いしている。

「だ、黙れ! あんたたちならこの臆病者を倒せるっていうの?」

「ったり前だろ? パワーもスピードも桁違いだって」

「果たしてそうか?」


 プリシラたちが抗弁する前にラフロが応じている。その視線に気圧されるように彼らは笑いを収めた。


「フロド、相手してやれ」

 つづいて青年は弟を指名する。

「はーい。じゃ、お兄さんたちの相手は僕だね」

「おまっ! 馬鹿にしてんのか?」

「いや、そなたらであれば耐えられるであろう」


 カレサ人(カレサニアン)の特徴なのか、フロドは十二歳という年齢のわりに162cmと少し大きめ。ただし、童顔なのは明白で露骨に子供だとわかってしまう。

 対してドミニクの男たちは力自慢の大柄揃い。平均すると190cm前後はあるだろう。体格差は歴然としている。


「かわいそうだぜ。お前、兄貴にいじめられてんのか?」

「すごく大事にしてもらってる。剣もしっかり仕込んでもらってるって意味だからね?」


 フロドは兄ほど無造作ではない。両手できっちりと中段にかまえている。表情も引き締まった。


「おい、勝手にいくぜ?」

「もういいの? わかった」


 その瞬間に少年は踏みこんで打ち下ろしていた。「パン!」と乾いた音とともにゲーリーが突きだしていたスティックが床で跳ねている。

「お?」とそちらに視線を奪われた拍子にフロドの手元は霞んでいた。次の瞬間には傭兵の首は真横に曲がっている。そのままクニャリと膝から崩れて床に倒れ込んだ。完全に失神している。


「これは立てないんな」

「なにがあったの?」


 ノルデが携帯コンソールで録画していたものをスロー再生してくれる。フロドが中段から打ち下ろした一撃はゲーリーのスティックの剣身部分の根本を捉えていた。いとも簡単に男は訓練用の武器を手放している。

 その事実に相手の視線が動いた瞬間には少年のスティックは下段を滑り、斜めに打ち上げる。そこには下りてきた横面。正確に顎からこめかみのラインにヒットし、きれいに振り抜かれていた。


「実戦形式っていうから避けると思ったのに」

 フロドは困り顔。

「たぶん見えてもいないんなー」

「もろに決まってるわね」

「あのとおり、弟はまだ加減が上手くはない。女性の身であれを受けるのは酷であろう」

 そのために男ばかりのドミニクならばフロドでも大丈夫と判断したらしい。


(男でも一発で撃沈してるけど?)

 首のねじれ方が尋常ではなかった。


「次の人?」

 戸惑いつつ少年が言う。


 ドミニクの戦闘職たちは視線を交わし合って譲り合いの姿勢。意気込んだ数名がフロドを前に力任せの剣技を披露するがまったく歯が立たない。気絶させられるか、痛みで床を転げまわるかのどちらかである。


(鍛錬風景見てたらフロドってラフロにあしらわれているだけだったけど、実際に戦わせてみればこんなに強いのね。彼はどんな領域にいるのだか)

 彼女には想像だにできない力量を持っていると思われる。


「数合ともたないでは指導にならない」

 ラフロは困惑している。

「うむ、彼らでは技量の差は理解できてもなにをされたかまでは理解できないようだ。仕方ないから互いに試合でもさせて悪いところを指摘してやってくれないだろうか?」

「なるほど」

「んー、悪いとこばかりで指摘するのにも困りそうな気がしてならないわ」

 モーガンの提案にも問題点が残っていると感じてしまう。

「デラのほうがわかっていそうなんな」

「あくまで第三者としてね。私だったらさっさと逃げてるわ」


(フィットスキン着てても痣だらけになりそう)


 明確に未来予想ができてデラは苦笑いをした。

次回『剣とは(3)』 「誇るための剣ではない」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……あぁ、無駄なプライドしか無いパターンか……。 あと、叩きのめされた女性陣がMに目覚めないと良いな?
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