剣とは(1)
モーガンは腕組みをして沈思黙考している。デラにしてみれば考えるまでもないことのように思えているが監督官としては軽々に断じられないのだろうか。
絶体絶命の状態からかろうじて脱出が叶ったのだから、普通は調査の続行など不可能だ。すくなくとも護衛戦力の見直しは不可欠。
しかし、博士の前には二枚の通信パネル。決定の先手を打つ形で二社の代表者が再度の調査を申し入れてきている。
「本ミッションには少なくない予算を投じているのです。なんの成果もなく帰るわけにはまいりませんわ」
モストゴーメカトロニクスのダイアナは言い立てる。
「せめて当社への調査許可をくださいな。そうでなければ引き下がれません」
「そうはいかんのだよ。ワリドントは今も保全惑星。星間管理局の監督なしに立ち入ってもらっては困る」
「それでしたら博士にもお付き合いいただくしかございませんが、そのおつもりはないのでしょう?」
怖気づいたのだろうと視線を送ってくる。彼女は自身の内心の裏返しだという自覚はあるのだろうか。
(モーガン博士としては、とりあえず生態系の一端でも垣間見える映像が撮れただけでそれなりの成果にはなってるんでしょうけど)
さらに踏みこんだ調査の可否はまたの機会でもいい。
「当社もかなりの額のわ……、献金を行ってようやく勝ち得た権利なのですぞ。簡単に手放すわけにはいきません」
入れ替わるようにターリンゼン機動社のボーゼもわめく。
「博士には要望に応える義務があるのでは?」
「たしかに本件のような調査への参加事業者を選定する場合、政府斡旋があるかないかも加味される。それは国家計画の一環であるという正当性を担保するだけで、管理局が金品を授受した結果ではないのを誤解されては困りますぞ」
「く。まあ、そうではありましょうが」
(くだらない根回しの話を持ち込まれても堪らないわよね)
モーガンに同情する。
管理局は賄賂の通用するような機関ではない。決定に複数の意思が関わるのは言うまでもないし、それぞれが積年の努力を買われての地位である。
皆がそれなりの矜持を持って職務に就いている。十二分なギャランティが保証されているのも腐敗を退ける要因であろう。
「貴殿らは調査の続行を望んでいるのだね?」
再確認をする。
「戦死者が出ているがそれでもと理解していいかね」
「博士が気に病むようなことではございません。お任せを」
「ええ、彼らはそういう商売なのです。だから高い契約金にも応じているのですよ」
どうあっても引かない構えに老紳士はため息を一つ。
「条件がいくつか。応じられないのならば調査は中止させていただく」
「それはどのような?」
「護衛機にはビームランチャーの携行を禁じる。あれがパニックの一因だったのは否めない。それともう一つ……」
「承りました」
二人はモーガンの出した条件に頷いて通信を切る。同席していたデラも納得できなくもない話だったが。
「あれは彼らに断らせるための方便だったんですか?」
「多少はそんな意味も含めているが、続行するには最低限の条件ではあるね」
昆虫学者はどうだと言わんばかりの面持ち。
「悪くはないと思うのですが、彼が請けてくれるかはどうでしょう?」
「それは任せるよ。君の担当だろう?」
「モーガン博士」
デラは非難の意を込めて名を呼んだ。
◇ ◇ ◇
「そりゃ、こんな商売なんだからさ、親兄弟に死顔を見せてやれないようなことになる覚悟くらいしてる。そもそも家族との縁も切れてるようなのばっかりだし」
エーハムマーセナリーズのプリシラが言い募る。
「でも、あんな死に様はないんじゃない? あたしらは未開惑星で虫に食われるために産まれてきたとでも思ってる?」
「お黙りなさい。ここで契約を破棄するというのなら、今後の取引はないと思いなさいな」
「好き勝手言ってくれちゃってさ。挙げ句に腰抜けラフロに剣の指導を受けろ? どれだけ屈辱的な扱いをされればいいの」
ここはエーハムの所有艦シャンダリオ。比較的広い戦闘艦のトレーニングルームを借り受ける算段になっていた。
(この女、まだ)
デラは頬を引き攣らせる。
「臆病者だの腰抜けだの言ってるラフロに、あれだけ命救われておいてその言い草はどんな了見なの?」
プリシラに噛みつく。
「こちとら体面が大事だっての! 業務が遂行できても、恥の結果だっとしたら次の仕事がもらえないじゃない。お偉い学者様のくせにそんなこともわからないわけ?」
「わかりたくもないわ! そもそも……」
「あれらとて生きるために食う」
青年が割り込んで制止してきた。
「そなたが食らう肉や野菜も命宿るもの。同じ場所にいるのなら一方を見下すものではない」
「ああそう。じゃ、あんたは食われても平気なの?」
「それが勝者の権利なら認めよう」
青年は平然と言う。それで本心だと知ったプリシラは鼻白んだ様子を見せる。
「彼の言っていることが理解できたかね?」
モーガンが訴えかける。
「君たちが対価という糧を得たいというのなら勝者として生きながらえるしかない。そのための技術が必要だと私は思うのだがね」
「いくらなんでもアウェー過ぎるっての」
「勝ち残れないと感じているのならば辞退するべきだ。違約金が発生しようが、それは命に代えられないのも事実だろう?」
選択肢は二つ。拒んで確実に命を拾うか、挑戦して矜持と対価を守るか。後者を選ぶのであれば恥くらい忍べと突きつける。
「はいはい、ブレードアクションを学べばいいんでしょ?」
「今までおざなりにしてきたものの重要性を再認識すれば多少は訓練にも身が入るのではないかね? 私が提案できるのは契機だけ」
突き放した言い方をする。
「そんなに違うもん?」
「体感したまえ。少なくとも私には明白な技量の差が感じられた」
「自覚しなければその気になれないんでしょ? 一回ズタボロにされてみるがいいわ」
デラは嫌味を言う。柳眉を逆立てる相手に、悔しければ自身で証明するようラフロのほうを示した。
「憶えてなさい? おきれいな剣術が通用するのは同じルールで戦ってるときだけ。なんでもありの実戦じゃ役に立たないって」
プリシラはまだ不平たらたらである。
「あたしが一対一で腰抜けをぶっ倒したら泣くまで謝らせてやる」
「できるものならやってみなさい」
「映像に残して星間銀河中に撒き散らしてやるんだから」
ニヤニヤと笑いながら訓練用のウレタンスティックを手にしている。エーハムの女性パイロット全員が威圧的にスティックをぶらぶらとさせながら青年を見ていた。
「預かっていてくれ」
ラフロが背負っている大剣を外す。
「危険物だものね」
「きちんと相手せねばなるまい」
「あしらってやって」
(怒った馬鹿が妙な気起こさないよう管理してあげないと)
その程度の気持だった。
彼が片手で差しだした大剣を受けとる。正確には受けとれなかった。両手で抱えたつもりが「ドン!」と鞘の先が床に付いてしまう。それどころか、そのまま下敷きになるかと思った。
(嘘でしょ! このトレーニングルームだって0.5Gしかないのに)
モーガンに支えてもらいながら驚愕する。鞘も込みとはいえ、いったいどれほど重いのか予想もつかない。
「いいのー?」
プリシラが覗き込む。
「あのデカブツに頼らなきゃ心細くていけないんじゃない?」
「これで十分だ。それより有る限りの防具をまとえ」
「要らないって、そんなの。それとも動きを制限してやらないと怖い?」
同じウレタンスティックを手に取ったラフロを当てこする。
「わからぬか?」
「わからないね!」
プリシラの取り巻きの一人が飛びだす。ウレタンスティックを思いきり振りかぶって青年に叩きつけようとする。
ところがその女はデラの目の前でまくれて転び、ピクリとも動かなくなった。
次回『剣とは(2)』 「いや頑張らないで。悪い予感してきたから」




