緑色の地獄(4)
(見るからに肉食性の強い蜂の仲間だわ)
背筋が凍るほどの戦慄。そう感じても誰もデラを責められないはず。
肉食蜂は体節がきれいに分かれてくびれがある。腹部を折り曲げてお尻の先、針がある器官を正面に向けやすい構造をしている。それだけではなく、強靭そうな牙かと見間違いそうな顎に、前脚の鎌まで備えていた。
胴体は血を塗りつけたような赤で、お尻を囲むように黄色い輪がある。いかにも針で刺しますよという外見。凶悪な見かけのボディは長さが8mほどなのだ。
(ヤバい。絶対にヤバいやつ)
迎え撃たれた蜂の群れの種より遥かに攻撃力が高そうだ。
「お……、おい」
ゲーリーが絶句するのも当然。羽音は周囲を圧するがごとく。百どころでない大型肉食蜂が飛来してきている。
「む、近くに巣があったか」
モーガンの声にも緊迫感がにじむ。
「そこで騒いでしまってはこうなるのも自明の理」
「解説してんじゃねえ、爺ぃ! 知ってんなら教えとけよ!」
「黙んなさい! 巣の存在どころか、どんな種がいるかもわからないのよ。そこへ入りこんでるのに馬鹿騒ぎしたあなたたちのほうが悪いに決まってるでしょ」
デラは失礼を咎める。
「それどころじゃない! 臨戦態勢!」
「でも、プリシラ!」
「あー!」
ゴミムシを深追いした所為で散開してしまっている。個々の隙間にはすでに肉食蜂が入り込んできていた。
「マズ……」
飛んできた蜂が針を突きだしてシュトラッツェンに刺そうとしている。だが、装甲の表面で「ギリリ」と音を立てただけ。
「そうよね! 怖がってないで応戦!」
「きゃ!」
「へ?」
ガツガツと針を突き立ててきた肉食蜂が戦法を変えてきていた。今度は装甲の隙間を狙ってきている。一機が首と胸部の間に針を突き入れられた。
深々と刺さる針。『センサー配線に異常発生!』とシステムアラートがオープン回線に流れてきている。カメラが死んだのか、その機はあらぬ方向へブレードを振っていた。
「近づけるな! 対物レーザー、自動迎撃モードにしな!」
「そ、そうだった」
物理攻撃の迎撃に関しては狙わなくてもいいモードを指示している。ところが肉食蜂はおかまいなく接近してきては襲ってきた。
「なんで!」
「油断は禁物だ。虫にはレーザーに含まれる紫外光が見えている可能性がある」
よく見ると蜂はなにかを躱しては飛んできている。明らかに対物レーザーの走査をくぐり抜けている。迎撃は不可能だった。
「やめっ! このっ!」
針を突き立てられようとしているシュトラッツェンがブレードを振りまわす。
「このぉ!」
「こら、馬鹿!」
「死んじゃえ!」
パニックに陥ったパイロットが腰にラッチしていたビームランチャーを手に取る。無造作に蜂に向けて発射しようとした。
砲身が赤熱すると間髪入れず暴発する。プラズマ燃房にまでいたった破損が誘爆を招いた。シュトラッツェンは前面を大きく焼かれている。
「いや! どうして! 動かない!」
「なにを!」
ハッチが吹き飛ぶ。操縦核のプロテクタが開き、中からフィットスキン姿で出てくる影。
「なにをしてる! 馬鹿ぁ!」
「いやぁー!」
蜂が殺到する。フィットスキンが鎌で切り裂かれ、肉体が巨大な顎で食いちぎられる。血がしぶき、人が一人一瞬で肉片へと変わっていった。すべてが肉食蜂の胃に収まっていく。
「ああ……」
戦慄が伝染する。パニックがパニックを呼んで訓練したはずの部隊行動など望めない状態。個々が出鱈目に無茶な攻撃をくり返すだけになった。
「最悪……」
「みだりに動くな」
青年の警告。
「博士と背中合わせに守っていろ。吾が引き受ける」
「でも、ラフロ! こいつらの攻撃力は半端じゃないわ!」
「我が身を案じていればいい」
針を突きだした蜂にブリガルドがターナシールドを当てる。引っ掻く音を残して盾を引くと、そこへブレードの突きが送り込まれた。切っ先は見事に蜂の胸部を捉えている。
「こうなっては私にも打開策がない。彼に任せよう」
「モーガン博士でもですか」
あきらめるしかなさそうだ。
ラフロがしゃがみこんで攻撃を躱す。その場で軸足を中心にターン。横薙ぎの斬撃が背後に抜けた肉食蜂を二つにする。
伸び上がりつつ振られた剣閃が次の一匹を直撃。翅が散り、頭部があらぬ方向へ飛んでいった。
(強い)
デラは改めて感じる。
剣技に造詣はない。青年と出会って後は調べもしたが、にわかでどうにかなる知識でも技能でもないと思い知った。
わからないまでも、その動きは攻撃というより舞いに近いものを感じる。一つの流れがあるように光の刃は円弧を空間に描いていく。
(でも、彼一人でできることには限界がある)
周囲の蜂を退治して二人に近づかないようにするのが精一杯の様子。確実に数を減らしているが、巣が近い所為で増援も届いていて状況は変わらない。
「このままだと私たち以外は全滅するかも」
「厳しい状況なのは確かだがね」
まったく応戦できていないのではない。ドミニク組もエーハム組も必死に蜂と戦っている。青年ほど効率的ではないが、ブレードはどうにか効果を発揮していた。
(それでも力尽きるのは目に見えてるわ)
青年のような剣技ではない。滅多やたらと振りまわして偶然に当たるのを期待しているだけ。
「おい、なんでだよ!」
「煙出てるぞ」
そう言う男のドリオのパルススラスターからは煙がもれていた。噴射口が赤熱もしている。
「過熱警報出っぱなしなんだよ」
「ちっ、酸素濃度の所為か。あんまり噴かすと推進機がやられるぞ」
パルススラスタータイプの軍事会社のアームドスキンは制限があるらしい。それでも回避機動が取れねば危うくなる。
「安全装置がなんだってんだ! それで俺が危険になってんだっての!」
「切るなよ、馬鹿!」
「切らないと死ぬだろうが!」
一機のドリオの背中で爆発が起こる。パルススラスターが過熱誘爆して外装がささくれ立つ状態になっていた。つんのめった機体は持ち直すが、もう飛びあがることはできない。
「こんなとこで!」
「籠もってろ!」
「無理だろうがぁー!」
回避が不可能になったアームドスキンに蜂が大量に取りつく。各部が破壊されアラートというアラートが鳴り響くのがオープン回線越しにわかった。
我慢の限界を迎えてハッチが脱落する。操縦核ごと脱出してきた。もうひと踏ん張りが利かず、プロテクタが開かれる。パイロットはハイパワーガンを持ちだしているが意味はない。
「ぎゃあぁー!」
その男も食い散らかされて終わる。
(なんてこと。ここは緑色の地獄だわ)
人類の叡智などおかまいなしに飲みこんでしまう地獄。彼らでは抗する術もない。いずれは彼女も飲みこまれてしまいそうで呼吸が浅く短くなってきた。
「私の予想が当たっていることを祈ってくれたまえ」
「モーガン博士?」
博識の昆虫学者は望みを捨てていない様子。
「雨さえ降れば」
「え?」
「もうすぐ降るんな。そのときに離脱するんなー」
ブリガルドを介してかノルデの声が聞こえてきた。重大な事実とともに。
「降るのかね、スコールが」
「それはどういう……。あら、肉食蜂が」
一斉に飛び去っていく。
言っているうちに大粒の雨が一粒二粒とラゴラナのボディを叩く。一気に視界もままならないようなどしゃ降りに変わった。
「今だ! 今しかないぞ! 全員離脱したまえ!」
「もしかして?」
「蜂は雨が苦手なのだ。今なら襲ってくることはない」
呼びかけに応じて全員が飛びあがっていく。
「反重力端子コンテナを!」
「うるせえ! 飛べなくなってる奴もいるんだよ! 見捨てろってのか?」
「なんのために危険を押して降下したというのかね!」
言い争いながらも上昇していく調査団。
デラは命拾いしたのが信じられない気分だった。
次回『剣とは(1)』 「せめて当社への調査許可をくださいな」




