緑色の地獄(3)
湿地からほうほうの体で逃げだしてきた調査団は再び森林の中へ。起伏の多い地形と視界を圧する巨木の幹に苦しめられる。
「うわ、また出た!」
「このあたりは、こいつの巣なのか?」
一枚が1m以上はある葉を舞い散らせて大きな顎状のハサミが付いた尾部が跳ねあがる。ドミニクのドリオが一機、全長が18mはあるハサミムシに胴体を挟み込まれて振りまわされた。
「ぐあ、助けて!」
「ど、どこにひそんでやがるんだ」
腐葉土の下に隠れており、アームドスキンで踏みつけると怒って攻撃してくる。モーガン博士によると草食性なので自発的には襲ってこないが、誤って踏むと自衛行動に出るらしい。
「暴れるな」
「ががが!」
ブリガルドがひとっ飛びで接近すると顎の一本を斬りおとす。威嚇するハサミムシの頭を蹴って追い立てた。
「まるで地雷みたいに埋まってやがる」
「どうしろっていうの?」
数百m進むたびにそんな騒ぎが起こる。
「こんな森焼き払っちまえよ」
「口を慎みたまえ。退去を命じなければならなくなるが?」
「く……」
モーガンのレッドラインである。虫を少しくらい退治するのは問題としていないが、環境を大きく変える行動は厳格に戒める。
「赤外線でも見えにくいところが難しくはある」
「ええ、甲殻が厚くて体温があまり表に出てきてないのよね」
ラフロも苦戦している。体温を検知はできるのだが、足元の腐葉土そのものが腐食反応で発熱している。そこに紛れられるとシステムだろうがパイロットの目だろうが見分けはできない。
同様に呼吸の二酸化炭素検知も妨げられている。すべての試みに失敗して調査団の心が折れかけていた。
「あぐぅ!」
「今度はなに? 大きい!」
エーハムのシュトラッツェンが一機、木の幹に叩きつけられる。身を起こした影は茶色い身体を振り立てて威嚇してきた。横にいた一機が恐怖に足がすくんで逃げ遅れる。両腕ごと挟み込まれている。
「クワガタムシ!」
「ははは、冗談みてえ。アームドスキンよりでかいぜ」
常軌を逸しての巨大さに笑う者まで出てくる。たしかにその甲虫の全長は25mはありそうだった。
挟まれたシュトラッツェンがギシギシと異音を立てている。僚機が慌てて対物レーザーを浴びせているが余計に刺激するだけ。持ちあげられたアームドスキンは腕が逆関節に折り曲げられている。
「ふん!」
ラフロが懐に飛びこんで前脚を半ばから斬りおとす。しかし、それだけではクワガタムシはシュトラッツェンを放さない。
「すまぬ、博士。これは厳しい」
「無理はやめたまえ。殺生もやむを得まい」
ブリガルドはさらに踏みこむ。滑らせた足が落ち葉を巻きあげ、機体を安定させた。右手首を返し剣身を下へ。添えた左手の指が柄尻を引っ掛ける。そこから一気に斬りあげた。
力場の刃はシュトラッツェンの手前で止まっている。だが、クワガタムシの頭は真一文字に割られていた。顎が緩んで捕らえられていたエーハムの女性パイロットは解放される。
「ふっ」
ラフロの呼気と同時にクワガタムシの頭が地に伏す。横に振った長大なブレードから体液が散った。
「吾が関わらねば強者でいられたものを」
残心に相手への敬意が含まれる。
「仕方ないわ、ラフロ。彼が不運だったと思いなさい」
「闖入者である我々にも自衛して生き延びる権利はある。これも生存競争の一つと心するといい」
軍事会社の面々は呆然とブリガルドを見つめている。彼の活躍は臆病者とそしられる人間の行動とは掛け離れている。噂が単なる噂でしかないと思い知らされている頃合いだろう。
「そのクワガタムシも解体して」
そんな思いも無関係なメンバーもいる。
「重量級の甲虫は一番参考になるのよ」
「あんなのを率先して狩れっていうの? 命いくつあっても足りないんだけど」
「契約に含まれているのを忘れないでくださいな。業務を遂行なさい」
プリシラの苦言もダイアナの胸には届かない。アームドスキンが無敵だと思って乗りこんできたパイロットたちは堪ったものではないだろう。
しかし、彼らの勘違いも否定はできない。民間企業にしてみれば非常に高価な設備投資が意味をなさないケースなど普通は考えられないからだ。
(分け入れば入るほど戦闘不能になってるアームドスキンが増えてきている)
デラやモーガンはラフロという心強い護衛がいるのでそれほどでもないが、軍事会社のパイロットが感じている不安は尋常ではないと思われる。
(それぞれが七〜八機は失ってるから残りは二十機強。戦闘は無理でも飛行まで支障が出てる機体がいないのが救いってとこ?)
それでも離脱のタイミングは逸している。森から上昇しようとすればまたあの蜂の群れに襲われるのは予想に難くないのだ。
「モーガン博士?」
「撤収タイミングだろう? 私も模索している」
話を向けなくとも監督官として判断しているようだ。
「いかんせん、突破口が見えん。安全地帯さえないと整然とした行動は難しいと思えてならんのだ」
「混乱と切迫感でまともな思考ができていなさそうですものね?」
「こんな会話さえ聞かれると激発しかねんからね」
パーソナル回線でしか話せない。
(ラフロに特殊な役割をしてもらわないといけないかしら。皆をまとめてもらうような)
それも不向きであるのは否めない。精神的に強い青年もリーダーシップには欠けている。
「博士、意見を伺いたい」
「なんだね?」
当の本人が尋ねてくる。
「こんな生態系でも死骸漁りのような種は存在するだろうか?」
「当然いるだろう。そうでなければこのような森の生態系は成立せんな」
「では、その死骸漁りであろう。集まってきている」
とんでもないことを宣告された。
「追われてるの?」
「通った跡に死骸が残されている。体液を浴びた機体も多い」
「襲ってくるかもしれないじゃない」
背筋を悪寒が這いあがる。危険度はさらに増していく状況だ。
「一般的に死骸漁りの種であれば攻撃性も攻撃力も高くはないはず」
モーガンから多少の好材料が投げ込まれる。
「それだったら……」
「ただし、数は多い。脅威度はサイズによるがね」
「あまり良くないな。かなりの足音を検知している」
意識が動いてσ・ルーンが反応する。ラゴラナの外部マイクの感度が上げられ「カサカサ」という足音が彼女の耳にも届いてしまった。
(うひいぃー)
生理的な嫌悪感にさいなまれた。
「全員聞きなさい」
モーガンが回線を切り替えて呼びかける。
「包囲されている可能性が高い。しかし、さほど攻撃力が高い種類の虫ではないはずだ。落ち着いて対処を願いたい」
「まだ来るのかよ。いいかげんシャレになんねえぞ」
「落ち着けと言っているのがわからないかね」
打合わせもままならないうちに相手が姿を現した。大きい顎などの武器は備えていなさそうだが大柄だ。しかも数が凄まじい。
「ゴミムシの仲間だね」
「くそったれ! こうなりゃもうヤケだ!」
ブレードを振りかぶってゲーリーは突っ込んでいく。周りも引きずられるようにして戦闘になってしまった。
ところが今度は状況が悪くない。15m前後もあるゴミムシだったが、ろくな反撃もできずに切り刻まれていく。
「はーはっはっは! こうでなきゃな! これが正解なんだよ!」
「やっと本領発揮、殲滅するわよ」
プリシラ以下も攻撃に転じた。ゴミムシは怖れをなして逃げていく。鬱憤を晴らすがごとくパイロットたちは深追いしていっていた。
(なんかヤバくない)
そこへ新たな羽音が響いてきた。音の主は細長い胴体に大きな複眼、ビビッドなカラーという攻撃的なボディの持ち主。
デラは最悪の事態を予感していた。
次回『緑色の地獄(4)』 「それどころじゃない! 臨戦態勢!」




