緑色の地獄(2)
「臆病者のクソ野郎が。大盾なんぞ準備してきて涼しい顔してんじゃねえ」
興奮冷めやらぬ様子でドミニクのゲーリーが吠える。
「なに言ってんのよ」
「あんたもあんただ、なんとか学者の姉ちゃん! 依怙贔屓しやがって。事前情報流してたんだろうが、あんな怪物がわんさか出てくるって」
「あの蜂の情報は公式データに載ってるわよ。チェックもせずにのほほんとやってきたのはあなたのほうでしょ?」
お門違いである。
「お得意様らしいじゃねえか。その臆病者はベッドだと勇敢なのか?」
「はぁ!?」
下卑た笑いが起こる。無関係の揶揄に激怒したデラの中で遠慮というい文字が消えた。
「その目は節穴?」
辛辣な口調になる。
「ラフロはまだ一匹もターナシールドに触れさせてもいないわ。それなのに、この数の蜂を退治してるのよ。根本的に剣の腕前が段違いなのを理解なさい」
「このクソアマ、黙ってりゃ……!」
「そのまんま黙ってろって言ってんのがわからない?」
口だけですまず踏みだそうとしてくる。
「やめろ、ゲーリー。学者先生方の協力がなければ調査もできないんだぞ」
「落ち着きたまえ。トラブルが尽きないようなら中止も検討せざるを得ないがね」
ユーザーのボーゼにモーガン博士の苦言まであっては軍事会社のリーダーも引かないわけにはいかない。舌打ちをしながらそっぽを向く。
「ここからは我々が先行する。君たちは同行者の安全確保に専念したまえ」
博士が盾を前に宣言する。
「やむなく退治した個体の回収は許可する」
「そうさせていただきます、博士。おい、反重力端子コンテナに数匹入れておけ」
「わかったよ!」
躾が悪い。表立って反発しないだけ自制していると思うべきか。
(普段どうやってこいつらを使ってるわけ? 荒事師はこんなもんだと割りきってるのかしら)
デラには理解できない。猛獣慣らしでもしている気分なのだろうか。
「まったく。あいかわらずスタイリッシュさの欠片もない仕事っぷり。軍事会社の面汚し」
「喧嘩売ってんのか? きっちり買ってやるぜ?」
「やれやれよね」
エーハムのリーダーが首を振る。
「プリシラ、そんなのに構うのはおよしなさい。時間の無駄よ」
「はい、ダイアナ様」
「それより気をつけてちょうだい。思ったより危険だわ」
(今さらなに言ってんのかしら。来る前からわかりきっていたことじゃない)
モストゴーメカトロニクスの研究者でさえ認識不足なのに呆れる。
(これならラフロたちのほうが現状把握できてたかも。ノルデなんて、彼らが望んでいるデータを映像から割りだしちゃってるかもしれないわ)
あり得ない話ではない。そのうえで青年に経験を積ませるために依頼を受けた可能性まである。あの美少女の仮面の奥には深淵がひそんでいるのだ。
「ラフロ君、よろしく頼むよ」
「ああ、どちらに進むか決めてくれ」
リンクでマップデータが立ちあがる。降下時にイグレドが撮影したものがすでにマップ化されてブリガルドに送られてきているらしい。
(どうやってるのかしら?)
中継子機は飛行系の虫に襲われるので飛ばしていない。別の通信手段を確保しているのには前から気づいているが怖ろしくて訊けないでいる。
「森林の中でこうも視界が悪いのでは立て直す暇もない。ここの湿地帯らしき開けた場所に行ってみようではないか」
モーガンが提案する。
「水場も集まるのではないか?」
「ほほう? たしかにそうだがね、いつ襲われるかわからない切迫感よりはマシだと思えるのだ」
「従おう」
短い答えとともにブリガルドを歩ませる。
「水場なら幼虫のたぐいも確認できるかもしれませんね?」
「それは言わない約束だよ、デラ君。私の要望まで含まれているのが露見してしまうではないか」
「素直に言わなくても」
モーガンの軽口で彼らの空気は和む。後続はそれどころではない様子だが。
(こっちでサンプル確保して売り渡したほうが楽な話までありそう)
デラは企業の体たらくに呆れる。
(たしかにお金に汲々とする部門ではあるだろうけど、そこに資金を注がないと将来はないのにね)
数分の移動で空が見える位置まで着いた。ワリドントに自生する種くらいの巨木となると泥濘の中に根を張るのは難しいだろう。
浅い水辺では単子葉系の草がツンツンと伸びている。それさえも3mほどの高さを持っている。どうなっているのか彼女は覗こうとしたがラフロに止められた。
「いるぞ」
「え?」
青年がブレードを水中に向けて一振り。なにかが身をひるがえして逃げる波紋が立つ。恐怖に身体が固まった。
「きゃあ!」
「うそっ! なに!?」
エーハムのシュトラッツェンが足を掴まれ水中に引き込まれようとしている。正確にいうと噛まれているのだ。水中にひそむ幼虫の顎だけが伸びてアームドスキンを餌として捕食しようとしている。
「いや! いや!」
無闇に水面にブレードを叩きつけている。偶然にも当たったのか、大きな腹部で水を蹴立てて幼虫は逃げだしていった。
「情けねえ悲鳴あげてんじゃねえよ。恥ずかしいぜ」
「俺たちでお嬢さん方の面倒まで見なきゃならない……、うげぇ!」
失態を囃し立てていたドミニクの男が奇声を発する。その男のドリオタイプの機体の腕が巨大なハサミで掴まれていた。
「おい、冗談は……」
続いて「ごきぃっ!」と破砕音がする。肘から折られた前腕がハサミの持ち主に持っていかれた。
「か、カニ!?」
「とんでもないでかさだ!」
泥の中から次々と淡水性のカニが身を起こす。足まで含めた横幅は12〜3mはあろうか? ハサミだけでもゆうに4mの長さを誇っている。
しかも移動が速い。さらにはハサミの破壊力。まさかアームドスキンのフレームまでへし折るほどとは思いもよらない。
「待て!」
「躱しやがった!」
ブレードで応戦するも機敏に逃げられている。そうしているうちに背後にまわられ、腕や足を挟まれる有様。再び何度かの破砕音が響きわたることになった。
「水辺にひそんで狩りをしているのか」
モーガンがターナシールドでハサミを防ぎながら言う。
「よく考えている」
「呑気に感心している場合じゃないですよ!」
「うむ、湿地もお世辞にも安全地帯とは言えなさそうだね。すさまじいまでの生存競争だ」
危機的な状況下でまで分析能力を発揮してほしくない。
「ラフロ!」
「問題ない。カニが動くと幼虫は出てこれないようだ」
「そのカニがヤバいのぉ!」
デラは殺到するカニをシールドで押しのける。すり足で泥を蹴立てたブリガルドがブレードを振りおろした。ハサミが刎ねられて重い音とともに落ちる。
ラフロはターンしながらカニの腹に蹴りを見舞う。持ちあげられた両のハサミを横薙ぎで一気に斬りとばす。カニもかくやという機敏さで動きまわって撃退していた。
「退治しないの?」
さっきからハサミを落としているだけなのに気づく。
「博士は必要以上の殺生を望んでいないようだ」
「まあ、ハサミなら再生するものね。彼らにはそれ以外に武器がなさそうだし」
「うむ。ハサミがなくなった個体は逃げていっているね」
そのハサミが強力すぎる武器なのも事実。まさかアームドスキンを破壊できる種がワリドントに生息しているとは夢にも思っていない。
(無意識に高をくくっていた? 厳環境化でも耐えるほどの人類が誇る兵器が現住生物の攻撃に負けるなんてあり得ないって)
「ぶっ殺せー!」
「叩き潰すのよ!」
物騒な怒声だけが流れる水場で後悔が頭をよぎる。準備不足を否めない。
デラは調査任務の失敗を覚悟した。
次回『緑色の地獄(3)』 「こんな森焼き払っちまえよ」




