緑色の枷(2)
「カレサ人にゼムナの遺志かね。ふむ」
「あまりオープンにできない話なんですけど」
「星間管理局本部が君を外さないのも、そのあたりに理由があるような気もするがね」
「う……」
反論しづらい。
宙区本部で小型艇イグレドに移乗した。届けてあったラゴラナ二機も積載されて、今度は企業メンバーとの合流点に向かう。
「ワリドントの時空間復帰ポイントで待機しているはず」
手筈を伝える。
「わかった。超光速航法三回だからのんびりで」
「よろしく頼む」
「はい」
モーガンは少年のフロドが操舵士だと聞いても落ち着いている。人生経験豊富な老紳士には驚くほどのことではないのだろうか。
「ノルデ、自動航行で」
「わかったんな」
「システム、時空界面突入時だけカウントダウンを」
『承知いたしました』
早々に操縦室を離れる。超光速航法の最大距離は五百光年。時空間復帰と再びの時空界面突入には一時間のレストタイムか一万km以上の移動が必要である。制限速度で一時間あまり掛かるのであればレストタイムを取るほうが順当。打合わせを兼ねてカフェテリアに移動した。
「酸素濃度52%なー」
あまりの特殊事情にノルデも呆れ声。
「それって生物いるの? 酸素って有機系生物の活動には不可欠だけど、度を過ぎれば危険なはずだよ」
「そうよ、フロド、普通はね。このパーセンテージはすぐに症状が表れるレベル」
「すごい惑星だね」
怯えの色を見せる。
「生物が酸素を取り込むと活性酸素も生まれるわ。この活性酸素も体内で利用されているんだけど、過剰になると細胞を破壊してしまうリスクも存在するの」
「わかりました、デラ先生」
「よろしい。なので、生物は活性酸素から細胞を守るために抗酸化能力を持っています。各種の抗酸化酵素とかですね。惑星ワリドントの生物は極めて高い抗酸化能力を獲得して、酸素濃度の高い大気中でも活動できるよう進化しました」
途中から悪乗りして授業ふうになる。ここに来るまで聞いたものと調べたばかりのものなので内容は間違っていない。
「高い酸素濃度で生存できるようになった生物は、適応する過程で別の能力も獲得します」
少年に説明をする。
「なんですか、先生?」
「巨大化です」
「うわー、びっくり」
わざとらしい。今までの経験からして彼らは十分な事前調査をして情報収集をしてきている。企業が得られる情報などイグレドには筒抜けに等しい。
「ワリドントの主役だった昆虫は巨大化しています。数mにもいたる個体が確認されているようです」
以前見せられた蜂の画像を出す。
「怖いですね」
「強そう!」
「男の子なのね」
彼女とは反応が違う。
「問題なんな」
「ヤバい?」
「酸素濃度50%超えはマズいんな。ビーム兵器の過熱限界超えてるんなー」
ノルデは当然気づいている。デラも見逃しはしないだろうと高をくくっていたが。
「そこでラフロの出番。ビーム使用不可能のこの惑星で最も活躍できるのはあなたよ」
青年は無言で頷いている。
「そう単純でもないんな」
「え、違うの?」
「もちろん、力場刃は使えるんな。ラフロの得意なフィールドなんな」
そこまでは予想どおり。
「でも、リフレクタは使えないんな。ビーム兵器は完全に無効化できるけど、物理攻撃にはあまり効果がないのんなー」
「げ、盲点だったわ」
「攻撃はともかく防御に難点があるのだね?」
力場盾はその名のとおりエネルギー兵器ならば確実に遮断する。電位的に不均衡な熱プラズマやラジカルなどが主な対象だ。
それ以外に一部電磁波、光や放射線等も遮蔽する。正確には力場内で乱反射させている。それゆえただの力場が発光して見えている。ただし、強固に結合した物質には効果がない。
「ブレードと違って核力にまで作用するほど強い力場ではないんな」
ノルデは説明を締めくくった。
「マズいわ。いくらモンスターみたいな巨大昆虫でも主な攻撃方法がビームなわけないもの」
「うむ、彼らは物理一辺倒であるな」
「でも、アームドスキンの装甲を貫けるほどの武器を持っているかしら?」
見るかぎりは凶悪な顎や前脚の鎌、もしかしたら針も。
「未確認なんな。だから物理シールドを用意したのんなー」
「手回しがいいのね」
美少女が表示させた3Dモデルを見る。彩色はブリガルドに合わせて赤銅色メインで、等身の高い機体用に縦長に作られている。
「ついでだからターナシールドにしたんな」
ラゴラナの装備品と同等の性能なのだそうだ。
「真似したわね?」
「使えそうなものは使うんな。探査系の依頼が増えそうだしなー」
「依頼料まけなさいよ」
ついいつもの癖が口をつく。
「管理局は払いがいいんな。それに大学も儲かってるんな」
「調査済みなわけ」
回転するモデルが断面を見せる。分厚い装甲のハニカム構造になった内部にはターナブロッカーが充填されている。表面にも排熱用ターナラジエータが複層塗布。さらには中心にリフレクタコアまで搭載されていた。
「完璧ではないかね。市販できるレベルと思えるが」
「重いから取りまわし悪いんな。特殊なケースを除いて実戦では使えない装備なー」
考えうる対策は万全の様子。デラたちも防御用にターナシールドは持参している。未開の惑星を相手にするのに準備は怠らない。
「ワリドントってどんな惑星なの、モーガン博士」
フロドは少年らしい興味を抱いている様子。
「うむ、陸地と海洋の割合がほぼ50%ずつという、標準の域をはみ出さない惑星なのだがね」
「住めそうに思えるんだけど」
「いかんせん水の絶対量が少なめの構成になっているのだ。そこへ陸地全域をほぼ制覇した樹林の繁茂が助長した。森林の保水力の所為で海洋全体が浅めになった」
ノルデが表示させたワリドントの3Dモデルでは両極から赤道付近まで満遍なく海洋が配分されているように見える。しかし、そのほとんどが浅海らしい。
「ゆえに海洋性の珪藻類も沿岸に限らず繁茂してしまった。主星の光を糧に、旺盛に光合成をしておる」
植物に覆われた惑星がワリドントである。
「でも、よく栄養が足りてるね。空気中に窒素が少なめなのに」
「植物は空気中の窒素は使えないのだよ。光合成に用いているのはアンモニア態窒素と硝酸態窒素」
「それって?」
「主には枯れた葉っぱとか生物の尿や糞とかよ」
デラが補足する。
「海洋では魚類はもちろん、数多く発見されている節足動物が供給源であろう。地上では覇者である巨大昆虫類が森林を支えているのだろうな」
「じゃあ、全部森みたいなものだね?」
「良い例えだ。ワリドントはまさに惑星全体が巨大な森なのだよ。そこで生みだされた酸素が大気を異常な状態にしてしまっておる」
呼吸不能なまでに高まってしまった酸素濃度。それさえも武器にして巨大化した昆虫。生命の神秘を体現しているがごとき惑星である。
「で、企業の人ってどこに注目したの?」
彼らは益のないところには興味を示さない。
「おそらく巨大昆虫であろうな。本来は構造的に数mの単位までは巨大化できんのだよ」
「構造力学だね」
「うむ。体構造を支える強力な筋肉と外骨格構造。そのあたりに目をつけているのであろう」
博士も想定はしてきているらしい。
「さあ、あとは調査申請の企業がどこまで準備しているか、ね」
「必要なデータは提供したつもりだがね。彼らがどこまで理解しているか」
モーガンならば酸いも甘いも噛み分けてきている。企業の貪欲さというのも身にしみて解っているのだろう。それだけに不安を覚えているようだ。
何事もなく調査が終了したりはしないだろうとデラも当たりをつけていた。
次回『対立の枷(1)』 「格好悪くない?」




