夢を歌う鯨(4)
「皆様、こんにちは」
それは突然、星間銀河圏すべての管理局ビルで棟内と外部インフォメーションパネルに流される。人々は何事かと注目した。
「こちらは星間管理局です。これから特別生配信を行いますので、お手空きの方は御覧ください」
管理局のロゴだけだったパネルに映像が流れはじめる。
「新たに『ネローメ』という惑星が星間銀河圏に加わりました。そちらの市民の方々から皆様にご挨拶がございます。彼らの声をお聞きください」
そう言われても投影パネルには海中らしき景色が映っているだけ。こもった波の音は癒やしではあるが、興味を惹くには足りない。
最初は一部の市民が注目しただけであった。
◇ ◇ ◇
「さあ、準備はいーい?」
『はーい!』
ロレンチノの子供たちが一斉に泳ぎだす。海面から鼻面を出していっぱいに空気を吸うとまた潜ってきた。
(見てなさい。星間銀河市民すべてを魅了してやるんだから)
デラは意気込んだ。
複数の海中ドローンカメラがクリア光ケーブルで海面に浮く中継子機へとつながっている。子機から小型艇イグレドに伝送され、それが超光速通信で星間管理局へと中継されていた。
「はじめ!」
号令をかける。
『上手くできるかなー?』
『プクプクってやるといいのよ』
『今日こそ一番きれいな泡を作ってやる』
口々に不安や意気込みを語りながら散っていく子供たち。彼らの言葉は電波なので映像には乗っていない。デラたち見守る側の人間が聞いているのみ。
(変に作り込む必要なんて欠片もない。彼らの自由に任せればそこに芸術品が生まれるんだもの)
波の音と光のゆらめきだけが占めていた画角に宝石が上ってくる。主星の光を反射した気泡の数々だ。
大小様々な煌めき。ポンと割れてはまた交わる揺らぎの光。躍動を感じさせる泡の輪の踊り。それらが画角いっぱいに奇跡の絵画を描く。
「♪るるーりーるー」
どこからともなく流れてくるかすかなメロディ。
「♪とっととたん たたんとん」
リズムリードがメロディをまとめ整頓されていく。
だんだんとボリュームも上がってきて、一つの音楽として成立してくる。メロディラインも重なってきて厚みを見せるようになってきた。
気泡の変化する造形美に重なるBGMだけでも十分に見応えのある芸術品。しかし、それだけで終わらせる気はない。
「♪きゅーりーきゅーらるー」
歌声が加わる。まるでカメラに迫ってくるかの如くボリュームが高まってくると、優美な白い翼を持つ妖精が舞い込んでくる。ハセーが画面いっぱいに舞い泳ぎはじめた。その姿も一つの幻想の域。
「♪るーりるりー」
「♪りりーらるーらー」
「♪るーるりきゅらー」
さらに画面は埋められていく。多数のロレンチノが優雅な舞いを披露し、それは群舞という芸術へと昇華していく。
(どうよ。これがたった一種の人が身一つで作りだす総合芸術よ。この素晴らしさを感じとりなさい)
それは命の輝きを歌っている。前置きなど不要。題名も不要。解説など無粋。どこの誰にでも伝わるメッセージが心へと染み入ってくる。
「お疲れさま。そこまでにしましょう」
『もういいのですか? まだ歌えますよ』
「つかみはOK。仕上げは今夜なんだから」
七分ほどの配信を終える。一度にすべてを見せるのはもったいない。気を引くには十分なパフォーマンスを投げかけたはずである。
「以上、海翼人の皆様からのご挨拶でした。今宵も歌を披露したいとおっしゃっておられますので、よろしければもう一度お耳を拝借させてください」
管理局のインフォメーションで締めくくられる。
「聞くまでもないけど、どんな感じ?」
「話題沸騰なー。とてつもない勢いで動画が再生されていってるんな」
管理局のサーバーでなければとっくにダウンしているところ。
そして、夜が来る。
今度は海上からの画角と海面付近からの画角が切り替わる映像構成。最初は暗い海面が揺らいでいるだけだったが、一つ二つと流線型の身体が浮きあがってくる。
翼を持つ鯨たちは白の一種ではなかった。黄色っぽかったり、灰色だったり、斑点や黒い筋を走らせていたりする。来られる郡の人々には声を掛けてあったからだ。
「♪るーりるー」
合唱がはじまる。広い画角には無数のロレンチノが頭を突きだす海面。そのすべてが同時に歌いだしたメロディは、どこか切なげでどこか希望を歌っている。
画角が変わり、海面からの映像。すると、ロレンチノ皆が星空を見上げながら歌っているのがわかる。星の海への憧れの歌。彼らはそこを目指す夢を歌っているのだとわかる。
「♪るーきゅるー」
「♪たん とたん」
十数分にわたる合唱が終わった。
懐かしさを覚える感動がデラの胸を締めつける。伝える立場にありながら、また泣いてしまっていた。
「以上で特別生配信を終了いたします」
管理局のインフォメーションが差し込まれる。
「ロレンチノの方々のマネージメントは星間管理局興行部が請け負っております。今回の映像使用や新たな映像制作のご要望などは管理局ビルへお問い合わせください。では、良い夜を」
(間違いないわ)
デラは成功を確信していた。
◇ ◇ ◇
「ヤバい……」
結果を聞いたデラは愕然とする。
老からハセーが知らされた金額はとてつもない桁数だった。すべてが使用権の売買によるもの。それは今も膨れ上がりつつあるという。
(あんな見事な幻想曲を聞かされれば当然といえば当然)
『仲介手数料を差し引いた額ですけど、星間管理局興行部にプールされているそうです』
ハセーはピンと来ていなさそうだが、大国の国家予算数年分の規模だった。
『その予算でネローメ各地に放送施設を完備するとおっしゃっていたと。もちろん医療器具に関してもすぐに開発してくださると嬉しい報告が』
「当然よね、儲けてるんですもの。本部はこういうとこ、しっかりしてるんだから」
『管理局施設も設置されるみたいですよ。フロート施設ではなく、海中の物にしてくださるそうです』
美観にも配慮するらしい。
「いいわね。私がそこに住みたいくらいだもの」
『歓迎いたしますわ』
「ありがとう。でも、フィールドワークに飛びまわる人生には不向きね。時々バカンスに来るのがちょうどいいわ」
海中ビルができることで、無垢なこの惑星にも人工衛星が張り付くことになるだろう。それくらいは我慢しなければならない。
『それと、医療設備は予算から建造されると聞きましたが、駐留してくださる星間平和維持軍の方の警備費は管理局が持ってくださると』
たしかに妙な輩が寄って来かねなくなった。
「なるほど。そっちは気がまわらなかっ……。ふーん、そういうこと?」
「なんのことなんなー?」
「裏から手をまわしたのね?」
ニンマリと笑っている美少女に気がついた。デラやフェブリエーナでは理解が追いつかない側面はノルデのフォローが入ったらしい。
「これで見事に一件落着。もうなんの心配もいらないわ。あなた方は好きに歌っているだけで管理局のサービスが受けられる」
『みんなデラさんたちのお陰です。ありがとうございました』
「気にしないで。私は自分の力量の範囲内で達成できなかったのが悔しいだけだもの」
『あら』
ハセーが「ケケケ」と笑い、皆も釣られて笑う。青年は無表情に佇んでいるだけだったが。
『ラフロさんもお世話になりました』
「なにほどもない」
「僕も楽しかった。また遊びに来るね」
『はい。必ずですよ、フロドさん』
挨拶を済ませたデラはハセーたちの触腕と握手を交わして小型艇へ乗りこんだ。
◇ ◇ ◇
金色の翼を背負ってイグレドが飛びたっていった。ハセーは恩人の乗る船をずっと見送っている。
(ハセーたち精神性をしきりに褒めてくださいましたけど十分に素晴らしい人間性の持ち主ばかりでしたわ)
彼女は思う。
(それにラフロさん。感情をお見せになってくださいませんでしたけど、あの歌の意味を感じられるということは……?)
海翼人の女性も角持つ青年の真意までは理解できなかった。
次は「虫の星のコントルダンス」『緑の枷(1)』 「言っちゃう? それ、言っちゃう?」




