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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
水の星のファンタジア
27/158

夢を歌う鯨(2)

「なんでですか!」

 フェブリエーナがムキになる。

「加盟市民でもないんだから管理局の薬を使ってはいけないとでも言うのですか!」

「落ち着きなさい、フェフ」

「違うんな。その人は病気なんな」

 ゴート遺跡ノルデは静かに告げる。

「え? あ?」

「むやみに薬を使えば、どんなふうに効き目が作用するか予想できないんな。まずは安静にできるところで調べるんなー」

「フェフ?」

「はい、ごめんなさい」


 ロレンタルに襲われたのは病気で調子を崩した所為だという。コチーもそうじゃなければ撃退できたはずだと言い添えてきた。


『よし、運ぶぞ』

『おー』

 数人がかりで負傷者を触腕で巻き、囲んで運ぶ。

『静かに急ぐぞ』

(われ)の後ろに付け」

『おう、頼む』


 いつの間にかブリガルドがターナシールドを持ちだしてきている。先頭に立って水を掻きわけ、ヤビーという名の病人に負荷がかからないようにしていた。


(治療しようとしていたときも彼はすぐ傍にいた。あれはセンサーで容態を確認していたのね)

 ノルデとラフロがもっとも冷静に対処していた模様。


 メア郡に運びこまれたヤビーは海流の穏やかな洞穴に連れていかれる。そこで本格的な診療をはじめた。


「止血ジェルの効果は問題なさそうなんな」

 ノルデの小さなフィットスキンが周りをめぐる。

「でも、状態は良くないんな」


 高度な医療センサーを用いて診断していく。数値を確認しながら並行処理をしているようだった。


『大丈夫でしょうか?』

 ハセーが心配げにしている。

「ごめんなさいね。私もフェフもそっちは専門ではなくて。ノルデに診てもらうしかないの」

『外の方と身体の構造が違いすぎるのは理解しています。できれば助けてやってもらいたいのですが』

「保証できないけど、彼女に任せるのが一番だと思うわ」


 ゼムナの遺志の叡智に頼るしかない。ロレンチノも大勢集まってきて見守っていた。


「敗血症なんな」

 ノルデが診断を下す。

『敗血症とはなんですか?』

「血液にバイ菌が入りこんで増えてしまってるんな。ひどくなると朦朧としてしまうんなー」

『それで弱って』

 周囲がざわめく。

「大気は通常より綺麗だから肺感染は考えられないんな。尿路感染の兆候もないんな。変なものを食べて腸管が傷ついてるふうもないんな」

『おかしなものは食べてないはずなんですが』

「これが気になるんな」


 少女の小さな身体が泳いで患者を指差す。そこには治りかけの傷が認められた。


「ここから感染して、一部臓器を弱らせたっぽいんな。しばらくは調子が悪かったはずなんな」

『うん、ヤビーは身体だるいってこぼしてた』

 ノルデが尋ねると同調する証言が得られる。

『美味しいもの食べて元気になるからって出ていった』

『困ったものですね。誰かに頼ればよかったものを』

『みんなを心配させたくないって我慢してたみたい』

 思いやりが裏目に出た。


(危なかった。無闇に投薬してたら、血を増やすどころかバイ菌まで元気にさせかねない処置だったかも)

 冷や汗が出る。


「まずは抗生剤を使うんなー」

 安心させるように頷く。

「ロレンチノ用に調整するから一時間待つんな。あとは本人の抵抗力しだいなんな」

『元気づければいいのですね?』

「負担にならない程度ならなー」


 敗血症を治してしまってから弱った臓器の治療に入るという。それまでに詳しく調べて適正な薬を調合すると保証した。


「やっぱりすごいんですね、ゼムナの遺志。わたしたちが調べてどうにかなるような存在ではなさそうです」

「星間管理局も彼らとの距離の測り方には苦労しているみたい」


 とにもかくにも繋げておきたい。それがイグレドのような立ち位置の民間艇を公共事業にあてる結果として表れている。しかも、今回のケースのように通常では考えられないほどの働きもしてくれるのだから一挙両得という結果も生む。


「そういうことだったんですかあ」

「あまり公言してないのはそれが理由」

 露骨すぎないよう配慮しているのだ。

「ユーザーって立場だとどう接すればいいんでしょう」

「特別扱いしないのが一番かしら。親しくなるのは問題視されないと思うわ」

「むしろ推奨されそうですよね?」


 取りこみたいのが本音である以上は。意識せず気安く接するには度胸が必要だが。


「ん?」

 そのとき、マイクの拾ったメロディがコクピット内部に届いてくる。

「これは?」

『励ましの歌ですわ。皆がヤビーを案じて歌っています』

「へぇ」


 旋律は複合的である。「♪るるるー」というメロディラインもあれば「♪ちっちっちっ」とリズムを刻むものも。「♪たたたととと」と打音のようなものに「♪きーきゅー」とボーカルまで混じってくる。

 音階も様々で最初から役割分担が決まっているが如き流れ。すべてが相まって流麗なメロディを奏でる。楽器で演奏されたほどの厚みは感じられないものの、そこには意思の煌めきがある。伝える思いがひしひしと込められている。


「音楽なのね、ロレンチノなりの」

『外の方みたいに道具で音を奏でることはできませんが、ハセーたちはどこでも歌えます』


 ヤビーがふわりと身を起こす。メロディに合わせてゆらゆらと触腕を揺らめかせた。仲間の応援に応える意思を伝えているのだろう。


(一人ひとりが互いを思いやる連帯感がこの音楽を生みだしてる。彼らの精神性が色々な芸術を作りだす素地になっているのね)

 知れば知るほど貴重な人種に思えてくる。

(学ぶべきところが多い。それなのに道筋を作れないのが悔しくてならないわ)


 デラは苦しい気持ちを抱えながらも、自身が励まされている気分になっていた。


   ◇      ◇      ◇


『ありがとー。すごく楽になったー』

「ノルデは苦しいんな」


 三日後、回復したヤビーが触腕で少女を抱きしめている。傷は再生成分の効果でほぼ閉じているし、体調も十分に良くなっているようだ。


「敗血症は完治してるんな」

 センサーの数値を読みとって断じる。

「内臓の治療に移るから安静にするんな」

『はい、言うこと聞くー』

「慣れてないから薬の効きはすこぶる良いんな」


(それも回復が早い理由の一つね。普段はどうしてるのかしら?)

 デラの中に疑問が湧く。


「フェフ、彼らの医療に関する資料はあるの?」

 後輩が専門だ。

「あまり確たるデータはないんです。簡単な外科的治療はしてるみたいですけど」

「そう。ハセーは詳しいの? それとも専門の人がいるの?」

『知識という意味では(ろう)が口伝で代々蓄えています。実際に施すのに専門家はおりませんのよ』


 かなり曖昧だ。物質文明のほうは比較にならないくらい遅れている。


『傷に効く海藻とか、腹痛のときに食べる海藻なども栽培はしているのですが』

 触腕を使って植えつけている場所があるという。

『他には寄生虫を下すのに使う海藻とか』

「おおう、ダイレクトね。そういうのもまだ残っているわけ」

「生食ですから」

 フェブリエーナは当然とばかりに言っている。

『虫下し、苦いんだ』

『そーそー、ヤビーも大っ嫌いー』

「あははは」


 効き目が保証されている薬といっても天然物がメイン。そのまま口にする、潰して傷口に塗るなどが当たり前の世界。


『ロレンチノが最も欲しているのが医療に関するものです』

 ハセーが真剣に訴える。

『ご覧の有様ですので。デラたちがいてくれなければおそらくヤビーも看取ることしかできなかったと』

「切実ね」

『すっごく感謝してるんだよー』

「ノルデは潰されそうで感謝できないんな」


(たしかに一番の問題みたい)


 ロレンチノの人口がそれほどではないのも医療に原因があるとデラは感じた。

次回『夢を歌う鯨(3)』 「私が間違っているのかしら」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 成る程、敗血症でしたか……。(ファンタジーでは中々聞かないかも?)
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