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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
水の星のファンタジア
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夢を歌う鯨(1)

 やはりデラは満足のいく結果を得られていない。メア郡のサンプルはありきたりの鉱物しか検出できなかった。

 他の郡と申しあわせて行った広域の採集やもっと深い海溝の調査でも彼女の知識に引っかかるものはない。ただフェブリエーナを喜ばせるだけに終わった。


(もっと手広くやる? 普通ならあきらめるとこだけれど)

 あきらめたくはない。

(ロレンチノの期待に応えたい。彼らは絶対に星間銀河圏に加わるべきだわ)


 しかし、加盟を維持する財源が見つからない。地下資源という視点だけでは駄目で、もっと別の財源を模索すべきだと上申するのが正解か。思い悩む。


(私が結果を出すのが一番の近道なのに)


 感情的なのは認める。別の誰かに託しても、それがロレンチノに好意的な人物かどうかもわからない。おざなりに流されれば道は閉ざされる。


「なにか……」

 調査手段を模索する。

「デラ」

「なにかしら、ラフロ。ちょっと集中して考えたいのだけれど」

「すまない」

 苛立ち混じりの言葉をぶつけても青年の瞳に色は表れない。

「少し騒がしい。動きたいのだが、ユーザーの許可が必要だ」

「なにか問題が? ロレンチノに?」

「そうらしい」


 それならば話は別だ。彼女もすぐさま立ちあがる。


「どんな状況?」

 歩きながら尋ねる。

「怪我人が発生したと言っている。ただ、音響会話しか届いていないので詳細が把握できない」

「遠いのね。でも、怪我人となると穏便ではないわ。協力を申し出ましょう」

「できることはしたい」


 操縦室に着くと発進準備は整っていた。デラはすぐさま現場に向かうよう告げる。移動中に経緯を教えてもらう。


「怪我人はメア郡の若者らしいんな」

 ノルデが聞いた話だ。

「ロレンタルの群れに襲われているところをドイ郡のグループに救助してもらっているけど相手の数が多すぎるみたいなんな」

「なるほどね。邪魔にならないようなら助けてちょうだい」

「承知した」


 小型艇イグレドの周囲をメア郡の自警団が取り巻いている。救助隊を形成して急行しているところに加わった。ラフロとデラは機体格納庫(ハンガー)に向かう。


「先輩、わたしも」

 フェブリエーナも立候補する。

「あなたは足手まといだわ。行きたいなら同乗よ」

「それでかまわないです。ロレンチノのためになにかできるんなら」

「駆け足」


 搭乗リフトポールに二人つかまって降りる。サブシートを出してそこに座らせるとデラもパイロットシートに着いてロックバーを下ろした。


「ブリガルド、発進する(エンゲージ)

「デラ、ラゴラナも発進するわ(エンゲージ)

「高速巡航してるから水流に気をつけて。出たらすぐに兄ちゃんの後ろに」


 注意されたとおりブリガルドの背後に付く。一瞬押し流されそうになるが、次の瞬間には背中から押されるような感触。


(ラフロが先導してくれてる)


 普段は見られないような速度で泳ぐロレンチノたちにもついていけた。イグレドは邪魔にならないよう最後尾に下がっていく。


「いったい、なにが?」

「わからないわ。とりあえず怪我してるっていうロレンチノを保護しないと」


 ラゴラナの音響センサーは警戒音のような鳴き声と「ドン! ドン!」という破裂音を拾っている。進んでいくと、遠く翼持つ鯨の群れが確認できた。


「あんなにいっぱいのロレンタル!」

「あれでは大変ね」


 広域調査の際に何頭かのロレンタルを見かけている。しかし、今回見えているのは百頭近いレベルの群れ。一角では血煙のようなものまで認められる。


「戦闘になる。下がれ」

「ええ、そっちは任せるわ」

「ラフロさん、アームドスキンでも剣なんですかあ?」


 背中から抜いたブレードグリップに15mの光の剣身が発生する。初めて目にしたフェブリエーナは驚きと呆れの入り混じった感想をもらした。


「心配いらない。彼は達人よ」

「そうなんですか」

「そもそも水中だとビーム兵器は効果薄だって聞いたことあるし」


 ブリガルドも左の腰にビームランチャーを装備している。が、彼が抜くところを想像できないのも事実。


「参る」


 ラフロが加速する。血煙の向こうへと回りこむと光刃が縦横無尽に円弧を描いた。海中が赤く染まるさまを覚悟したデラだがそうはならない。沈んでいくのはロレンツ器官の要たる角だった。


「下がるがいい。さすればこれ以上は斬らぬ」


 ロレンタルは遠巻きになる。ブリガルドを警戒しているようだが、やはり言葉は通じていない。「ドン!」という破裂音が無線越しに大きく響く。


「あれって攻撃音波なのね。遠隔攻撃してる?」

 勘で言う。

「はい、攻撃音です。魚ならあれで失神したりもするんですけど」

「アームドスキンに通じるわけないわね。うるさいだけ」


 飛びだしてきたロレンタルがブリガルドに牙を立てる。装甲はものともしない。むしろ牙のほうが欠けたかもしれない。ラフロは拳で一撃食らわせて追いはらう。

 すると群れは「キー! ギギィー! ギッギッ!」と言葉にならない電波を発してくる。おそらく彼らの間では伝わる脅しなのかもしれないが、あいにくと解読不能だ。


『もう、大丈夫だ。追いはらう』

 一人のロレンチノが電波を飛ばしていく。

「コチー?」

『耳に来るから前に出るなよ』

「わかったわ」


 コチーも自警団の一員だったらしい。仲間に混じって広がると口を開けて音波攻撃を開始する。「ドッ! ドッ!」という余波が後ろまで響いてくる。これでは正面にいれば堪ったものではないだろう。ロレンタルは身体を震わせて向きを変え、群れで逃げだした。


『今のうちに』

 負傷者が自警団の後ろに引き入れられる。

『世話になったな、ドイ郡の。礼は今度にさせてくれ』

『気にするな、メア郡の。お互い様だ。次の機会にゆっくり美味いエビでも食わせてくれ』

『任せろ』


(群れや種の違いに確執とかまったくないのね。互いに尊重しあっているんだわ)

 少し驚かされる。


「フェフ、彼らはいつもこんな感じなのかしら」

「はい、ブシュマン博士も郡の間で諍いがあったという証言は得ていませんし、そういう記録もありません」


 というのも、ドイ郡の人種は明らかに体長があり30m近い者ばかり。体色も薄い黄色で黒斑点がまだらに散りばめられている。それほど違っていても彼らにとっては同じ海翼人(ロレンチノ)らしい。


(素晴らしい人類愛。彼らの精神は星間銀河圏の人類を超えているかもしれない)


「まずは負傷者の治療を」

「そうだったわ」

 怪我をしたロレンチノが連れてこられる。

「止血ジェルを使います。少し離れて」

『どうにかできるんだったら頼む』

「とりあえず血を止めないと」


 近づいて噛み跡に止血ジェルを噴射する。ネローメ派遣に際し、ラゴラナの手首のマルチスプレーに装備されていたもの。それなら大概の生物には効果がある。


「血はなんとか止まったな」

 えぐられたようになっているところもジェルの再生促進が効くはず。

『助かった。ありがとうな、デラもフェフも』

「いいえ、コチー。当然よ」

『ラフロもいい判断だったぜ。斬ってたら、奴ら血に狂って手を付けられなくなるところだった』

 肉食の本能に火がつくという。

「勘が働いただけだ」

『音波攻撃なんぞじゃ逃げてくれなくなる。水を赤くしなきゃ終わらない』

(われ)が海の生態系に深く関わるべきではないと思った」


 青年の自制の結果が事を大きくしないで済ませたようだ。そうでなければ今頃乱闘の最中だったかもしれない。


「無事だったのは幸いよ。治療を進めましょう」

 ぐったりとしている負傷者。

「増血剤を投与するわ。それから感染の確認を」

「薬を使うのはやめとくんな」

「それはどうして、ノルデ?」


 美少女に制止を受けたデラは眉をひそめた。

次回『夢を歌う鯨(1)』 『元気づければいいのですね?』

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 生態も違うし、文化も違う……”今はまだ”深く関わり過ぎない方が……。
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