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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
水の星のファンタジア
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海翼人の暮らし(4)

 デラはアームドスキン『ラゴラナ』をメア郡内の深い落ち込みに潜航させる。そこは光も届きにくくサンゴや魚影も少ない場所。だが、地質サンプルを得るには適した場所である。


「ひゃへひひゃー」

 奇声を発しているのはフェブリエーナ。

「せせせ先輩、変な形の魚が! あっちには見たこともない生物が!」

「私の名前は『せせせ」じゃないわ。それと生物サンプルの採取は今度にしてちょうだい。今日は地質サンプルの収集に来てるのよ」

「ひゃーうー……。ちょっとだけでもお」

 不平たらたらである。

「せめて作業が終わってからにして。ラフロやハセーを付き合わせてるんだから。あなたを一人にしたらすぐ迷子になるでしょう?」

「否めません!」

「自信持つな」


 ライトを点け、さらに音波エコーで海溝の壁面位置を把握しつつの潜航である。別のものに夢中になってしまえば容易に自身の位置がわからなくなってしまうだろう。

 ときどき「タン!」という音がエコーに混ざるのはハセーが出しているもの。彼女でさえそれで相対位置を確認しつつ泳いでいる。


「深度600、水密異常なし、そのあたりにしとくんな」

 ノルデが状態をチェックしつつ伝えてくる。

「もうそんなに? 様子見には程よいところかしら」

「すぐに底なんな」

「堆積物を巻きあげると面倒だものね」


 ラゴラナ自体は計算上2000mまで潜航可能。機動限界深度である。つまり、それ以上の潜航にも機体強度は耐えるが、駆動させるパッケージシリンダなどが作動しなくなる危険がある。


「じゃあ、採取するわ」

(われ)が斬りとるか?」

 ラフロが訊いてくる。

「こっちでやる。そんなに量は必要ないのよ。ありがとう」

「では、警戒を続ける」

『ハセーがいるので肉食魚は逃げてしまいましたけど』


 暗闇に光が生まれる。ラゴラナの手の甲のスリットから形成された力場刃(ブレード)の青白い光。それをライトで照らした海溝の壁に刺しいれる。

 内部のガスが泡となって上がり「じゅぼぼ」と音を立てた。小さく切りとってサンプルコンテナに格納する。


(あんまり感触が良くない)

 デラくらいになると無数のサンプルを見てきている。

(見慣れている色合い。それも海中なら高確率で見られるような)


 断面の色合いで、おおよそどんな鉱物が含有されているかわかる。いくつか切りとってみるが、ありふれた色しか認められない。ライトの光源下では多少違って見えている可能性もあるが期待はできないと感じた。


『どうですか?』

 ハセーの言葉には希望がにじんでいる。

「分析しないとなんとも、ね。反対の壁も少しいただくわ」

『どうぞ。ここは少しくらい体当たりしても崩れたりしない場所なので』

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」


 デラは予想どおり似たような組成でしかないサンプルをいくつか採取し、海底の堆積物も入手すると採集作業の終わりを告げる。

 あとは海底付近で後輩が熱望した魚類の生態観察と映像収集を行う。無駄に動きまわるフェブリエーナのラゴラナが堆積物を撹拌してカメラが使い物にならなくなった時点で調査を終了した。


「あーうー、身体の半分が目になっている魚とか、放射状の触手にヒレが生えてるだけのよくわからない生物とかまだ映像押さえられてなかったのにい」

 生物学者は半泣きである。

「後悔するなら、もっとラゴラナを上手に動かせるよう練習なさい。それが一番の近道だと思うわ」

「はいー」

『ケミーなら練習にお付き合いいたしますよ。また遊びたいと言ってましたから』


(もっと冷静にフィールドワークができるようになったらフェフも大きな成果を挙げられそうなものなのにね)

 どうにも感情と欲望が暴走気味である。


 反対に、護衛の青年は淡々と任務を果たす。今も浮上する二機のラゴラナに寄り添うように移動している。数言しか言葉を聞かないままで。


「は? ……あ!」

 海溝から出たデラは息を呑んで意味ある言葉を発せない。

「な……に? こんな……」


 幻想的な光景が目に飛びこんでくる。端的に表せば泡のカーテン。水泡でできた柱。空気が海面に向かって上がっているだけ。


(それなのに、これほど……。美しい)

 呆然と見入ってしまう。


 ただの泡ではない。小さいもの、大きいもの、単独のもの連続して上がるもの、中には輪になったものも混じる。互いに干渉して渦を作り、混ざったり弾けたりと変化もある。それが折り重なり濃淡を作り、主星の光を反射して素晴らしい芸術品となっていた。


(無数の宝石のよう。ううん、もしかしたら宝石よりもきれい。これをあの子達が?)

 デラの胸を感動がうち震わせる。


『なにをしているの?』

『競争!』

『ねえねえ、ハセーも見て』


 泡の下には小さいロレンチノが集まっている。その芸術品を作りだしているのは彼らだった。鼻から出る気泡で。


『誰が一番きれいに作れるか競争してたの』

 一人の子供が言う。

『あらそう。頑張ったのね』

『審査して、ハセー』

『いいけど、どうしてこんな遊びを?』

 疑問に思ったようだ。

『ここに来たらプクプクってなってたの』

『そー。それがきれいだったから、自分たちでもっときれいに作ろうと思って』

『どうどう? きれい?』


(私がサンプル採取のときに上げたガスの気泡を見て?)


 子供たちにしてみれば何気ない遊びだったらしい。しかし、それぞれの創意工夫が形になる。相乗効果を発揮してより美しさを演出する。できあがったのが芸術を思わせるものだった。


『もう消えてしまったわ』

 ハセーが「くくく」と鳴き声で笑う。

『あー、早くしてくれないから!』

『しょうがないよ、泡だもん』

『もう一回作ろー』

 あくまで遊びなのだ。

「それなら、もっと流れの緩いところで試してみるがいい」

『ほんとだ。外のお兄ちゃん、頭いい』

『外のお姉ちゃんたちも見て。誰が一番か選んで』


 ハセーに訊いて海流の弱いところへと案内してもらう。子供たちは一斉に海面に上がって空気を吸ってきたかと思うと、思い思いの場所で泳ぎまわりながら呼気で水泡を作りだしていった。

 10m前後と小さい身体でも、翼の如き大きな胸ビレをはためかせれば優雅に見える。それが集団で舞いながら泡の芸術を生みだしていく光景は、夢かとまがうばかりに幻想的。デラは後輩とともにため息をもらす。


海翼人(ロレンチノ)って芸術家でもあるのね、それも天才肌の)

 そうとしか思えない。


『ここのほうが作りやすい』

『お兄ちゃん、見て。どう?』

『こうすれば輪っかになるの』


 競うように芸術を生みだしていく。否、それは複合芸術と読んで差し支えないであろう。彼らの姿形と作りだすものが一つとなって成立しているのだから。


(この素晴らしい光景を独占したい。それ以上にロレンチノ(かれら)の存在を多くの人が知るべきだとも思う)

 葛藤する。

(ブシュマン博士はきっと星間銀河の物質文化に触れることで彼らの生活が変わってしまうのを危惧したんでしょう。でも、この精神性は不変のものだと感じるわ)


 泡を作る遊びを一段落させた子供たちがラフロのブリガルドへと集まっていく。青年が一人ひとりに的確な評価を与えていたからだ。

 伸ばされた手は驚くほど柔軟かつ滑らかに動く。ロレンチノの子供の柔らかな皮膚に触れても決して傷つけない。撫でられた子供は嬉しそうな鳴き声をあげている。


「輪の作り方を皆に教えてやるといい」

『うん、そしたらもっときれいになるもんね』

「うむ」


(博士がこの様子を見ていたら考えを変えてくださったかもしれないけど)

 それはもう叶わない。


 アームドスキンとロレンチノがたわむれる姿が未来を描いているとデラの胸には刻みつけられた。

次回『夢を歌う鯨(1)』 (彼らは絶対に星間銀河圏に加わるべきだわ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……まぁ、学者なんて基本的に興味に一直線でしょうし……。
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