海翼人の暮らし(3)
群青色のアームドスキンも器用に泳ぎまわっている。まるで海の世界に紛れ込みそうな色彩だが、端部にあしらわれたレモンイエローが存在感を主張していた。
(ラゴラナって地味だわ。見劣りしてしまう)
デラはほぼ深緑単色の自機を顧みる。
性能は高いのだが鈍重なイメージのフォルム。機能だけに特化するのも考えものだ。パイロットの気分が上がらない。
戦闘用だと思えば目立つのは問題でも、やはり威圧感という意味で彩色も大事なのだと実感する。群青色の機体はそれを思い知らせてくる。
「操縦も上手いじゃない」
「手習いだ。フロドには慣れさせるのに『アスガルド』を与えてある」
ラフロの『ブリガルド』の前身機種らしい。
「あれだけ乗れれば一人前でしょう?」
「パイロットの鍛錬が足りぬ。実戦には遠い」
「それにひきかえ、うちの後輩ときたら……」
フェブリエーナはラゴラナで海中に出たのはいいが、散々迷走した挙げ句に潮流に飲まれかけてケミーの触腕で回収してもらっていた。今も腰紐みたいに巻かれたまま海中散歩となっている。
「深くても光が届いてる。だから、こんなに生態系が豊かなんだね?」
『すごいだろう?』
コチーがフロドをエスコートしていた。
『このへんはエコー取らなくても泳げるからな』
「コチーは目が良いからだよ。僕は音波エコーの補助ないと怪しいかも」
『そんなでかい鎧を着るからだ』
コチーが「ケケケ」と鳴く。
「そんなこと言ってもさ、僕らはこの深さの水圧にだって耐えられない身体なんだ。アームドスキンがないと君とも泳げないから」
『不便だな』
『そんなことを言うものじゃありません。ロレンチノが陸に上がれば数日と生きていられないのですよ? 外の方は、その陸地で暮らしていらっしゃるのですから』
ハセーが注意している。お互いの生活様式の違いによる常識の差異はなかなか埋められない。
衣服という概念にしたところでブシュマン博士との接触以降、ここ一年ほどで広まったもの。鎧というのも金属製の衣服と理解しているだけで防具という考えはないだろう。
(難しいわよね)
デラは改めて考える。
(我々には常識であり、日常のものと捉えられてる服。そんなものさえロレンチノには概念でしか理解できない)
逆にいえば、それだけ惑星外の人間は刺激に満ちている存在だと思えるのだろう。ハセーがそこに新たな道を見出すのも当然と感じた。
『このあたりからはメア郡です』
彼らが群れで定住し、休んだり子育てをする海域を「郡」と呼ぶという。外れた場所でも普通に狩りをしたり遊泳したりもするが、別の郡の同種が無許可での立ち入りを禁じている海域を指す。
『自由の海ではあまり勝手はできないので、調査はこちらでお願いしますわ。他の場所での調査を必要とするなら近隣の郡と協議してからとなります』
ハセーに注意を受ける。
「とりあえず予備的な調査はさせてもらうわ。ここまでの海底地形くらいはチェックさせてもらったから地質の類推くらいはできるから」
『岩石に関する学問はそこまで進んだものなのですね? ロレンチノでは既存の洞穴の岩を取り除いて、弱った仲間が休める場所を作るくらいしかしておりませんので』
「私たちは主に素材として扱うから。場所として利用するのではなくてね」
物質文明を築いた人間は環境を変えて住みよいものにしようとする。対してロレンチノは環境の良し悪しを見定めるに留まっているらしい。
『見ていただけるとすぐに解ると思うのですが、郡を置く場所の選定も重要なのです』
メア郡は水深が300m前後の海域。
「かなり明るいのね。極めて透明度が高いお陰かしら」
『光が届いているかどうかも大切ですので』
「わあ!」
デラは勘違いしていた。定住海域というからにはロレンチノ以外を入れない場所だと考えていたのだ。
実際は真逆である。そこは様々な魚種が入り混じって生息している。海底の地形も複雑で、多様性において恵まれた環境のようだ。
『ここには大型肉食種を絶対に入れません。魚が繁殖しやすい環境を作っています』
意図して構築しているという。
「養殖場。畜産プラントみたいなものか」
『そうですね、ラフロ。もちろんハセーたちも魚をいただきますけど、ロレンタルの群れに襲われることを考えれば安全な場所です。だから魚も逃げだしません』
「繁殖に適した海域を作りだして食事の安定的な確保をしているわけね」
今はアームドスキンという異質な物体が入り込んだ所為で魚が逃げ惑っている。しかし、普段は自由に暮らして増えているのだろう。巨大なロレンチノの庇護のもとで。
「イグレドまでは入れぬほうがよいな」
状況を見てフロドが決める。
「ええ、そこまで大きな変化があると魚も警戒しそうだわ」
『招いておいてなんですが、そうしていただけると助かります』
「調査だけならラゴラナだけ入れてくれればかまわないから」
解析はイグレドに戻ってからになるが。
『では、老にご許可をいただきに』
「挨拶にまいろうか」
ブリガルドを先頭にフロドのアスガルドとラゴラナがつづく。フェブリエーナも海流の穏やかなメア郡の中でなら動かせそうだ。
奥まった開けた場所で大きめのロレンチノがゆったりと漂っている。彼がメア郡の首長的な立場にいるらしい。
『ゆるりとなされるがいい』
オドーと名乗った老が鷹揚に言う。
「あまり派手な行動は慎みます。多少大きな音を立てるのはご容赦お願いいたしますね?」
『皆に言っておけ』
『はい、オドー老』
指示を受けたハセーが答える。
(明確な統治者とかそういう立場ではなさそう。共同生活の調停者とかそんな感じかしら)
老という役割をそう分析する。
(それにしても、ここって……)
凹凸に富んだ海底が複雑な海流を生んでいる。そのお陰でかなりのプランクトンが湧いていると思われる。それに小魚が群がり、中型魚や大型魚が巻くように回遊する。理屈ではそう。
しかし、見た目は理屈では語れない。岩礁では色とりどりのサンゴが繁茂している。そこにさらにビビッドな色の小魚が住み着き彩っている。捕食者もわりと派手な色合いが多い。まるで一服の絵のような景色だった。
(きれい。これがロレンチノが描いた一つの芸術なんだわ)
ある意味理想を描いた人工的な空間なのだ。
「恵まれた海とは美しいものだ」
ラフロがポツリと言う。
「美しいと思う?」
「調和だろうか。落ち着く」
「私は感動しているわ」
物質文明を持ち込むのは野暮な気もする。だが、彼らが対価を払えなければ星間管理局の保護も受けられない。二律背反に彼女は胸が締めつけられる。
「心豊かであるか」
「え?」
ブリガルドは背面推進をしている。デラも見上げると海面が主星の光を反射してキラキラと幾何学模様を描いていた。
大きな影がよぎる。そのロレンチノは触腕を伸ばし小さな子供を抱いていた。子供は授乳器に吸いついて嬉しそうにヒレをなびかせる。そして、母子を守るように、一際大きな一人がゆっくりと周囲を巡っていた。
「家族か」
「兄ちゃん……」
(憧憬なのかしら)
青年の声に心が痛む。
『なにかあるのですか?』
「実は彼、事情を抱えていてね」
ハセーにラフロの身の上を語る。
『そんな生い立ちを? それでラフロはあんなにフラットな反応をするのですね』
「自分を取り戻す旅。彼はそのために宇宙を漂っているのよ」
『ハセーが寄り添いたいと感じたのはラフロに対する母性なのかもしれませんわ』
初めから親密に感じたのを不思議に思っていたらしい。
「無垢な人って心惹かれるのよね」
『ええ、わかります』
姿形やサイズが大きく違っても、やはり女性同士で共感する部分はあるとデラは思った。
次回『海翼人の暮らし(4)』 「自信持つな」




